メイサとシラギ:過去編

血塗れの過去編

 ーー何代も前の世代


 リアライゼたちが天使学校へ来るよりも前の話。

 天使学校の生徒、メイサとシラギの対立の話。



「皆さん、おはようございます。私が今期の担任を務めるリュマエルだマー。よろしくだマー」


 語尾が若干気になり、生徒たちは唖然としていた。

 その中で二人、明らかに異様な雰囲気を放つ生徒にリュマエルは気付いていた。



 ーー天使学校三日目

 リュマエルは戦闘訓練を行った。

 その訓練で突如のハプニングで大量の怨霊に襲われることになったものの、その怨霊たちを圧倒し、天使見習いながらも討伐した生徒が二名いた。


 一人はメイサ。

 彼女は女子ならではの器用な動きを駆使して、地形全体を独壇場にし、怨霊すらも翻弄する動きで戦闘を行う。羽の使い方も天使見習いにしては大天使にも敵う羽捌きで、リュマエルを魅了していた。


 もう一人はシラギ。

 彼がメイサほどではないものの、小細工を使い怨霊を数体討伐していた。メイサと比べれば明らかに見劣りはするものの、しかし天使見習いにしてはその成果は目まぐるしいものだった。


 しかし、メイサの活躍にシラギはほぼかき消されている。


 そのことに、シラギはコンプレックスを感じていた。



「先生、やはり僕の方がメイサよりも下ですか」


「メイサは歴代最強と言われるほどの逸材だ。間違いなく彼女は天上十六系に選ばれる。そんなメイサと比べるなんて無理なことだマー」


「そ、そうですか……」


 リュマエルに言われたその事が、シラギの胸には深く突き刺さった。それも天上十六系のリュマエルに言われた言葉ならば尚更。

 自分はメイサには敵わないのか。その真実がシラギの幻想を砕いた。


 家に帰るなり、シラギは母のもとに泣きながら駆け寄った。


「ねえ母さん、僕、また学校で一番になれなかった」


「良いのよ。あなたはあなたのペースで強くなれば良いんだから。きっとこの先その子を越えられるようになるわよ」


 虚言だーーそんなこと、子供のシラギにも分かっていた。

 いつか敵う、なんて幻想は抱くことすらできない。たとえそのいつかが来たとしても、それは十分に歳をとった後のことだろう。


「シラギ、今日は疲れたでしょうから早く寝なさい」


「わかったよ。母さん」


 シラギは一人ベッドに眠り、夜を過ごした。

 その横の部屋で、母は父に怒鳴られていた。


 この時から少しずつ、シラギの心の中には負の感情が芽生え始めていた。子供が背負うにはまだ早すぎる、抱いては行けない負の感情が。


「僕に優しくしてくれる母は嘘ばかり。じゃあその母に怒鳴っている父さんは何?父さんは一体誰なの?」


 シラギが抱く負の感情は少しずつ強まっていた。

 収まりきらない感情は次第にシラギの懐から漏れ、時々表舞台にその感情が姿を表すことが度々あった。


「全部壊れれば良い。全部全部、全部……」


 それから十日が経過した。

 シラギは休み時間の間、ずっと教科書を読み漁って強くなろうと努力していた。その横で、メイサは友達とただ笑って過ごしている。


 努力しなくてもお前の上を行ける。

 まるでそう言われているような、そんな怪訝な感情を一人の少女に抱いていた。


「ねえシラギ、たまには私達と遊ぼうよ。勉強なんかよりも楽しいじゃん」


「メイサ、君は良いよね。才能に恵まれていて」


「え?どうしたの?急に?」


「僕には才能なんてない。あるのは無能な力だけ。僕はどれだけ努力してもお前のような天才には敵わないんだ。どうやってもどうやっても、僕はお前には勝てない」


 教室中に響く声で、シラギは叫んだ。

 彼の行動に恐怖し、生徒たちは不審な視線をシラギに向けるようになった。メイサを除いては。


 次の日から、シラギはさらにクラスから孤立するようになった。

 休み時間はずっと勉強に明け暮れ、放課後は校庭で武術の特訓をしていた。誰よりも強くなろうと抗ったから、彼は日々努力し続けた。

 ーーだが、それが実る日は来なかった。



 そんなシラギをある少女が見つけた。

 怨霊と天人、そして悪魔との混血の存在ーー少女。


