第8話 強くなりたい一心
3日目も昨日と同く戦闘訓練が実施された。しかし訓練とは名ばかりだ。校舎の裏手の、何もない原っぱにFクラスが集まるだけである。
「では二人組を作って、好きに始めてください」
シンリックは一言だけ告げると、古びた切り株に腰を降ろし、リストを手に取った。当然のように説明や指導は無い。
「教官、武器の扱い方くらい教えてくださいよ!」
「ええと、例えば長剣ならば、良い感じの所を握ってください」
「それだけ!? 他にも構えとか、型をおしえてください!」
「相手の首や胸を打てば殺せます。それを念頭に置いて動けばよろしい」
「そもそも何も無いんですが! 模擬刀とか、木剣とか!」
「無いものはしょうがないので、持ってる気分で訓練を。ちなみに『えいやー』だとか掛け声を出すと、雰囲気が出ますよ」
指導する気は皆無。生徒たちもはなから期待しておらず、露骨な態度には早くも見切りをつけた。
「えいやぁ……」
二人組になって、握りこぶしを振る。一応は実行した面々。しかしそれも序盤のうちである。
「バカバカしい。やめだやめ!」
苛立ち紛れにゲイルが座り込むと、他の取り巻きたちも倣った。その様子を見た他の生徒たちも、座りこそしないが、手を休めて立ち尽くす。
「ゲイル。まだ休憩とか言われてねぇんだけど?」
「構うもんか。コリン、お前は頭にこないのか? ここまでコケにされて」
「まぁ腹立つよ。でもさ、何かしない訳にもいかないじゃん。訓練なんだし」
「模擬刀も木剣も無いんだ! 予算が回ってこないとか聞いたが、こんなザマで訓練なんか……」
その時、大きな足音が鳴るとゲイル達の尻が浮いた。またランスレイトがやらかしたのか。そう思って見回してみると、やはりその通りで、頼れる問題児が現れた。
しかも両手に余る程に太い大木を、気軽に担ぎながらだった。
「ランスレイト。それは何だ?」
「訓練するのに手ぶらじゃな。枝を落として、それを木剣代わりに使う」
「そんな事の為にわざわざ木一本を……」
「無いものは現地調達。創意工夫。サバイバルの基本だ、覚えとけ」
それからもお手軽な仕草で枝を払い、微調整の後、人数分だけ用意した。長さとしては、足から胸元程度のもの。それが2ヶ所に分けて積み上げられた。
「ほい。左が女用、右が男用な」
「ちょっと待て。なぜ男用は先に枝葉が残ってるんだ?」
「使えば分かるっつの。とりあえず振ってみろ」
ゲイルは押し付けられた枝を手に持つと、訝しみつつも振り下ろした。すると、重々しく、枝葉のなびく音がした。
「葉っぱが邪魔で、振りにくいな」
「それそれ。その負荷が大事なんだよ。女連中は筋力が足りてないから、枝葉のない方でな」
「理屈は分かった、ランスレイト。だがな、こんなもので打ち合えば、すぐに葉っぱが散ってしまうだろう」
「組手なんて後だよ後。今は筋トレがてらに、ひたすら棒を振ってろ。対人での訓練は必要な筋肉が付いたらだ」
「だが、教官は2人でやれと」
「んなもん無視しちまえ。アイツには教える気なんてカケラもねぇんだから、オレ達も好きにやるさ」
生徒たちはおずおずとシンリックの方を見た。すると口の動きだけで「わ〜〜ぉ」と発言したのが分かる。しかし怒った様でも、止める素振りも見せないので、黙認された形だった。
「そんじゃあ、利き手で根本を持って。まずは振り下ろしを千本やってみるか」
「千!? いきなり無茶だろ!」
「そう? じゃあ、うん。100で良いや」
「コイツもコイツで適当だな……」
まぁ100くらいならと、思い思いに振り始める一同。しかし、10回20回と繰り返すうち、顔色は次第に曇っていく。
「意外にキツイな、これ……」
