第6話

 地下資源からレアメタルが発見され、埋蔵量の算出が始まった辺りからゆるい王室では無くなった。

 王室と庶民との間に大きな溝が生まれ、それまでのゆったりした歴史などでは埋められないような生活差が表面化すると、農民も、漁民も工夫も、黙ってはいられなくなる。

 幸い、先進国から見てもかなり遅い近代化だったために、よその国を見ていて学んでいたろう王室の人間は賢かった。血生臭い革命へと行きつく前に、王室側から提案を出して労働党の代表と折衝を繰り返し、ここまで比較的平和的にやってきた。

 現在の王は数年前に亡くなった王の父親のアルフレート・ヒンツ・シャッフェンベルク。カイ王子の祖父にあたる。矍鑠としたおじいちゃんだ。身体も頑健でボケる気配も無い。そのおじいちゃんの王様が、大統領制の提案をしてきた。伊達に長生きしているわけではない。

 アルフレート陛下の命によって、本日のような仕儀に至ったわけだが、よもや爆破事件が起こるなどとは想定していなかっただろう。

 そもそも、反対派などは存在しないはずなのだ。少なくとも、表立って反対する団体など国内にはいない。いれば大概すぐに知れてしまう。国民がみんな顔見知りなので。王室と国民の間には多少壁があるからなんとも言えない所だが、テロをするほどの団体などはなかったはず。

 かと言って、事故と片付けるには、場所もタイミングも合い過ぎている。

 この小さな国で自分の知らない何かが起こっているのだろうかと考えをめぐらすシルビアは、ふと、王子は何故爆破を知っていたのかという疑問に思い至り、やがて現状を思い出して赤面する。

 アラサーにもなって言うのもなんだが、ぶっ倒れそうになるようなキスなどしたことがなかったからだ。

 硬い王子の膝の上に乗せられ、身動きできないような強い力で顔を押さえられた。と思った時にはもう視界は王子の綺麗な顔でいっぱいだった。

 少し渇いた感触の唇が押し付けられ、あっという間に口内に侵入され、舌でまさぐられた。

 王子の口づけは本当に強烈だった。苦しくて窒息しそうになるからだ。

 それなのに、時間が経つごとに徐々に慣れていって、段々とそれが心地よくなる。腰の辺りがじぃんと疼くような気がした。舐められれば頭の中が白くなってしまうようだった。身体が震えて、手足も言う事を聞かなくなった。乞われるまま、いつまでもキスが続けばいいとさえ思ってしまったのだ。

 5歳年下の若造のキスに、そこまで感じてしまった自分が情けないやら恥ずかしいやら。

 顔を離された時には完全に翻弄され、気持ちよくなっていた。腫れるほど舐められた唇が熱くて、相手の唇が離れていくと冷たくなってしまったかのように寂しくて。

 もっとして欲しいと強請るかのように、舌を出してしまっていた。

 そんなみっともない所を、相手の王子にも彼のガードマンにもエルンストにも、見られていたのかと思うとじっとしていられないくらいに恥ずかしい。

 その恥ずかしさが、カイ王子への反発を一層強めることになったのは致し方無いことだろう。



 王宮から歩いて三分とほど近い場所に警察庁がある。

 小さな国なので、庁とは言っても王宮の立派な建物に比べればしみったれたものだが、それでもこの国の治安を維持するために必要な機関の中心だ。

 国を挙げての結婚式と初の大統領就任式をオシャカにされたのだ。警察の面目丸つぶれである。当然お叱りを受けるために、大統領になる予定のシルビア・エンダースとその配偶者となる予定のカイ・サッシャ・シャッヘンベルグ王子の元へ足を運んだ長官は、噴き出る汗をひたすら拭っていた。

 その隣には同じくらいの年代の、式場責任者。こちらも青い顔で俯いている。

 幸い、と言っていいかわからないが、死人は出なかった。重軽傷者が5名。警備に当たっていた警官と式場スタッフ及び招待客だ。

 それでも、この度の失態は簡単に拭えるものではない。小さいとはいえ、一国の元首とその配偶者を危険に晒し、式典を不履行に追い込んだのだから。

「ご苦労様です、長官。それで、会場の方の様子を聞かせて貰えますか?」

 王宮のエントランスから、応接室へ通された彼らは、後から現れた大統領の優しい声を聞いてやや安堵したように頷く。

 シルビアがくるまでは、侮蔑の眼差しで冷ややかに二人を見るカイ王子と対面していたため、生きた心地もしなかったのだ。

「は、はい。事件の後、招待客報道陣は全て会場から引き揚げて貰い、式場敷地全てを封鎖しております。」

「その後の対応の事なんですけど。」

「はい。報道規制を敷いたのですが、いずれにせよ今日の事件について記者会見を開かなくてはなりません。」

 真剣に仕事の話をはじめたシルビアの方を、金色の目が一瞥する。それに気付いた彼女が、

「何?何か意見でも?殿下。」

 そう尋ねる。

 一国の王子だし、大統領の配偶者となる彼にもなんらかの意見があるのならば聞くべきだと思い、水を向ける。

 すると、彼は大きく欠伸をして見せ、面倒くさそうに言った。

「そういう面倒くさい事は、全部シルビアに任せる。これからは王政じゃなくなったんだから、王子は何もしなくていいんだろ。俺、部屋でネットサーフィンでもしてるわ。終わったら呼んでよ。」

 ぴき、と音が聞こえた。

 おそらくはシルビアの頭の中だけにある何かが崩れる音だ。きっと、堪忍袋とかそういう類の。

 立ち上がった王子は、片手をひらひらさせて応接室を出ようと歩き出す。ドアに手をかけた瞬間、何かを思い出したように振り返った。

「今夜は初夜だかんね。エロい下着とか期待してますよ、大統領閣下。」

「なっ・・・!」

 真っ赤になった。勿論、恥ずかしさ以上に、怒りで、である。式場責任者、警察庁長官、エルンストのいる前で、平気でそんな無神経な事を言う王子に。

 流石のシルビアも、もう我慢が出来なかった。

 応接の椅子に置いてあったクッションを、思いっきり投げつける。王子だろうと、構うものか。

「おお、激しいね、さすがはアラサーのお姉さま。俺みたいな若造には到底太刀打ち出来ないかも。お手柔らかによろしく。」

 ベルベット生地のクッションを片手で受け止めた王子は、ウィンクを一つすると、そのまま応接室を出て行った。

 残された男どもが、全員総出で、怒り狂った大統領閣下をなだめすかしている音をドア越しに聞きながら廊下にでたカイ王子は、控えているガードマンの方へ近寄っていく。

「会場にいた招待客全員の中で、この間の船舶事故と関わっていそうな奴のリスト割り出して。」

「かしこまりました。」 

 二人いたガードマンのうち、耳打ちされた方の人間がその場を速やかに下がっていく。

 もう一人は、自室へ引き上げる王子の後を、大人しくついていった。









 

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