第7話

 着替えて昼休みに軽い昼食を取った後、客用の寝室を使っていいと言われてやっと仮眠をとることが許された。蓄積した疲労のせいか、そのまま夕暮れまで眠ってしまっていた。徹夜明けだったので、仕方がないだろう。

 夕食だとエルンストが呼びに来た時にようやく目覚め、仕事しながら食べよう、と言うと、何故かエルは首を横に振る。

「・・・?なんで?だって、まだ記者会見の原稿とかチェック終わってなかったね?」

「殿下が、王家では夕食は夫婦そろって食べるものだと仰ってまして。」

 なんとも複雑そうな表情の秘書が答えた。

「別に一緒でも構わないわよ。」

「それが、仕事を持ち込まれるのは困ると。」

「・・・・・・なんなわけ?仕事をさせるんだったら、せめて協力するくらいの気遣いもないの?こっちはいまだに家族とも会ってないってのに。」

 顔を洗って髪を整えると、エルが見て欲しい書類の類を手渡してくれた。

 結婚式の当日だと言うのに、とっくの昔にスッピンだ。まあ、表にでるようなことはもう無いだろうと思うのでかまわないけれども。

「今日からは俺も家族デショ?閣下。」

 唐突に王子の声が聞こえた。

 客室の洗面所から出てきたシルビアは面食らって思わず腰が引けてしまう。

「殿下っ」

「なんでここに」

「なんでって、ここは俺のうちだから。シルビアは今日から俺に嫁入りしたわけですから、俺んちにいるのが当然だし。しからば俺がいるのも当然。」

 嫁入りとかそういう話にはなっていなかったはずだ。

 結婚式はするが、すぐに同居はしないはずだった。式の後は普通にシルビアは実家に帰って弟妹達のごはんを作るつもりだった。式の前日はどうしても帰れないので、一番年長の弟に現金を渡して、食べさせてくれ、と頼んでおいたのだが、それでも弟妹からはブーイングがあったのだ。最近は忙しくて手作りのごはんなど食べさせてやれず、出来合いのものを買ってきて食べさせたり宅配サービスを利用してたりしていたけれど、それでも実家に戻ることには変わりなかった。

 結婚することが決まった時、弟妹達はシルビアが家を出て行ってしまう事を恐れ、反対した。だが、まだ当分家からは出て行かない事を知ると、安堵して王子様との政略結婚をみとめてくれたのだ。大分大きくなってしまった弟妹達が、そんなにも自分を惜しんでくれると知って、ほんの少し嬉しかった。

「今日は実家に帰りますよ。弟たちの面倒見ないと。」

「そうはいかんでしょ。テロにあったばかりの閣下を、おいそれと一般の民家になんか帰せません。自覚薄いようだから言うけど、閣下はこの国の元首で俺の奥さんなのよ?でもってあんたんちのうっすい壁よりもこの王宮の方がはるかにセキュリティは充実してる。24時間ガードは付いてるし、私兵も抱えてるからね。警察長官もここなら安心だって太鼓判押してくれたから。」

「そもそもなんであたしが大統領に・・・まあ、それは決まっちゃったことだから今更だけど。でも、同居はしない予定だったわ。」

「結婚式当日から別居とか無いわ。ハネムーンすらお預けじゃん。あんたどんどんブスになるよ。」

「悪かったわね!!」

「とにかく、今日はあんたはここに泊まる。飯はうちの専用シェフが作ってくれてるから。飯の後は2時間くらい仕事する時間を上げるよ。その後は夫婦のイトナミの時間。仕事持ち込み禁止。」

「今日は仕方ないとしても、あたしは王宮に住むつもりなんかありませんからね。」

「そう?じゃ、俺がシルビアの実家に婿入りしようかなぁ。俺とガードマンが寝泊まりする部屋作っといてね。」

 王子様は随分と無茶苦茶を言う。

 そうでなくても5人の弟妹のいる狭い民家に大の大人の男三人も寝泊まりする部屋なんぞ作れるわけがない。

 言い返す気力までも失って、シルビアは頭を抱えた。

 そんな彼女に、カイ王子が大きな紙の箱を一つ手渡す。それを両手で受け取った。彼女が怪訝そうに尋ねる。

「何?これ」

「衣装。エロい下着とか持ってないんでしょ。俺が朝ア〇ゾン至急便で頼んでおいたのがさっき届いた。スタイリスト呼んでおいたから、ちゃんと着てくれよ。夕飯は三階のテラスで食うから。ちゃんと着て来いよ。大事な事だから二度言いましたからね。」

 言うだけ言って客室を出ようとする王子を追いかける。

 出入り口のドアを開くと、そこには若い女性が立っていて、にっこりと微笑んだ。式場にいた人とはまた別の、スタイリストらしい。

「もう・・・一体、なんなの、あの王子・・・。」

 さっさと広い廊下を歩き去って行った王子の後姿は、ラフなパーカーと綿パンツだ。あんな格好だと、王子とは思えない。どこかの国のアイドルか俳優みたいだった。


 王子がアマ〇ンで注文したというのは、シンプルなデザインだけれど絹の光沢が美しい臙脂のイブニングドレスだった。外出着と言えばスーツか制服しか知らないシルビアにとって、そういうのは庶民の着る服ではない。そもそもドレスなど一生に一度着れば十分だ。

 低いヒールのパンプスに、化粧道具までもが入っていて、来ていたスタイリストの人は全て心得たように、それらを使ってシルビアを飾り立てた。

「元はとても肌が白いのでしょう?ちゃんとUVケアした方がいいですよ。」

「仰る通り目は細いけど、とても睫毛が長くて綺麗。メイクのし甲斐が有りますね。」

「ストッキングだと足が綺麗に見えます。閣下は足が長いのですから、光沢のあるパンストがお勧めですね。」

「おっぱい小さくないですよ。これだけあれば寄せて上げて、ワンカップアップ。形を整えれば結構な大きさに。」

「髪を上げるので大振りのイヤリングにしますね。とてもお似合いです。」

 スタイリストって接客業なのだろうか、と思う程よく喋る人だった。

 これだけ言われれば日頃自分を飾ることに興味のないシルビアも、なんだか自分が普段と違うような気持になる。

 仕上げられた姿を鏡で見れば、確かに、普段よりもずっと垢抜けている気がした。

 終わりましたよー、と声を掛けられて呼ばれたエルも、軽く息を飲んで驚いている。

「シルビアも年頃の娘なんですね・・・。」

 しみじみと言われた。

 いや、もうアラサーだから、年頃は大分過ぎて、とうがたっているけれども。

 ウェディングドレスとはまた違う装いは、思ったよりも若く見えることに驚く。多少年上ではあっても、このくらいに着飾れば、あの王子の隣りに並んでもおかしくはないのかもしれない。そんなふうに考えた自分がおかしかった。


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