「劣等感や屈辱、それらがもっともよく実っている。彼という存在は私という存在を強く受け入れてくれるだろう。私のこの混ざり狂っている魂すらも」


 少女は肉体を捨てた。

 その後、肉体に移った。ある少年の肉体にーー




 ーー天使学校百日目

 卒業試験の日、シラギは学校に来なかった。

 メイサはシラギを心配し、シラギの家に行った。そこでシラギが見たのは、何本ものナイフでの武術を極めているシラギの姿だった。

 その時のシラギの視線は殺気だっていて、恐ろしかった。だからその殺気に紛れて気付かなかったんだ。そのナイフに二人分の血がついていたことを。


 いや、気付かなかったんじゃない。気付いていないふりをした。見て見ぬふりをした。


 全員が天使見習いを卒業した次の日、シラギはクラスメート全員を人気がほぼない廃屋に集めた。その中にメイサの姿はなかった。

 廃屋の周囲は不気味な森に囲まれていて、すぐ近くには小規模な封印殿がいくつもあった。


「なあシラギ、こんなところに呼び出して何の用だよ」

「私達はこれから天使の階級試験があるから忙しいの」

「帰って良いか」


「帰りたきゃ帰りなよ。怨霊で溢れたこの森から帰れるなら」


 そう呟きながら、シラギはナイフを怨霊が封印されている封印殿に投げた。封印殿にナイフが当たると、封印殿には亀裂が走り、砕けた。それにより、怨霊が解放された。


「君達凡人には才能がない。だから僕のような努力家で優れている者には敵わない。さあ死んでくれ、死んでくれ。僕ーー私の世界の引き立て役になってさ」


 無数の怨霊が解き放たれた森の中で、卒業生十八人の生徒が怨霊と対峙する。

 混乱する状況下でシラギは森から逃亡していた。だが卒業生たちは逃げず、怨霊と戦っていた。


「正義感の強い君達ならここで怨霊を野放しにはしないよね。怨霊を野放しにしたら世界が大変なことになっちゃうもんね」


「舐めやがって。俺たちは百日間訓練を積んできた。この程度の怨霊なら容易く倒せるんだよ」


 卒業生たちは怨霊を次々と倒していく。だが怨霊の数は一向に減らず、むしろ増え続けている。

 シラギは未だに封印殿を破壊し、卒業生らがいる方向へ怨霊を導いていた。


「もう残り三百体か。怨霊って意外と対したことないな」


 森の外れで見ていたシラギは、次々と倒されていく怨霊にしらけていた。


 それから数分で卒業生は怨霊を全て討伐した。だが疲弊しきっていて、皆全身傷だらけでヘトヘトだった。


「いやー、良いものを見させてもらったよ。でもさ、これで終わるわけないじゃんか」


 シラギは無数のナイフを手にし、そのナイフを次々と血に染めていく。疲弊しきっている卒業生は格好の的であり、たった一人でも十八人相手にシラギは無双した。

 森には一面血が飛び散り、災厄な森に血のにおいが充満する。そこへ遅れて駆けつけたのはメイサだった。


「あれ?メイサ、来たんだ。来ないと思って先に始めちゃったよ」


 血で染められた森、そこに転がっている何人ものクラスメートの姿。その姿は原型をとどめていないものも多々あり、メイサは怒りに囚われる。


「ふっざけるな。お前、よくも」


 憤怒するメイサは恐ろしく、戦闘モードだったシラギを怖じ気づかせた。


「やっぱ君、恐いよ」


「恐くて結構。私は今無償にお前を殺したくてうずうずしてんだ。その首寄越せや糞野郎」


 メイサは青色に輝く槍を構え、縦横無尽に振るってシラギに傷を負わせていく。

 シラギはナイフを投げて対抗するが、メイサの槍捌きにその攻撃は無意味と化していた。


「君の槍、青く染まっているんだね。良いな。私の武器は百日経っても白色のまま」


「心だけが黒色に染まったじゃねえか」


 皮肉を飛ばしながら、メイサはシラギの腹部に槍で強く一撃を浴びせた。その一撃を受けたシラギは木々を何本も破壊しながら吹き飛んだ。

 青かった槍には血がこべりつき、少しだけ赤く染まっていた。


「シラギ、お前、どうしてこんなことをした」


 シラギの首に矛先を当てながら、睨むような声でメイサは強く問う。


「もう抑えきれないんだよ。胸の奥底の奥底から沸き上がってくるマグマのような気持ちを抑えきれないんだよ。僕はもうこの世界を破壊したい衝動に駆られて止まらないんだよ」