特に辛いのは男性陣だ。青々と茂る葉が空気抵抗を生み出し、一振りの負荷を大いに押し上げている。振り下ろし、地面すれすれで止めて、持ち上げる。ただそれだけの行為でも、筋肉は悲鳴を上げ始めた。腕を皮切りに背中までもが痛むようになる。
一方で女子生徒の顔も険しい。指先が回りきらない程の太さの枝だ。それだけでも重たく、50回を過ぎる前で既に、風切り音は精細さを欠いた。
「マジできっつ……。ファンナ、大丈夫?」
「こんなん無理ぃ。枝を替えてもらおうよ、すっごいしんどいしさぁ」
「それが良いかもな。アイツも結構テキトーだし……」
コリンが声を掛けようとして振り向くと、ランスレイトも同じ様に自主訓練に挑んでいた。ただし彼だけは、先程の大木を両腕で抱え、振り回していた。桁違いの勇姿を見せつけられてしまい、軽くしろなどと言えなくなってしまう。
それからランスレイトは、幹を千回ほど超高速で振り回した後、休憩の合図を出した。あちこちで枝の落ちる音が響き、座り込む生徒ばかりになった。
「うぇぇ、腕いったぁ!」
「見た目には簡単そうなのに。70回しか出来なかったよ……」
若干名を除いて、疲れだとか、未達成を嘆くかして時間を潰した。ゲイルとコリンだけは余裕を残しており、強張った掌を解すのに集中した。
そんな顔ぶれで満ちる休憩中。1人の男子がランスレイトの元へ歩み寄った。
青白色の、肩まで伸びる艷やかで長い髪。まつげは長く、憂いを秘めた瞳など思慮深そうだ。肌は病人のように白く、全体的に細造りで、男達の庇護欲をそそる。ただし口を開けば、変声期を終えた直後であることがよく分かる。
「ねぇランスレイト君。ちょっと話しても良いかな?」
「お前は、なんだっけ、ええと……」
「ジョーイだよ、僕と直接話すのは始めてだもんね」
影の薄さを突きつけられた格好だ。ささやかなダメージを受けたジョーイだが、怯んだ素振りは微かだった。小さな拳を胸に当てながら、眼光を鋭くして言い放った。
「お願いだ。僕は君みたいに強くなりたい。 どうすれば良いか教えてくれ!」
辺りの生徒達はざわついた。この物静かで、誰かの陰に隠れがちな男子が、高らかな声で叫んだからだ。
一方でランスレイト。眉を潜めた後、首をガリガリと引っ掻きながら答えた。
「だから教えてやってんだろ。仮の武器まで用意してさ」
「じゃあ聞くけど、こうやって鍛え続ければ、僕達も君みたいに戦えるようになるのかい?」
「まぁ無理だろうよ。1年がかりで鍛えても、一般兵に毛の生えた程度が関の山だ」
容赦のない言葉。視線を落としたランスレイトの顔は、黒髪で覆い尽くされた。どんな表情かは見て取れないのだが、少なくとも口調はいつも通りである。
Fクラスの生徒達は、悔しさを滲ませ、舌打ちなどした。彼らも立場は理解している。剣や魔法の初等教育を受けられる騎士の家系でも無ければ、祖先に偉大な戦士が居るわけでもない。ごく普通の庶民。幼少期を、生業の手伝いだけで過ごしたのである。
(そんなオレが、強くなれる訳なかった)
沈鬱なムードに染まる中、独りゲイルが激高して立ち上がった。身体を酷使させられた直後で、気も立っている所だ。
「ランスレイト! だったらオレ達は何をやらされてるんだ!」
「最低限は鍛えてやらないとな。今のままで戦場に送り出されても、アッサリ死んじまうだろ」
「そうだとしてもだ。言い方というか、お前には気遣いってもんが……!」
「やめて、堪えてくれ!」
詰め寄ろうとしたゲイルを、ジョーイが身を挺して止めた。普段からは想像だにしない強い意思を前に、怒りも萎えてしまう。
「質問を変えるよ、ランスレイト。君はどうやってそれほどにまで強くなったんだい?」
「聞いてどうすんだよ」
