第13話

 一目惚れと言っていいかどうか自分でもわからない。ただ、若い女性が、頑固職人みたいな年配の従業員らを従わせて会社を回している様子には随分と感動した。男尊女卑とはいかないまでも、この国にはまだまだ女性が社会で活躍する土壌が出来上がっていない状態だったから。 

 彼女の働く姿こそが次の世代の理想なのかもしれないと感じた王子は、さらにエンダース家を調べた。

 そして知ったのだ。

 シルビアは大学も出ていないこと。母親がおらず、家族を一人で面倒見ていると言う事。それを当たり前のように受け入れていること。

 それは、貧しさゆえ、でないように思える。

 偶然彼女を訪ねてきた友人そ呼び止め、話を聞いてみると。

 その彼女さえも、当たり前みたいに言うのだ。周囲の誰もが知っているし、わかっているから大丈夫だと。そういうものなのだと、笑って言う。

「だからね、学生さん。お勉強させてもらえることに感謝して、しっかり学んで出世すんのよ。」

 そう言って王子と知らず明るく答えた彼女は、親切にも、シルビアのいる事務室へ連れて行ってくれた。 

「よかったら工場の中、もっと見ていく?理系の学生さん?参考になるんなら技師と話をしていきますか?」

 作業着を着たシルビアが事務室を出てきて、学生のふりをした王子に笑いかける。

 化粧もしていない素顔に、後ろで一つに括っただけの髪。くすんだ水色の、ツナギ姿。王子より少し低い背丈だけれど、屈託ない笑顔は楽しそうで。緑の細い目が、なんとも温かくて、人が好さそうで。

 留学先で出会ったどんな女の子にも抱かなかった尊敬や畏敬の気持ちが生まれた。

 騙していることの罪悪感に胸が潰れそうになった。

 だって、王子の知っている女性は、違うから。

 王妃である母も、姉も、学友たちも、誰かのために自分の気持ちを犠牲にしたりしない。万が一にもそうなれば、しつこく恩を着せられてしまう。

 当たり前で、普通だなどとは口が裂けても言わないだろう。

 だから、王妃がディーターと駆け落ちすると言い出した時も、止めることを諦めていた。

 前国王であるカイ王子の父親は、どういう縁かシルビアの母親が亡くなった年に亡くなっている。それも、二人が意気投合した理由の一つかもしれない。

 祖父であるアルフレートと頭を突き合わせて思案した結果、アデライードのいる国へ行かせることにしたのだ。

 ディーター・エンダースが王妃に連れて来られて面会した時。

 その時に、ふと思い出した。

 人の好さそうな緑の瞳。

 あれから何年も経っていたけれど、時折思い出す温かい眼差し。この男は、彼女と同じ目の色だったんだと、知る。

 そして、母王妃がこの男を連れて逃げていったら、また彼女の負担は増えるのだろう。

 そう思った時に頭をよぎった言葉。

「母はあんたにあげますから、あんたの娘を俺に下さいませんか。」

 我知らず、口にしていた。



 まともに言っても、シルビアは求婚を受け入れてなどくれないだろう。

 彼女からしたら、自分は身分違いな上、5歳も年下の若僧で、ほとんど面識もない。そんなカイ王子の言う事を黙って聞くタマでもない。

 自分の意向を伝えた瞬間、ディーター・エンダースはぽかんと口を開けて呆けていたが、やがて気を取り直したように王子の方を見た。

「・・・小さい頃から苦労ばかり掛けてきた娘です。殿下のような方のお相手とはとても。」

「多分、本人もそう言うだろうね。だから、無理にでも俺と婚姻させる方法ないかな。・・・ねぇ、お義父さん知恵を絞ってよ。」

 母親の配偶者か、あるいは娘の夫になるからなのか、どっちの意味でお義父さんと呼ぶのかはかりかねて、ディーターはなんとも複雑な表情で頭を捻る。

「どうしても、と仰るのですか。」

「うん。どうしても。」

 きっぱりと言い切った王子に、

「サッシャ、おまえなぁ・・・」

「貴方ねぇ・・・」

 アルフレート王と王妃が呆れたように言い募った。

「だって、今から時間かけて口説いても彼女ぐずぐず言い訳して先延ばしにするでしょ。で、何か理由つけて断るに決まってる。」

 少し遠慮がちにディーターが口を開いた。

「その、失礼ですが、殿下は娘と面識がお有りで?」

 王子はシルビアの父親の顔を見ながら軽く頷く。

「あるけど、向こうは覚えてないと思う。俺の一方的な片思いって奴。」

「では、シルビアは何も知らないんですね。」

「まさかとは思うけど、王妃と駆け落ちしようって言うあんたが、娘に王子の俺を拒否させるとか、有り得ないよね?まーさーかーそんな恥かかせたリしないよね、当然。」

 それを言われると弱いディーターである。革命家とは言っても、今は彼の母親を奪おうと言う身の上だ。

「殿下は一体、娘のどこを気に入って下さって?」

 育ちはあんなだし美貌なわけでもない上に嫁き遅れた娘だ。嫁き遅れの原因は多少、自分にも責任があると思うディーターだった。

「尊敬している。」

 王子の答えは簡潔で短かった。

「えっ!?」

 その答えはあまりにも意外で言葉が止まる。

 ディーターはまじまじと王子の顔を見つめた。

「だから、なんか方法考えてよ。彼女が絶対に断れないような方法を。・・・でなきゃ、俺、鉱山の件も納得しないからね。」

 王妃が頭を振って諦めを示す。軽く長い黒髪をかき上げ、どうにかしてよと丸投げだ。長男とよく似た高貴な美貌に、庶民出のディーターはメロメロらしいが、妙案は浮かばない。

 しばしの沈黙の後、腕を組んで小さく唸ったカイ王子はぽつりと言い出した。

「・・・ねぇ、大統領制になることは大方決まった事なんでしょ。でもってその候補も、このディーターがいなければ誰を立てるべきかも。」

「バスティアンか。・・・だがなぁ、あいつ、王室を追い出そうとしてるから、ちょっとなぁ。」

「いっそ、その嬢ちゃんを候補に上げたらどうじゃね。そんで王室と新体制の合体とか何とかで、王子と結婚させたら。」

 アルフレート陛下が絞り出した提案は、余り現実味がない気がしたけれど。

「シルビアが選挙に勝てるとは思えません。娘って言っても、まったく実績も何もないんですよ。」

「選挙に、勝たせりゃいいんだな?」

「出来んのか?おじいちゃん。」

「世論の操作くらい、王家の得意技じゃ。」 

 白いひげを震わせて豪快に笑う国王陛下に、気色ばんだ王子が身を乗り出した。

「頼りになるぜ、じいちゃん。」

「じゃが、本当にその気なのだろうな?途中で気が変わったなど言っても承知せんぞ。」

「その気。めちゃくちゃその気。」

 王子の返事がちょっと軽すぎて心配になるが。

「ならばよかろう。この老いた骨を折ってみようかの。」

 ディーターと王妃は、まだ半信半疑のようだった。心配そうに王子と国王を見つめている。

「娘は、殿下よりもかなり年上ですよ?」

「年くらい承知してますよ。恋人の一人もいないことも、ね。次代の王妃にと考えている女性の事を何も調べてないとでも思いましたか?」 

 そう言われては、ディーターもそれ以上何も言えない。

 ただ、こんな所で将来の配偶者を勝手に決められてしまった不憫な娘の幸福を、心の底から祈るしかなかった。


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