 矛先を向けられながらもクレイジーな回答を答えた。


「お前、やっぱ狂ってるよ」


「狂っていて結構。それでも私は殺意が止まらないんだよ。殺意が胸の奥底から溢れて仕方がない。もう、染められてるんだ」


 シラギは飛び上がり、着地時にメイサの構える槍の上に乗った。メイサはシラギの体重を支えきれず槍を地面にうちつけた。

 がら空きになったメイサの腹部にシラギは勢い良く蹴りを入れた。メイサは後ろに仰け反り、槍を手離した。


 シラギは落ちている槍を拾い、メイサに向ける。


「これが君の槍か。これが強者の気分か。さぞかし気持ちが良かっただろ。どうせ私ーー僕を劣等格だとか思っていたんだろ。お前は」


 怒りのままにシラギは叫ぶ。

 その怒りが槍を脱色する。シラギに呼応するように槍は色を失っていった。

 残った色はシラギ自身のこべりついた血だけ。


 色が失われ、白色に戻った槍を見て、メイサは言う。


「先生の話を覚えていないのか。これらの天具は全て使用者によって色を変える。使用者の熟練度や諸々が上がる度に、武器は色づき始める。だから他人が触れれば白い武器に逆戻り。お前じゃ私の景色は見れないよ」


 腹を押さえながら、嘲笑うようにメイサはシラギを挑発する。


「お前、やっぱ見下してーー」


「いや、私はずっとお前を尊敬していた。いつだって努力する姿に私は心底尊敬していたんだ。だがお前はいつからか見世物の努力だけをしてきて、本当の努力をしなくなっただろ。その時からだな。私がお前を尊敬しなくなっていたのは」


「見世物の努力……」


「お前、ただ周りに頑張っているって思わせたかった。だからそれから私と力の差がどんどんできていった」


「僕は、僕は強くなった。だからお前なんて今すぐにでもーー」


 シラギはナイフを持ってメイサに襲いかかるが、メイサはシラギの両手首を折ってナイフを落とし、無防備なシラギの胸部に強く手の側面で打撃を入れた。

 シラギは血反吐を吐き、膝から崩れた。


「仲間の死を弔うにはこの程度じゃ軽すぎる。本当ならお前にはもっと痛い目を味わってほしかった。だけどすぐに死んでほしいって思ってる。これ以上お前を生かしたくないって、心の底から思っているから」