「その秘訣を真似れば、僕達も強くなれるかもしれない」
ジョーイの言葉に、一同は希望を見い出した。それが可能ならどんなに幸せな事か。いつしか身体の疲れも忘れ、ランスレイトへ縋るような視線を向けた。
しかし、もたらされた答えは、もう1度落胆させるのに十分な威力があった。
「よく食って、必死に戦った。そんだけだよ」
「やっぱりダメだ! 全然アテにならん!」
ゲイルが吠え、他の生徒も大きく肩を落とした。しかし唯一、ジョーイだけは食い下がる。
「よく食べたというけど、具体的には何を?」
「魔獣だよ。まぁガキの頃は狩りなんか出来ねぇから、爺が食わせてくれた」
「それからもずっと、食事面はお爺さんの世話に?」
「いや、初めのうちだけだな。しばらくしたら、卵の取り方とか、ガキでも捕まえられる小型種を教えてもらった」
「なるほど。最初から強かった訳じゃないんだね? 君も誰かに教わって、守られながら育ったんだよね?」
「そうだよ。まともに戦えるようになったのは、10歳くらいだったと思う」
「なるほどなるほど! 実に興味深いよ!」
ジョーイは白い歯を煌めかせて微笑んだ。それの何が楽しいのかと、生徒達は理解できず、呆然とするばかりだ。
やがて鐘が2つ鳴る。午前の終わりを告げるもので、昼食時である。この日も食堂には向かわず、ランスレイトの手料理が用意された。食材の調達は彼が担い、残りの生徒は手分けをして火起こし、串の準備などを着手した。
ただし、ジョーイについてはその限りではない。
「お爺さんって何者? 話を聞くにとても強いよね? 名のある武人さんなのかな? 山奥暮らしなら現役じゃないよね? その人の武功とかエピソードが知りたいな」
質問は早い。1つの答えを得るのに、5つは問いかける程だ。
「魔法も使えるんだよね、どうやってるの? しかも詠唱もなかったよね? どんな理屈だか知ってるかい?」
質問の声には張りがある一方で、返答は徐々に重たく、濁っていった。これには周囲もヒヤヒヤするばかりだが、ジョーイに止まる気配は無かった。
「恋愛経験はある? 守りたい人は? 大切な人がいると強くなれるって本当?」
午後は午後で、スキマ時間を見つけては質問攻めだった。
「君は午後の訓練でコリンさんを6回、ファンナさんを5回、マナさんを10回見てたよね? 他の子はせいぜい4回止まりなのに。特別な感情があったりする? それとも何か才能でも見い出してる?」
食事時も、入浴時も変わらない。
「君みたいな人でもフェチってあるわけ? どんな子が好み? うちのクラスで言うと誰が良い?」
今日は完全に付きっきりだった。ランスレイトの後ろにはジョーイの影がある、と言っても過言ではないほど。
しかし、入浴帰りの頃は流石にジョーイ独りであった。
「ずっと張り付いてたのかお前は。よくやるよ」
「やぁゲイル。ランスレイトを見なかったかい? 逃げられちゃってさ」
「いやお前、流石にやりすぎだぞ。いくら何でも可哀想だ」
「だよねぇ。分かっちゃいるんだけど、そういう性分なんだ」
「ところでだ。あれだけ質問攻めしたんだ。何か手掛かりを掴めたか?」
「そうだね、ええと。彼の強さの秘訣は……」
「秘訣は……?」
「よく食べて、必死に戦う事?」
「最初から分かってるんだよ、そんな事は!」
ジョーイの頑張りも虚しく、謎は解明されなかった。しかし、僅かばかりの手掛かりによって、少しばかり前進する事になる。
怒りを隠さず立ち去るゲイル。そして、しきりに辺りを見回して探し回るジョーイは、まだ知る由も無かった。
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