貨幣と告白
「ありがとうユウキ君。これがお礼だ」
丸太を運び終わった後、ランバーさんがくれたのは小さな布袋だった。
「ありがとうございます! ――おっと」
手渡された布袋を受け取った僕だけど、見た目によらないずっしりとした重さに思わず腰が引けてしまう。
「ちょっと手伝っただけなのに、こんなにもらってしまっていいんでしょうか?」
「気にすることはないさ。君たちは普通なら日が暮れるまで終わらない作業をまだ日が高いうちに終わらせてくれたからね。こっちとしては大助かりだよ」
「そうですか。お力になれたならよかったです。ね、はなちゃん」
「パオっ」
僕が目配せすると、はなちゃんは誇らしげに鼻を高々と上げた。
ルナちゃんたちのおうちに帰りがてら布袋の中身をのぞいてみると、中には銅色のコインが六十枚(数えた!)入っていた。
「これって銅貨って言うのかな。この世界だと一体どれくらいの価値なんだろう?」
銅貨っていうとゲームとか物語の世界ではそんなに価値が高くないって設定が多かったけど、この世界ではどうなんだろう。
はなちゃんに乗りながら銅貨をお日様にかざしてそんなことを考えているうちに、いつの間にかルナちゃんの家に着いていた。
「ただいま帰りました!」
「お帰り~ゆー君っ」
扉を開けると早速セレナさんが出迎えてくれる。
「ねえねえゆー君、お仕事どうだった? 怪我とかはない?」
「あはは、僕は平気ですよ。お金ももらえちゃいました」
「それは良かったね~! どんくらいもらえたの?」
セレナさんが興味津々にするから、僕はもらった銅貨を見せた。
「ふーん。結構もらえたんだね~」
「あのーセレナさん」
「ん、なぁに?」
キョトンとするセレナさんに、僕は疑問を訊いてみることにする。
「この世界のお金について教えてもらえますか? 僕もお金の価値を知りたいので」
「お安いご用だよ! それじゃあお姉ちゃんについてきてね」
そう言われて僕はセレナさんのお部屋までついていった。
「ここがセレナさんのお部屋なんですね~」
女の人の部屋に入るなんて初めてだけど、セレナさんの部屋は見た限りスッキリとしている。
女の子の部屋ってなんかぬいぐるみとかそういう可愛いものがいくつも置いてあるイメージだったんだけど。
そこで座ったセレナさんが、僕に丸くて小さなテーブルにつくよう促す。
「とりあえず座ってよ」
「はい」
言われた通りに座ると、セレナさんはポケットからまず一枚のコインを取り出した。
「これは?」
銅貨と違って銅色じゃない。銀色、っていうにはだいぶ安っぽい感じの灰色だね。
「銭鉄貨、鉄屑を潰したもので作られたこの国で一番安いお金だよ。だいたいこれ百枚でパン一つが買えるかな」
セレナさんの話をまとめるとこんな感じ。
銭鉄貨百枚分が僕のもらった銅貨で、一日分の食事がこれ二十枚程度でできるだけの価値。
銅貨百枚分の価値があるのが銀貨で、この辺りになるといい武器が一つ買えるとのこと。
セレナさんに一枚見せてもらったけど、僕の知る百円玉みたいなメッキじゃなくて本物の銀が使われてるみたい。
一枚当たりの重さが銅貨とは明らかに違った。
日常生活には銀貨までで事足りるって話だけど、さらに銀貨十枚分が金貨なんだって。
金貨ともなるとかなりの大金で、大きな買い物をするときくらいにしか使わないらしい。
つまり今日の給料ではだいたい三日分くらいの食費くらいになるわけだ。
「どう、お姉ちゃんの説明で分かった?」
「はい、とっても分かりやすかったです!」
「いや~それほどでも~」
僕の感想に、セレナさんは嬉しそうに身体をくねらせる。
ふと僕はセレナさんの本棚を見てあることを思い出した。
そういえば僕、まだこの世界の文字が読めないんだ。……そうだ!
「そうだセレナさん、僕に読み書きを教えてくれませんか? 僕、この世界の文字がさっぱり読めなくって」
「わたしでよければそれくらい、いくらでも教えてあげるよ!」
「ホントですか、ありがとうございます!」
「うんうん。――だけどそれよりも今やるべきことがあるんじゃないの? ルナ、いるんでしょ」
「ん、ルナちゃん?」
セレナさんが部屋の扉に向かって声をかけると、遠慮がちに入ってきたのはルナちゃんだった。
「お姉ちゃん、バラさないでくださいよ……」
「ごめんごめん。だけど見てるだけじゃ何も変わんないよ。――ほらっ」
ルナちゃんに向けてウインクしたセレナさんに、僕は背中を押される。
「おっと。――ルナちゃんどうしたの?」
「あの~その……ちょっと来てくださいっ」
「え、ルナちゃん?」
ルナちゃんに手を取られて連れてこられたのは、多分ルナちゃんのお部屋。
こっちも入るのは初めて。
「ここがルナちゃんのお部屋なんだね~」
姉のさっぱりとした部屋とは違って、ルナちゃんのお部屋は木彫りの人形とかぬいぐるみがあちこちに置かれていて、ある意味イメージ通りの可愛い部屋だった。
「ううっ、男の子をルナのお部屋に入れるの初めてなんです。緊張します……!」
「ルナちゃんもなんだ。僕もちょっと緊張してるんだあ」
「ユウキくんもですか? ……そうですか」
こっちを向いたと思ったら、またすぐに目をそらしてしまうルナちゃん。
ルナちゃんもまだ昨日のことを気にしているのかな、だったら心のモヤモヤは早いうちに解かないとっ。
「ねえルナちゃん、もしかして昨日のことまだ怒ってる?」
「――――!?」
図星といったようにすみれ色の目を丸くするルナちゃんは、こんなことを口にする。
「ルナだって分かってるんです、フランさんが純粋に友達としてユウキくんを見ていたことは。だけど、ユウキくんにちゅーしたのを思い出すとなんか胸がチクりと痛むんです」
「ルナちゃん……?」
胸をぎゅっとつまむルナちゃんに、僕はどうしたものか呆気にとられてしまう。
僕には今のルナちゃんの気持ちはよく分かんない、だけどそれでルナちゃんが悩んでるなら僕も手をさしのべてあげたいっ。
――そうだ!
「ルナちゃん」
「どうしたんですかユウキくん?」
「僕、ルナちゃんが好き、大好きだよ!」
そう言いきった僕は、思いきってルナちゃんのほっぺたに唇をつけた。
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