はなちゃんへの注目
お昼頃になって、レイス一家に恰幅のいい男の人がやってきた。
何だろう?
「はーい。――あら、あなたは農協ギルドのアベニさんじゃないのっ」
部屋の扉を開けてのぞいてみると、ユノさんが扉の前でその人と対話している。
「これはこれはユノさん。私はゲイツさんからの紹介でこちらにお伺いしたのですが、そちらにユウキという名前の少年はおりますかね?」
「え、僕?」
名前を呼ばれたので表に出てみると、アベニさんが僕の手を取って握手した。
「おお、君がユウキ君ですか。私はアベニ、この村の農協ギルドで支部長をやっております。ゲイツさんもこちらにおられるはずですが……」
アベニさんが家の奥をのぞきこむと、ゲイツさんがスタスタとやってくる。
「――おっと、これは待たせたなアベニさん」
「いえいえ。それで画期的な肥料の素とは一体どのようなものでしょう?」
「そうだな。私が案内しよう。――ユウキ君も来てくれるな?」
「あ、はい」
それで僕たちはアベニさんを問題の場所に案内することに。
「おっと、その前に見せたいものがあるんだ。ユウキ君、はなちゃん殿を呼んできてくれるかな?」
「はい、分かりました。はなちゃーん!」
僕が呼びかけると、家の裏にいたゾウのはなちゃんがのっしのっしと歩いてきた。
「おお、これはなんと大きな動物なのでしょう」
「こちらはゾウのはなちゃんです。実はその~、肥料の素というのもこの子のうんこなんですよ」
「なるほど、この動物の糞が肥料の素というわけですか」
そう感心しながらアベニさんはためらうことなくはなちゃんをなでている。
「はなちゃんが怖くないんですかアベニさん?」
「ええ。私どもは家畜も扱っていますゆえ、この手の大型動物には慣れているのです。しかし大きいですね~。こんな動物初めて見ましたよ~!」
無邪気な子供のようにニコニコしながらそう答えるアベニさんに、はなちゃんも心を許しているみたいで。
そうしてはなちゃんも一緒に案内した羊たちの囲いで一点だけ異常に伸びた草を見て、アベニさんは感嘆の声をあげる。
「ほ~、こんなに伸びた草は初めて見ますねぇ。これがはなちゃんの糞で急成長したものだとは、やはり驚きます」
そう言うや否やアベニさんは異常に伸びた草の根本をかき分けて、はなちゃんのうんこを手に取った。
「ふむ。羊や牛の糞と違って消化されてない草もたくさん混じってますね。これがいい肥料になるんですな」
両手に抱える巨大な一粒をじっくりと観察するアベニさん。
うんこ一つでここまで熱中できるなんて、すごいなあ。
そう思っていたらアベニさんに手招きされる。
「ユウキ君にゲイツさん、これを見てください。草と一緒にリンゴとブドウの芽も芽吹いてますよ」
「なに、リンゴとブドウの芽だとっ。うちではそんなもの育てていないはずなんだが」
目を丸くするゲイツさんだけど、僕には心当たりがあった。
「もしかしたら前の日にはなちゃんが食べた果物に種が入ってて、それがうんこと一緒に出て芽吹いたんじゃないでしょうか?」
「なるほど~、それなら納得ですねぇ」
僕の推測にアベニさんがポンと手を叩いて感心する。
「それでは一旦この糞と果物の芽を採取させていただきますね。肥料として完成した暁には、そちらにも使用料をお支払いさせていただきますので」
「ああ、よろしく頼む」
「僕たちでよければ、お力になりますっ」
こうして僕に不思議なつてができたんだ。
翌日、僕とはなちゃんはセレナさんとルナちゃんの二人と一緒に、改めてアトラスシティーに脚を運ぶことに。
今回の目的は、はなちゃんの魔法適正を教会に鑑定してもらうこと。
「はなちゃんの鑑定楽しみだね~」
「はい、お姉ちゃん! ルナも先日のはなちゃんの大活躍をこの目でしっかり見ていましたので、きっとビックリするような結果になりますよ! ね、ユウキくんっ」
「そうだねルナちゃん」
そんなことを楽しく話していたら、今回はあっという間にアトラスシティーに到着した。
その足で教会に向かった僕たちは、受付のシスターさんに事情を説明した。
「あのーすみませーん。はなちゃんの魔法適正を鑑定してもらいたいんですけど」
「ええっ、はなちゃんってその大きな動物のことですよね? 少々お待ちください、神官様に相談してきますのでっ」
