遅れてくるドキドキ

 ルナちゃんのプニプニなほっぺたに触れた僕の唇が、ほんのりと熱を灯す。


「へ、――ふえええええええ!?」


 うろたえて後ずさるルナちゃんの顔は、耳まで真っ赤になっていた。


「どうしたの、ルナちゃん?」

「どどど、どうしたの、じゃないですよ! あなた今何言ったか分かってるんですかあ~!?」


 口を震わせながらのルナちゃんの言葉を受けて、僕は今彼女に言い放った言葉を反芻してみる。


 ……ちょっと待って、これじゃあまるで愛の告白じゃん!!


 それに気づいた途端、僕まで顔がボッと熱を帯び始める。


「はわわわわわ、ち、違うんだ! 僕はそのっ、同じようにチューすればフランちゃんのと平等になるかと思って、それから今の言葉は友達としてこれからも仲良くしたいっていう意味で……!」

「……は?」


 手をブンブン振って弁解すると、ルナちゃんの瞳から光がすっ……と失せた。


 ……何これルナちゃん怖い。


「ユウキくん、ルナの純情きもちを何だと思ってるんですか……? ルナのドキドキを返してください」

「あわわわわ、ごごご、ごめんなさーーい!!」


 首をカクンと傾けてどす黒い気迫を放つルナちゃんを前に、僕は勢いよく土下座を披露せざるを得なかった。


 プルプルと震えて顔を上げられないでいると、ルナちゃんの重いため息が耳に届く。


「……ですが、ユウキくんがルナと仲直りしたいのはよーく分かりました。とりあえず顔を上げてください」

「あ、はい」


 言われた通り顔を上げると、頬を赤らめたルナちゃんが控えめに手を差し出していた。


「ふつつかものですが、これからも……よろしくお願いします」


 どうやら機嫌を直してくれたみたいで、僕はホッと一安心。


「うん。よろしくね、ルナちゃん!」


 差しのべられたその手を改めてぎゅっと握ると、ルナちゃんはにへらと笑みを浮かべた。


 これで仲直りできたんだよね。


「ブロロロロロ……」

「うわっ、はなちゃん!?」


 聞こえてきた重低音の唸り声に窓の外を見てみたら、はなちゃんが陰湿なジト目を向けているのが見てとれた。


 何その目怖い。


「はなちゃんはちゃーんと分かるんですね~。よしよし」

「プオ」


 はなちゃんの長い鼻を意味ありげになでるルナちゃん。


「……こうなったらなにがなんでもユウキくんに振り向いてもらわないと」


 なんかルナちゃんが呪詛みたいなのをブツブツと呟き始めたので、僕はそそくさと彼女の部屋から出た。


 すると扉のすぐそばで待っていたのはセレナさん。

 なんかニヤニヤしてるけど、どうしたんだろう。


「ゆー君も大胆なことするね~。ひゅーひゅー」

「……今の聞いてたんですか?」

「まあね~。でもまさか仲直りするのにキスだなんて、お姉ちゃんも予想外だったよ~」

「あれは失敗だったと思ってるから掘り返さないでくださいよ~!」


 セレナさんってたまにちょっといじわるなところあるよね……。普段は優しくていいお姉さんなんだけど。


      ***


 夜になって部屋で寝ている僕の目の前に、いつの間にか寝巻き姿のルナちゃんがいる。


「どうしたの、ルナちゃん?」

「――ルナもユウキくんが好き、大好きです」

「……へ?」


 そう言うルナちゃんの顔は火照ったように赤くて、僕と同い年くらいなのにどこか色っぽさがあって直視できない。


「ねえルナちゃん、それって友達としてだよね?」

「……何言ってるんですか? ルナはユウキくんに全部を捧げてもいい、それくらい愛してるって言ってるんです」

「ルナちゃん……?」


 トロンとした顔のルナちゃんは、そう伝えながら寝巻きを徐々にはだけさせていく。


「ユウキくん、ルナをユウキくんのものにしてください……」


 そう言って両腕を前に出すルナちゃんに、僕は並々ならない危機感を覚えた。


「待ってよルナちゃん、そういうのは僕たちにはまだ早いよ……!」

「……ルナにあんなことしといてですか? ルナはもう、我慢できません……」

「はわわわわ……!」


 そうしてルナちゃんが僕を押し倒したところで視界が暗転。





「――うわあ!! ……なんだ、夢か……」


 さっきまでのピンク色な雰囲気は夢、その事実に僕は安堵の息をつく。


 毛布をめくると、僕のぞうさんがこれでもかと自己主張していた。


「はあ、これどんな顔でルナちゃんと話せばいいんだろう……」


「――ルナがどうかしましたか?」

「うわあ!?」


 部屋の扉の向こうでルナちゃんの声が聞こえて、僕は慌てて前を押さえる。


「ううん、なんでもないよ。そう、なんでもない」

「そうですか。そろそろ朝ごはんなので、起きてきてくださいね」


 ルナちゃんが部屋に入ることなく足音が遠ざかっていくのを感じて、僕はまた安堵のため息。


「どうしちゃったんだろう僕……」


 声を聞く限りだとルナちゃんはこれまで通りなはず、そんなルナちゃんに僕がこんな調子でどうするっ。


「よしっ、と」


 頬をパンパンと強めに叩いて喝を入れた僕は、寝巻きを着替えてリビングに向かうことにした。


 リビングにはルナちゃんたちが先に来ていて、僕を待っていたみたい。


「も~、遅いよゆー君」

「ごめんなさいセレナさん。ちょっと、ね」


 軽く笑う僕に、セレナさんはなんかニヤニヤしている。


 続いて声をかけてきたのはルナちゃんだ。


「おはようございますユウキくん」

「うん、おはようルナちゃん」


 これまで通り朗らかに笑うルナちゃんに、僕は安心して挨拶を返す。

 よかった、昨日のことは気にしてないみたいだね。


 それなら僕もさっきの夢のことは忘れよう、これでいいんだ。

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