第14話

 5人の弟妹達と再会できたのは、爆破の翌日の夜になってからだった。 

 エルンスト共にホテルのエントランスに入ったシルビアは、フロント脇にたむろする自分の身内の姿を見つけ、安堵する。

「ボニファーツ!カシム!メラニーも、ああ、よかった皆無事で。ファビアン、こっちおいで!ビアンは、どこ行ったの?」

「ビアンカならダンス教室行ってるよ。絶対レッスン休まないって飛び出して行った。」

 長男のボニファーツがシルビアに教えてくれる。

 国内唯一の都市で最もお高いホテルに、5人は匿われていた。現在は4人になっているが。

「なんてこと。学校だって今日は休みだったでしょうに。」

 長姉の呆れた口調に、長男は苦笑して見せる。

 メラニーがつつ、と寄ってきて、姉の耳に口を寄せる。

「昨日は王子様と一緒だったんでしょう?ね、エッチした?どうだった?」

 おませな次女の耳打ちに赤面した彼女は、逆に尋ね返す。

「黙らっしゃい。王子はそんな方ではありませんよ。どなたが貴方たちをここへ連れて来てくれたのですか?」

 弟妹達は顔を見合わせて、異口同音に応えた。

「だから、その王子様。昨日式場を引き上げた後、俺ら家で姉ちゃんが戻ってくるの待ってたんだよ。そしたら、でけぇ車がうちの前に停まってさ。カイ王子様がSPらしいおっさんと一緒に訪ねてきた。自宅に居たら危険かもしれないので、別の場所にお連れしますって言われてさー。」

 次男のカシミールが口を尖らせて言う。

「参ったよー、今日はもう大学に戻るつもりだったのに。船の便、チケット取り直さないと。」

「そ、それはごめんね?チケットはあたしがとってあげるから。」

「俺も、そう。」

「ごめん、ボニファーツ。昨日の事件がはっきりするまでは、学校に戻るの、ちょっと待ってもらいたいんだ。」

「ええー?」

 不満げに鼻を鳴らす弟妹達は、さっさと学校へ戻りたいのだろう。特に上の三人は、留学中なので余計そうなのだろう。一度外国の面白さを知ってしまった彼らは、余り自国に戻りたがらなかった。田舎で何も娯楽のない実家にいてもつまらないのだ。

 だが、彼らの莫大な教育費用を捻出しているのはシルビアとディーターである。今までは工場の収入だけで彼らを養っていた。これからは大統領としての収入もあると思うとそれだけで嬉しくて泣きそうだ。そういう意味でも、シルビアは大統領にならなくてはならない。ディーターがもはやあてに出来ない今となってはなおさらだ。

 滅多に揃わない姉弟全てが今回の挙式のために揃ったので、余計にシルビアは実家にいたかった。

 弟達への仕送り額は莫大なものだし、彼らより下の妹たちはまだ保護者が必要だから、嫁になど行ってられない。

 再会できて嬉しいけれど、とても安堵したけれど。シルビアの心の中は何故か晴れなかった。

 彼らの安否は聞かされていたけれど、やはり顔を見て安心した。無事でよかったと喜び、上がったテンションが、なんとなく下がってしまう。

 シルビアは彼らの無事を喜んだけれど、弟妹達からはシルビアの無事を喜ぶ声は聞こえなかったからだ。

 彼らはシルビアが王子と結婚すると聞いた時にそれは喜んでくれた。大統領選で当選した時よりも。

 シルビア自身の気が進まない心の内とは裏腹に、彼女の結婚を望んでくれていた。それは、嫁に行き遅れた姉が無事に嫁ぎ先を得たという理由もあろうし、嫁ぎ先が王室であるという理由でもあろう。国内でもっとも財産があるのは王室だからだ。何せ貴重なレアメタル鉱山を所有しているのは王家だけだった。

「なんだよ、姉さんがどうしても出席して欲しいっていうからわざわざ戻って来たのにさ。」

「ちょっと、ファビアン。何よその言い方。」

「こんなことでもなきゃ戻らないしな。なあ、カシム。」

「だねー。俺、彼女とのデートキャンセルしてきてるから、早いとこ帰って埋め合わせしたいんだけど。」

「兄さんたち、酷くない?姉さんの一生に一度の事なんだよ。しかも、爆破事件のせいでちゃんと出来なかったって言うのにさ。で、結局いつに延期になったの?もう決まったんでしょシルビア。」

「それが、まだ決まってないのよ。・・・だから、警察の事情聴取が済んだら、皆戻って構わないし、メラニーも学校へ行っていいわ。ただ、犯人も捕まってないので十分気を付けて頂戴。」

「姉さん大統領になったんだろ?その権限でなんとかなんないの?俺らこんなところにいつまで閉じ込められてなくちゃなんないのさ。」

 弟妹達に結論を迫られ、シルビアは困ったように笑うしかなかった。

 大統領はなんでも許されるわけではない。ただ、議会とは独立した権限を持つと言うだけで、司法や立法に置ける議会の力を削げるものでは無い。それは王室でも同じことだった。そのくらいは、学校で習ったはずだろうに。

 シルビアと違い、弟妹達は彼女と年数を空けて作った子供である。そして母親を早くに亡くしているので、シルビアが母親代わりみたいなものだった。そのためか、平気でシルビアには何を言っても許されると思っている節がある。要は甘えているのだろう。

 彼女が学生だった時代は、弟達のように留学は愚か進学さえ出来なかった。妹のように習い事も満足にさせてもらえなかった。工場も小さくて、収入も少なかった両親はけっして裕福とは言えなかったのである。今だって金持ちではないが、シルビア一人が子供だったら工場の建て替えが出来るくらいの貯蓄があったかもしれない。

「ごめんね、もう少しだけ我慢してね。」

 そう言ってシルビアは家族との面会を終わりにした。

 付いてきたエルンストが、今日はこのホテルで弟妹達と泊まるようにと言ってくれたけれど、仕事を理由にそれを断る。

 早く、楽しい我が家へ帰りたい。

 誰もいないけれど、多分、そこがきっと一番落ち着くような気がした。

 気が付けば、シルビアは一人になりたいと感じていたから。

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