 メイサは槍を拾い、振り上げた。


「僕ーー私を殺すのか」


「さよならだ、シラギ」


 メイサはシラギの首へ槍を振り下ろした。だがその一撃は怨霊の介入によって防がれた。怨霊がメイサの槍を掴み、止めたのだ。


「まるで怨霊がお前を護ったみたいだな」


 その問いかけをした時、既にシラギはシラギではなかった。いや、彼は彼である。しかし今の彼は、もう彼という存在を越えている。


「ようやく器が実に成った。メイサ、私は君に殺される筋合いはない。私はこれからしなくてはいけないことができたからね」


 妙に大人びている。

 一瞬で彼という人格が変わったかのように。


「メイサ、生憎私は怨霊を生成できる存在でね、劣等感などの負の感情が強ければ強いほど強い怨霊が生まれる。つまりはーー殲滅だ」


 メイサの背後を無数の怨霊が囲んでいた。その数は一瞬では認識しきれないほどの数の怨霊で、メイサの腕は思わず止まる。


「何……この数……」


「世界に崩壊が来たるその日、私は死とともに現れる。それをこう名付けることにしようーー"怨霊事変"と」


 終焉の名が命名される。


「いつかその日を起こすために、私はこの場から生きて帰らなくてはいけない」


「逃がすかっ」


 追いかけようとするメイサだが、


「危険だよ。まずは周りの怨霊を片付けないと」


 周囲を囲む怨霊がメイサを襲う。メイサはすかさず槍を振るい、周囲に群がる怨霊を一瞬で十数体討伐した。

 その強さにシラギは苛立つ。


「君は相変わらずだな。だが君を囲む怨霊は二千、全て殺せるかな。子供の君じゃ無理だろうけど」


 そうシラギは思っていた。

 どれほど才能のあるメイサであろうと、二千という怨霊相手に生き残ることはできないだろうと。


 だがそれは過信だった。


 シラギがその場を去ってから二分程度、その間に怨霊の気配が一切消えた。その事実にシラギはある憶測を浮かべる。


「まさか……」


 そのまさかだった。

 シラギの背後からメイサが羽を広げ、圧倒的速度でシラギを追いかけてきていた。

 ーー赤く染まった槍を握りしめて。


「嘘だろ……。二千もの怨霊だぞ。それをたかが二分ちょっとで倒すなんて無理だろ……」


「お前、この百日私の何を見てきた。他人ばかり見て自分を落としてきたお前が何を見てきた。私の背中を見てきたんじゃないのか。そのお前が私の強さを知らないなんてーー」


 シラギは咄嗟に怨霊を数体出してメイサにぶつけるが、それらを全て一掃される。

 メイサはシラギの両足を斬り、倒れるシラギの背中に乗っかる。


「ーーおかしな話じゃない」


 シラギの背首に槍を突き立て、逃げ場を失わせた。


「私の強さ、お前ならよく知っているだろ。この程度で私を止める?私を止めたきゃ、一億を越える怨霊でも用意するんだな。生憎、私ならそれでも倒すけどよ」


 メイサは鋭く、怒りを放ちながら、脅えるシラギに叫ぶ。


「これ以上話している時間はない。ここで死ね」


 メイサは躊躇うことなく槍を振り下ろした。槍はシラギの首を貫くーーその僅か数瞬、シラギの背中からは大量に怨霊が放出された。

 メイサは怨霊が体に触れる寸前で離れた。


「勘が良いね。君の察しの通り、この怨霊は毒を有している。触れれば君は毒に冒されていたのだけど、そうはいかないか」


 緊張感を感じ、思考が少し固くなっていた。

 そんな時、メイサは気付いた。シラギの喋り方が不自然なことに。


「まさか……」


 何かに気付いた。だがそれを公言するわけでもなく、メイサは考えていた。考えれば考えるほど、メイサの覚悟は鈍くなっていく。


「シラギ……」


「君とはここでお別れだ。これ以上相手にしていると私が死んでしまう。さようなら。次会う時は必ず殺す」


 一瞬でシラギが消えた。

 消える前にとどめを刺すこともできたが、メイサはそれを躊躇っていた。


「あいつはそんなことをする奴じゃない。分かっている……けど…………」


 メイサは気付いていた。

 シラギが何かにとり憑かれ、操られているということに。

 それでもシラギがクラスメートを殺すような悪魔ではないと気付き、殺意が薄れていく。


「私は……私はどうすれば良いんだよ」


 槍を地面に叩きつけ、メイサは頭を抱える。

