不穏な噂

 ヒアデス村で待つ長老の家に戻るなり、駆けつけてきたのはルナちゃんだ。


「お姉ちゃーん! ユウキくーん!」


 駆けつけるなりルナちゃんはセレナさんの胸に飛び込む。


「お待たせルナ。心配してた?」

「いいえ。お姉ちゃんなら無事に帰ってくるとルナは信じてましたから。ユウキくんも無事で何よりです」

「じゃあなんでそんな急いで駆けつけてきたの? ルナちゃん」

「知らないところで待っているのが心細かったもので……」


 そっか、ルナちゃんも不安だったんだね。


 そんなルナちゃんをセレナさんは優しく抱きしめた。


「偉かったねルナ。よしよし」

「えへへ~」


 ああ、仲良しの姉妹ってやっぱり尊いな~。僕も兄弟がいたらこんな感じになれてたのかなあ?


 少し遅れてワイツ君とロゼちゃんたちもやってくる。


「はなちゃまもご無事で何よりですわ、よくお帰りになりましたね」

「ブロロロロ」


 ロゼちゃんがはなちゃんの鼻に優しくすり寄ると、はなちゃんも鼻で抱き返した。


「――ちっ、やっぱオレじゃあダメなのかよ」


 一方でワイツ君は頭の上で腕を組んでやりきれなそうに舌打ちする。


「だってワイツくん、なんかぎこちないんですもん」

「し、しかたねえだろ!? ユウキの奴抜きでルナと一緒にいるなんて久しぶりだったからよー!」


 ツンとした態度のルナちゃんに、ワイツ君はあたふたしていた。


 ワイツ君もルナちゃんと仲良くなれるといいんだけどね……。


「ガキの戯れ言はどうでもいいから長老に報告しに行こうぜ」

「戯れ言って……相変わらず口が悪いよアッシュ。でもまあ一理あるね。もちろんゆー君も一緒だよ?」

「はい。――ルナちゃんたちはちょっと待っててね」


「はいっ」

「分かりましたわ」

「分かってるっての」


 セレナさんの仕事仲間と一緒に長老の家に入って、依頼完了の報告をすることに。


 長老の顔を見るなり、セッタちゃんが長老の元へ駆け寄った。


「長老様~!」

「おお、セッタや。無事で何よりじゃ」

「ゴブリンキングに拐われていたセッタちゃんですが、この通り無事に連れて帰りました」

「何、ゴブリンキングとな?」


 セレナさんの口からゴブリンキングと聞いた長老が、エルフ耳をピクンと動かして目を丸くする。


「はい。アイン山の洞窟に潜んでいたので、救出ついでに討伐してきました」

「そうか……。しかし妙ですな、この辺りでゴブリンキングの出没など聞いたことがないのですが……」


 立派な髭を蓄えたあごをなでる長老に続いて口を開いたのはラルンさんだった。


「やっぱり土着のゴブリンキングではなかったみたいルンね。通りで奴らにしては勢力が小さかったんだルン」

「え、そうなんですかラルンさん?」


 僕の問いかけにラルンさんはコクンとうなづいてこう説明する。


「ゴブリンキングは元々何百匹と手下を従えているものだルン。だけど今回確認した手下は多く見積もっても数十匹、おかしいと思ってたルン」

「そうなんだ……、詳しいんですねラルンさん」


 僕がこう言うと、ラルンさんはとんがり帽子のつばで顔を隠した。


 よく見たら照れ笑いしているみたいだったよ。


「この辺りにいないゴブリンキング、妙っすね」

「ああ、なんか嫌な感じがするぜ」

「もしかしたらあの噂も本当なのかな……?」


 頭を悩ませるセレナさんの仕事仲間の言葉に、僕は首をかしげる。


「噂って?」

「こんな噂があるんだよゆー君。国王陛下の誕生日が近づくにつれて魔物の不審な出没が相次いでるって」


 神妙な顔のセレナさんの説明に、僕もピンと来た。


「そういえばアトラスシティーでも最近魔物が多いって噂話を聞いた気がします」

「ゆー君も!? やっぱりターラス全土に噂は広まってるんだ……」


 なんか深刻な気配がするね……。


「それはともかく、セッタを救出していただいた報酬はしっかり支払いますので。ご苦労じゃった」


 こうして僕たちが長老から報酬を頂いたところで長老の家から出るなり、はなちゃんがのっしのっしと歩み寄ってきた。


「ん、どうしたのはなちゃん?」


 なんか物欲しそうな目をしているけど、どうしたんだろう?


 そんなはなちゃんに心当たりがあるのか、セレナさんがこんなことを。


「もしかしてはなちゃん、さっきのキノコが食べたいのかも?」

「ええっ!? だってあのキノコ、食べると身体が小さくなっちゃうんじゃ……」

「ブロロロロ……」


 驚く僕に対してはなちゃんはねだるように喉を鳴らしている。


 そこへ屋内から出てきたのは長老とセッタちゃんだった。


「おやおや、何事ですかな?」

「長老さん、実はこのはなちゃんがセッタちゃんの採ってきたキノコを欲しがってるみたいなんですけど……」

「ブルーマッシュとレッドマッシュのことですか?」

「多分それ」


 僕がセッタちゃんに確認すると、不思議そうな顔でルナちゃんとロゼちゃんが話に入ってくる。


「ブルーマッシュとレッドマッシュって、何ですか?」

「実はねルナちゃん――」


 僕がアイン山で起きたことを伝えると、目を輝かせたのはロゼちゃんだった。


「まあ! あの大きなはなちゃまが小さくなられたなんて!」

「ルナには信じられません……」


 信じられないといった様子の二人の前で、セッタちゃんがポシェットの中からブルーマッシュを取り出す。


「これがブルーマッシュです。本来は鎮静効果のあるキノコなのですが……へっ!?」


 するとすぐさまはなちゃんが鼻でブルーマッシュをひったくって口に放り込んだ。


「ちょっとはなちゃん!?」


 今度もまたはなちゃんの身体が光りだして、次の瞬間にはまた小さくなっていた。

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