慌てて教会の中に入ってしまう受付のシスターさん。
少し待つと教会の扉から神官のトレインさんが出てきた。
「これはこれはユウキ様。今回はお連れの動物の魔法適正を鑑定していただきたいとのことですが……」
「何か問題でもあるんですか?」
「ええ。実は動物の魔法適正を鑑定するのは初めてのことでして。なにせ普通の動物は基本的に魔法を使わないのですよ」
「え、そうなんですか?」
動物は魔法を使わない、これは初耳だよ。
トレインさんは真面目な表情で説明を続ける。
「はい。そもそも魔法を使うには言葉として呪文を唱える必要があるのです。例外として魔物は頭の魔石を触媒として魔法を使うことができるのですが、普通の動物にはそれもありません」
なるほど、今まで見てきたオークとかドラゴンには頭に結晶みたいなのがあったのはそのためなんだね。
「そういうわけで動物の魔法適正の鑑定はこれまで行われてこなかったのです。しかしご希望とあらば鑑定してさしあげましょう」
「ありがとうございます!」
「それでは裏にどうぞ」
トレインさんに案内されたのは、教会の裏庭だった。
「うわ~、きれいです~!!」
裏庭に植えられた赤い薔薇の花の数々に、ルナちゃんは目を奪われている。
一方ではなちゃんは植えられた花に長い鼻を伸ばそうとしていた。
「はなちゃん、食べちゃダメ!」
「ブロロロロ……」
もう、少しでも目を離すとそこらの草とかをつまみ食いしようとするんだから~!
そんな裏庭の真ん中には、僕が魔法適正の鑑定に使ったのと同じ台座が用意されていた。
「それではユウキ様、はなちゃん様に水晶を触れさせてください」
「分かりました。――ほら、はなちゃん。」
「パオ」
僕の指示ではなちゃんが鼻を台座の水晶玉にかざすと、それは赤青黄色緑と眩しいばかりに光り輝き出す。
「プオ!?」
「わわっ!?」
「眩しいです~!」
「これは~!?」
あまりの眩しさに目が眩む僕たちのそばで、トレインさんだけは色とりどりに輝く水晶玉を見つめていた。
「これは……すごいです! 全属性に適正があるだけでなく、魔力量も尋常ではございません!」
「そうなの~!?」
はなちゃんが鼻を離すと、水晶玉のまばゆい光はすっと収まる。
するとトレインさんがこんなことを。
「それではユウキ様、はなちゃん様に魔法を使わせてみてください」
「分かりました。――はなちゃん、できる?」
その脚をポンポンと軽く叩いて僕が確認したけど、はなちゃんは困ったような顔をしている。
「ブロロロロ……」
「え、どうしたのはなちゃん?」
「……あのすみません、はなちゃん様が魔法をお使いになられたのはどんな状況でしたか? やはりしゃべれない動物が魔法を使うのを想像できないのですが」
「そうですね……。実は……」
トレインさんにドラゴンをやっつけたときのことを話すと、こんなことを提案された。
「もしかしたらユウキ様のお力が必要なのかも知れません」
「え、僕の? でも僕には魔法が使えないんじゃ……」
顔をしかめる僕に、セレナさんが手をポンと叩く。
「そっか! ゆー君が魔法を使う手助けをするんだね!」
「どういうことですか、お姉ちゃん?」
「こういうことだよルナ。ゆー君って全属性に適正があっても魔力量が乏しいから魔法が使えないって話だったよね。それなら魔力量が有り余ってるはなちゃんと一緒に使えばいいんだよ!」
「なるほどです!」
「え、そうなの!?」
言われてみれば確かに、はなちゃんが魔法を使ったときも僕が一緒にやっていた。
よーっし、それなら!
「はなちゃん、僕を乗せてよ!」
「パオ」
しゃがんだはなちゃんの背中に乗ると、僕は早速この前浮かんだフレーズを唱える。
「いくよはなちゃん! ブレスブリザード!」
「パオ!」
僕が唱えるや否や、はなちゃんの鼻から吹雪のような冷気が虚空に向けて放たれた。
「これがはなちゃんの魔法ですか~!」
「改めてみるとすごいね~!」
僕たちの魔法を見て感嘆の声をあげるルナちゃんとセレナさん。
「やはりユウキ様の存在が鍵だったのですね」
そばで合点がいったかのようにうんうんうなづくトレインさん。
こうしてはなちゃんの秘密がまた一つ明らかになったんだ。
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