 もう分からない、分からないまま、日は過ぎる。


 彼女に残ったのは、赤く染まってしまった悲しい槍だけだった。




 ーーそれから三日後、メイサは天上塔に呼び出されていた。

 召集をかけられた天上十六系天使の内、来ていたのは七名のみ。


 天上十六系の堕落さにメイサは心底がっかりしていた。


「で、メイサ、事の報告を」


 頭脳系テトリトリエルがメイサに問いかける。


「はい。今期の天使学校の生徒の一人ーーシラギがクラスメートを皆殺しにし、逃走しました」


「なるほど。随分と残虐な事件だが、そのシラギというガキは純潔の天使か?それとも悪魔や人間の血が混じっている子か?」


 メイサは何も知らなかった。

 シラギのことを何も、分かってあげられていなかった。

 テトリトリエルからかけられた質問に答えられず、メイサは自分の拳を強く握った。


 ーー私がもっと、分かってあげられていたら。


「その質問に関しては俺が答えるマー」


 天上十六系の一人であり、今期の生徒の担任を務めたリュマエルが話す。


「シラギは天使と悪魔の混血だ。天使の血よりも、悪魔の血の方が優勢だ。だからこそ怨霊に乗っ取られやすいタイプだ」


「メイサ、シラギは怨霊に乗っ取られていたか」


「ーーはい。その上、体内から怨霊を生成することもできました。恐らく、数は無数でしょう。実際、二千以上の怨霊を生成されました」


「なるほど。で、その怨霊は?まさか逃がしたか?」


「いえ、全て排除しました」


 その事に天上十六系の数名が驚いていた。

 ある者は感心し、ある者は騒然し、ある者は微笑んでいた。


「君、天使の称号がまだないみたいだけど、天使学校は卒業したんだろ」


「はい。ですが今回の騒動のため、称号をいただいている時間はーー」


「ーー天上十六系龍喰い系リュマエルが捧げる。そなたに天使の称号を」


 メイサは淡い光に包まれ、背中に龍が背負われた。翼は生え変わり、メイサはメイサエルへと生まれ変わったーー進化した。


「これで文句はないですよね。テトリトリエル」


「良い判断だ。私の言うことが分かっていたみたいだね」


「分かっていますよ。あなたはこういう時、そのような命令を下しますから」


 メイサエルは自分が天使の称号を与えられた感触に浸っていた。


「ではメイサエル、いつか現れるであろうシラギを早急に殺してほしい。当然天上十六系も協力しよう」


「分かりました」


 覚悟はなかった。

 それでも他の天使に殺されるくらいなら、自分で殺したいという不思議な衝動が全身を駆け巡っていた。


 まだ迷いながらも、メイサエルは槍を手に取る。

 いつかシラギが現れるその時までに、メイサエルは覚悟を決めなくてはいけないーー



 ーーその時間も与えられない。


 天上塔で話し合いをする天上十六系の部屋に、大天使ラビトエルが慌てた様子で飛び込んできた。

 ラビトエルの焦った表情で危機が起きていることを察したテトリトリエルは、立ち上がりながらラビトエルに問いかける。


「何が起きている?」


「天上塔が一億を越える怨霊に囲まれています」


「へえ、面白いね。まさかシラギが向こうからやって来てくれるなんて」


 テトリトリエルはメイサエルに視線を移す。


「メイサエル、シラギの討伐は君に任せた。残りの天上十六系は一億を越える怨霊討伐に移る。全員、覚悟を決めて敵を殲滅しろ」


 全員気だるげに天上塔の外に出た。

 天上塔の外では怨霊が無数に発生しており、既に天使や大天使と交戦状態にあった。

 無数の怨霊の背後には、シラギが大人びた様相で宙に浮いていた。


 雰囲気は今までのシラギとは明らかに違う。

 何かに乗り移られ、別人になったようなシラギがそこにはいた。シラギの様子に、担任であったリュマエルも驚いていた。


「あいつが……シラギ?」


「私も改めて会った時には驚きましたよ。ですがシラギは私の友達、だからこそ彼の首は私が跳ねます」


 覚悟はーー心の中ではぐちゃぐちゃだった。

 それでも彼女は戦おうとしていた。



「では行くぞ」


 頭脳系テトリトリエル、彼は銃弾を放った直後、脳内で高度な計算をし、その計算式を弾丸に込めた。次の瞬間、弾丸は巨大な爆発を起こし、周囲にいた怨霊を数千ほど消失させた。

