まさかのセレナさん
「なんでこんなところにいるんですかお姉ちゃん!?」
突然姿を現したセレナさんに、ルナちゃんが目を見開いて驚く。
それは僕も同じだった。だってセレナさんは家で僕たちを見送ったはずなのに。
そう考えていたらセレナさんが自分の頭をさすって照れ臭そうに話した。
「いや~、ルナとゆー君の二人きりでどこに行くのかな~って、あの後さすがに心配になったんだ」
「そうだったんですね。でも今までどこに姿を隠してたんですか? 僕全然気づかなかったんですけど」
「それはね。――ウインド・ベール」
疑問を問いかけると、セレナさんは呪文を唱えてまた姿を消してみせる。
「消えた!?」
「風の魔法です! だけどお姉ちゃん、こんなのも使えたんですね……」
ルナちゃんと二人揃ってポカーンとしているところに、セレナさんが再び姿を現した。
「そういうことっ。だけどフランちゃんには気づかれちゃったみたい、さすがは竜血だねっ」
「ふっふ~ん。その程度の小細工、わらわにはお見通しなのじゃ!」
誇らしげに立ち上がって胸をそらすフランちゃんから、僕は慌てて目をそらす。
だって今のフランちゃん、すっぽんぽんなんだもん!
セレナさんもこれにはため息をついて、フランちゃんに指摘した。
「ちょっとフランちゃん、男の子のゆー君がいるんだよ? 少しは恥じらいとかないの?」
「恥じらい、何のことじゃ?」
あごに人差し指を添えて小首をかしげるフランちゃんに、セレナさんはお手上げといった感じでうなだれる。
「それよりセレナじゃったな、お主も温泉に入らぬか? この湯はちぃとぬるすぎるが、お主ら人間にはちょうどよかろう」
「わたしもそうしたいところなんだけどね、あいにく身体を隠せるものを持ってきてないんだよ~。あーもう、タオル一枚でもあればゆー君たちに混ざれたのにぃ!」
「何を悔しがってるんですか? セレナさんは……」
というかタオルがあったらセレナさんも混浴したかったってことだよね。
うーん、この世界の女の人って風紀とか恥じらいとかいろいろどうなってるんだろう?
「……そろそろ上がりましょうか、ユウキくん。ルナも十分温まりました」
「そうだね。これ以上セレナさんを待たせるのも悪いからね」
そうして僕たちは温泉から上がって、背中を向け合いながら自分の身体を拭いて服を着直した。
フランちゃんもいつの間にか申し訳程度のあの服を着て、既に上がっている。
ふと巨体を手持ちぶさたに揺さぶっているはなちゃんの姿が目に入った。
「ごめんね、ずっと待たせちゃって。はなちゃんも一緒に入れれば良かったんだけど……」
あいにくこの温泉は人が五人くらい入るので限界みたいで、はなちゃんの巨体はとても入りそうにない。
するとはなちゃんはおもむろに温泉に歩み寄って、長い鼻で温泉を吸い上げて自分の身体にかけ始めた。
「プオオオ~」
その姿はまるでシャワーを浴びているようで、気持ち良さそう。
はなちゃんの気が済んだところで、僕とルナちゃんは再び彼女の背中に乗せてもらった。
「ねえルナちゃん、これからどうしよっか。セレナさんも心配してたみたいだし、そろそろ帰る?」
セレナさんを意識しつつ訊いてみたけど、ルナちゃんは目をキラキラと輝かせてこう告げる。
「いえ、ルナはこのグリルマウンテンを行けるところまで登ってみたいです!」
「え、そうなの?」
「……ダメ、ですか?」
申し訳なさそうなルナちゃんの上目遣いを前に、僕はノーと言えなかった。
「分かった、それじゃあ行こっか。セレナさんもいいですよね?」
「うん。お姉ちゃんも一緒に行くから」
「――わらわはもう帰ろうかの」
唐突なフランちゃんの言葉に、僕たちは一斉に彼女に顔を向ける。
「え、もう帰っちゃうの?」
「当初の目的はとっくに果たせておるからのう。楽しかったぞ、ユウキにそれとしょんべん垂れのルナとその姉よ」
「んもう! しょんべん垂れはもうやめてください!!」
「あーっはっは! それじゃあ世話になったのじゃ!」
そう言うとフランちゃんは目にも止まらぬ勢いで空へ飛び出し、あっという間に見えなくなってしまった。
「行っちゃった……」
「フランさんも帰ったことですし、後はユウキくんと二人ですね」
「お姉ちゃんもいるよ~」
「そうでした! 失礼しましたっ」
「ブロロロロ……」
「はなちゃんも一緒だよね。分かってる、だから大丈夫だよ」
拗ね気味なはなちゃんをなでてなだめたところで、僕たちはグリルマウンテンを登ることに。
グリルマウンテンの山肌は植物があまり生えてないのか、ゴツゴツとした赤茶色の岩肌がそのまま露出しているのが目立つ。
それに加えて傾斜も急だから登るのは大変そうだけど、はなちゃんは特に気にすることもなく山道をのっしのっしと歩いて進んでいた。
「はなちゃんは本当にたくましいですよね~。さすがです!」
「そうだねルナちゃん」
「ちょっと~、少しは自力で歩いてるお姉ちゃんにも振り向いてあげて~?」
一緒にはなちゃんに乗れば良かったのに、セレナさんは少し離れたポジションで僕たちについて着ている。
彼女曰くこの方が危険に気づきやすいんだって。
そういえばこの山に仕事で来ていたアレックスさんたちはどうしたかなあ?
そんなことを頭の片隅に置きつつ、僕たちは山の景観を楽しんだ。
「やっぱり雄大な自然!って感じで圧倒されちゃうよね」
「はい! ルナもこんな光景初めてでワクワクします!」
嬉しそうなルナちゃんに背後から追い風が吹いて、二つに結んだ金色の髪をなびかせる。
自然もそうだけど、その中にいるルナちゃんも芸術的できれいだよね~。
山の景観とルナちゃんをセットで楽しみながら渓谷に足を踏み入れたときだった、突然セレナさんが足を止めて背中の弓に手を掛ける。
「どうしたんですかセレナさん?」
「しっ、何かいるっ」
鼻が鋭いはずのはなちゃんは何も気づいてないみたいだけど、ここはセレナさんの感の鋭さを信じよう。
はなちゃんを止めさせて警戒してると、突然崖の上から無数のトカゲみたいなのが一斉に飛び出してきた!
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