 たった一撃で数千という怨霊を倒され、死神は驚いた。


「これが噂に聞く天上十六系か」


 天上十六系は彼だけではない。

 熱血系バーニングエル、彼は全身を激しく燃やし、怨霊が近づくだけでその怨霊を黒こげにし、消滅させた。

 圧倒的火力、その上手強い怨霊も一撃で倒してしまう攻撃力。


「バーニングゥゥウウウウウウウウ」


 拳を振り上げると爆発のような火炎が拳が振るわれた方向に放たれ、圧倒的火力で怨霊を飲み込み、一瞬で一万以上の怨霊が消えた。


「範囲攻撃か……。銃弾を爆発させたあの男はまだ全力は出していないようだが、熱血君は全力で戦っているな。おかげでたかが一分で三万以上の怨霊が消されている」


 一億、という怨霊の大群が霞むほどだ。


 だが天上十六系はまだまだいる。

 天然系ユルフワエルは、怨霊を次々とふわふわさせる。浮遊感を味わった怨霊はどういうわけか消失していく。


「恐ろしい」


 ユルフワエルはバーニングエル同様、触れる前に怨霊に何らかの効果が働く。つまり彼女が怨霊の周囲を飛び回るだけで、怨霊が次々と倒されていく。


 また別の場所では、強靭系レギアエルが全身を刃に変え、次々と怨霊を斬り裂いていく。

 圧倒的攻撃力を有し、その上全ての攻撃をいとも容易く受け止め、無傷な圧倒的防御力。


「何なんだよ……こいつら」


 予想以上に手強い天上十六系に、死神はイラついていた。

 死神は自分の周囲を飛んでいた怨霊を喰らい始めた。


「私もこのままでは倒される。もっと怨霊を喰って、強くならねば」


 怨霊を喰らう死神を、メイサエルは見上げていた。

 だが死神がいるその場所まで行くには一千万以上の怨霊のなかを掻き分けなくてはいけない。さすがのメイサエルでも、まだ若い。


 そのため、三人の天上十六系が名乗り出た。


「メイサエル、俺たちが先陣を切り開くマー。お前は俺たちの後ろをついてくるマー。なるべく体力は温存しておけ」


「分かりました」


 龍喰い系リュマエル、魔術系グリモワーエル、滝浴び系テオドシエルの三人の天上十六系天使は死神へ向け突き進む。


 リュマエルの攻撃、それは龍を喰らうほどの攻撃。

 拳を振るった直後、巨大な龍の幻影が出現し、怨霊を次々と飲み込んでいく。その素早さは激しく、無数の怨霊を一瞬にして消滅させた。


 グリモワーエルは特殊な攻撃を行う。

 雷や氷結、その上火炎や風、霧など、多種多様な攻撃で怨霊を翻弄し続けていく。その強さに怨霊はあっという間に倒されていく。


 テオドシエル、彼が放つ一撃は全て滝のようで、圧倒的な範囲攻撃を可能にしている。

 彼が槍を振るう度に、巨大な波が前方に駆け抜ける。その威力は収まることを知らず、怨霊を次々と蹴散らしていった。


 その三人により、たかが二十分で怨霊は百万以上も討伐された。

 ーーだが、まだ百万。


「さすがに数が多い。これじゃあ死神には近づけない」


 リュマエルたちは怨霊の多さに呆れていた。

 そんな中、メイサエルは槍を振るい、三人の前に出た。


「先生方、もう結構です。あとは私一人で十分ですから」


「メイサエル、さすがにこの数を一人で切り抜けるには無謀だ。お前はまだ若いマー」


「大丈夫ですよ。歳をとったからって強くなる訳じゃない。私が強いのは、あくまでも生まれつきそのような才能があったから。そしてこの程度の数の怨霊、私なら一瞬で倒せる」


 メイサエルは羽を大きく広げ、前方に飛び込んだ。

 彼女の槍は一瞬にして千以上の怨霊を蹴散らし、二度振るわれれば二千、三度目で四千、四度目で八千、五度目で一万以上と、怨霊をまるで雑踏のように蹴散らした。

 圧倒的攻撃力に、リュマエルたちは愕然としていた。その強さは恐ろしく、その力は凄まじい。


 一瞬にして数多の怨霊を蹴散らすその強さは、異次元級。


「シラギ、今すぐにお前を解放してやるからな」


 メイサエルは次々と怨霊を蹴散らし、一点突破で死神を目指した。一点突破により無駄な怨霊の討伐をすることなく、死神の目の前まで移動した。


「近距離だからこその強み、それを彼女を持っている。そして十分理解している。だからこそ恐ろしい。彼女という存在は」


 瞬殺、その言葉が似合うほど瞬殺だった。

 圧倒的攻撃力に誰もが目を奪われる。そしてメイサエルの槍が死神の首を斬り飛ばした。


「終わりだ、死神」


 ーーだが、終わってなどいなかった。

 死神を討伐したと思い込み、油断していたメイサエルは首を斬られ、体だけになった死神を見ていた。

 そんな彼女の背後から、怨霊の姿に化けていた死神が姿を現し、メイサエルの背中を蹴り飛ばした。一気に地上まで落ちたメイサエルは地面に全身をぶつけ、地面には大きく亀裂が走る。


「メイサエル!?」


 地面に叩きつけられ、メイサエルは全身を痺れさせていた。蹴りを受けた時、毒性の怨霊を背中に植えつけられていたから。


「やはりまだ若い。私は何百年、何千年と生きてきた。私に敵うはずないだろ」


 死神は地面まで降下し、メイサエルを体内に取り込んだ。


「これで彼女の力は私のものになった。さあ天上十六系ども、私と戦おうか」


 そう叫ぶ死神の背後から、テオドシエルが槍を振り下ろした。だがその槍を死神は赤く染まった槍で受け止める。

 メイサエルの槍は硬く、テオドシエルの海のように青く染まった槍を受け止めた。その上震動も弾き返す。


「メイサエル、彼女は素晴らしい。彼女を取り込んだ私は君たちには倒せない」


 テオドシエルの槍は折れ、腹は槍で貫かれた。

 テオドシエルは血に染められた。


 ーー天上十六系が倒された。

 そのことに一気に緊張感が走る。


 グリモワーエルが遠距離から雷や火炎、突風を放つが、それらを死神は槍の一振りで消滅させた。

 メイサエル、彼女の槍は恐ろしい。その槍を手に入れた死神は恐ろしく強い。


 圧倒的攻撃力も無に解され、天上十六系たちは慌てる。

 グリモワーエルは攻撃をし続けるが、背後に忍び寄っていた死神に気付かなかった。そのまま首を切り落とされ、グリモワーエルはーー


 ーー天上十六系が倒された。


「うわぁああああああ」


 リュマエルは感情に任せ、両手に剣を出現させ、その剣を紅蓮に包み込んだ。


「真っ赤に燃えろ。紅蓮龍、全てを喰らえ」


 リュマエルは激しく火炎を燃やし、攻撃をぶつける。だがその攻撃すらも易々と受け止め、死神は圧倒的力でリュマエルを吹き飛ばした。

 吹き飛び、体勢を崩したリュマエルの腹部を狙い、死神が駆ける。そして死神がリュマエルの腹を貫く、その僅か数瞬手前、レギアエルが全身で攻撃を受け止めた。

 レギアエルの頑丈な体でさえも、脇腹を貫かれた。致命傷には至らないものの、相当な深傷を負い、レギアエルは倒れた。


 次々と天使が倒され、戦場は混乱状態。

 その中でーーリュマエルは激しく燃え上がる。


「お前、もう許せない。俺の生徒を殺し、その上仲間まで。俺はお前をーー絶対に許さない」


 リュマエルは激しく己を燃やし、死神に飛び込んだ。死神は槍で受け止めるが、その防御も虚しく、死神は燃やされながら吹き飛ばされた。

 全身を燃やされ、死神は叫ぶ。怨霊を体内から生成するも、それらは火炎の中に消えるだけ。


「このままじゃ……確実に倒される」


 死を覚悟した、覚悟せざるを得なかった。

 切り抜ける方法がない、このまま死を待つしかーーそう思われていたその時、死神は悪魔のような微笑みで体内に取り込んでいたメイサエルを体外に放出させた。

 ーーその瞬間、リュマエルの動きが鈍くなった。


「終わりだ」


 槍がリュマエルの心臓部を貫き、リュマエルは激しく出血する。血塗れになり、リュマエルは地に倒れた。

 体から解放された瞬間のメイサエルが見たのは、血塗れになったリュマエルの姿。


 呆然とするメイサエルを、死神が再び取り込もうとするーー刹那ーーメイサエルの全身は激しく燃え上がった。


「私の先生に、何してんだ」


 メイサエルは死神の腕を素手で斬り飛ばし、槍を奪い、すぐさま槍でもう一方の腕を斬り飛ばした。


「さすがに分が悪い。逃げるしかーー」


 死神は逃亡する。だが逃がす間もなく、メイサエルは槍を振るい続けた。

 だがさすがに体に限界が近づいていたのか、動きが鈍っていた。逃げる隙が生まれ、その一瞬に死神は逃亡した。


「逃げられた……また、逃げられた。その上、また大切な人を死なせてしまった」


 血塗れになり、倒れるリュマエルを見て、メイサエルは膝から崩れ落ちた。


「ああ……結局私には何も護れない」


 護れなかった。そのことに、幼かった苦しんでいた。

 全て自分の責任であると思い込み、自分自身を激しく責めた。


 数時間後、戦いは終わった。

 なのに、メイサエルの心は晴れることはなかった。


「メイサエル、大丈夫か」


 テトリトリエルが心配するが、彼女は何も言わない。

 だって彼女の背中には背負われていたから。罪深い業と、彼女を束縛する鎖が。

 ーーもう彼女はこの世界には戻ってこないだろう。そう誰もが思い込んでいた。





 ーーそれから数年、彼女は天偽国を去った。

 彼女は己の強さを磨き上げるため、自分の魂を幾つかに分け、世界中に分散させた。


 強くなりたい。

 大切なものを護れるくらい強くなりたい。

 彼女の強い思いは業火のように燃え上がり、強くなれるその日を夢見て己を燃やし続けた。


 彼女は激しく燃え続ける。

 その日まで、彼女は戦い続ける。



「ーー死神、お前の首を必ず跳ねる。だからーー」

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成仏させる癒し小舟(サヨナラボート) 総督琉 @soutokuryu

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