怨霊事変・総集編

 ーー天使見習い三十日目

 怨霊事変まであと一日。


 天上塔では再び天上十六系や大天使の数名が集まり、怨霊事変に備えての話し合いが行われていた。


「では天上十六系の方々はそれらの守護をしよう。続いて大天使メイサエル、お前は天使学校に勤務する他の天使とともに天使学校の守護を任せた」


「それはやはり、死神が来る場所がそこだからか」


 メイサエルの問いかけに、話を仕切っていた頭脳系テトリトリエルは少し口を閉ざし、ゆっくりと答える。


「彼を倒せるのは我々天上十六系でも難しい。彼を倒すなら、全盛期以上の力を取り戻した君に頼みたい」


「当然です。あいつを殺すのは私です。私が仇を討たないといけない。何年も前のあの日に誓ったんですから」


 思い出されるのは何年も前の日のこと。

 あの日、クラスメートが皆死神に殺されたその日から、メイサエルは決意していた。


 ーーシラギを仕留めるのは私しかいないと。


 やがて怨霊事変が始まる。

 これはその前日譚。



 天上塔での会議を終え、天使は皆それぞれ戦いに備えていた。

 メイサエルはというと、槍を構えてある場所へと向かっていた。そこは巨大な湖の神殿、その奥へと進んでいくと、そこには七色の光を放つ不思議な玉が置かれていた。

 メイサエルはその玉を掴むと、玉は光となってメイサエルに吸い込まれていく。


「これで全ての力が取り戻された。ようやくシラギとの決着をつけられる。この怨霊事変で」


 やがて戦いが始まる。

 その日まで、メイサエルは槍を振るい続ける。




 ーー天使見習い三十一日目

 とうとうこの日がやって来た。

 怨霊事変、怨霊と天使との最終戦争。この戦いが終わった時、真の平穏が世界には降り注ぐ。


「天使の数はたかが数万、それに対し、怨霊の数は一億を軽々と越える大勢力。その勢力を従えるは常に死を連れて現れる災厄の化身ーー死神」


 死神の横で少女は呟いている。

 崩壊の序章、その一節を読むように。


「随分と大それた序章じゃないか」


「世界を崩壊に導けるのはあなたしかいないよ。世界の崩壊者ーーシラギ、いや、シラギエル。世界を破壊し、今こそこの世を闇で包み込め」


 死神は天上塔にある巨大な鐘の側に立っていた。そのことには天使の誰も気づいていない。


「さあ鐘を鳴らそう。終焉を連れて」


 死神はその鐘を大きく鳴らした。鐘が鳴ったことに天使は驚き、動揺する。

 鐘の音が世界中に響き、それは天偽国だけでなく生界にも響き渡っていた。その音とともに世界中に存在する封印殿は崩壊し、封印されていた怨霊は一斉に世に解き放たれた。


「さあ世界を破壊しよう。今こそ世界に終焉を」


 全てを破壊するために、彼は鐘を鳴らした。

 怨霊の出現に天使たちは武器を構え、戦闘態勢に移る。


「全員、開戦だ」



 ーー怨霊事変が始まった。




 ーー生界

 そこを死守していたのは天上十六系にも選ばれている八名の天使。それと天使や大天使などの天使たち。


「怨霊に慈悲など必要ありませんよね。それではここであなた方を地獄の底まで叩き落としましょうか」


 ギャップ系クルーエルは、半径十メートル以上の重力の玉を出現させ、それを怨霊目掛けて放り投げた。その一撃で怨霊は原型をとどめず粉々になって捻り、消失していく。


「この程度なら、一億も余裕ですね」


「クルーエル、惚れ直したぞ」


 癒し系ホイミエルは天使のような微笑みでクルーエルを称賛する。


「あ、ありがとうございます」


 それにクルーエルは動揺し、うぶな反応を見せる。


「相変わらずギャップ凄いな」


 その反応を見てホイミエルは楽しんでいた。そんなホイミエルの背後から怨霊が忍び寄ってくる。

 だがホイミエルに近づいただけで怨霊は消失する。


「私に触れられると思うな。私は癒す、故に汚れない。浄化してあげるよ。怨霊ども」



 遠く離れた山間部では、根暗系ヘビエルが得意の戦法を活かしていた。

 彼は暗い場所でこそ自身の力を最大限発揮できる。そしてここは森によって朝日の光が遮断されやすい森の中。ヘビエルが本領を発揮するにはうってつけの場所だ。


「暗き影に阻まれし怨霊どもよ。お前たちの怒りは僕の根暗で鎮めよう。鎮魂の歌を歌う前に、蛇の毒が君たちを蝕むだろう」


 森の中にいた怨霊たちは暗いというだけで苦しみ始めていた。怨霊にとって暗い場所は住み心地の良いはずだが、それが返って自分自身を苦しめている。

 それがヘビエルの根暗系能力。


「もっと暗くなれ。世界が闇に包まれた時、僕は最強になるんだから」



 生界の海上や海中にも、当然怨霊が無数に出現していた。それらの怨霊は海というエネルギーを多大に吸い、強い化け物が多くいた。

 それらの怨霊と天使は激しい攻防を繰り広げていた。天使陣営を海ではかなり被害が出ていた。


「まだ怨霊事変が始まってから一時間というのに、こちらの天使は十数名ほど負傷者が出ている。どうやら僕の出番かな」


 クール系ミズエル。

 彼は水がある空間においては世界最強。


 ミズエルは海に巨大な渦を出現させ、海中にいた怨霊を一匹残らず渦の中に閉じ込め、渦の流れで浄化していく。

 素早い渦の流れに怨霊同士は激しく衝突し、消失していく。次第にミズエルは海面の渦を天まで伸ばし、水のサイクロンを出現させた。それに海上にいた怨霊も一網打尽にされ、怨霊は次々と消失していく。


「海ってやっぱ綺麗だな。ま、僕の独壇場に来た君たちが悪いんだ。さあ、どんどん来なよ」


 そう煽るミズエル。

 煽り通り、海底の深くから怨霊が再び浮かび上がってくる。


「なるほど。やはり一億はいるな……というか、この海だけで怨霊は一億はいる。まさかだけど……封印殿に封印されていた怨霊が増えている、なんてことはないかな?」


 予想を遥かに越える怨霊の多さにミズエルは動揺していた。


「まあ関係ない。海の中では僕は最強。クールに行こうか」


 ミズエルの手には冷気が放たれていた。



 学校が幾つも設置されている学業特区では、怨霊が校舎内に避難している怨霊に襲いかかろうとしていた。

 生界にいる人々は普段は怨霊は見えないが、これほどの怨霊が一気に世に放たれればそのような力に目覚めていない人々にも怨霊は見えるようになる。


 そのため皆屋内に身を潜めていた。

 しかし今、怨霊は校舎内に入り、そこに避難する生徒を襲っていた。その怨霊が生徒に触れる瞬間、一本の矢が怨霊の頭部を正確に撃ち抜き、蒸発させた。


「数が多い。このままじゃ民間人への被害が大きくなる一方だ」


 既に民間人への被害が多数報告されている。

 それも天使の数では抑えきれないほどに、怨霊が生界を攻めていたからだ。


 天真爛漫系ララエルは、民間人を護りながらの戦闘に苦戦していた。


「まだ一時間しか経っていないのに、もうヘトヘトだよ……」


 天真爛漫のララエルにも、さすがに限界は来ていた。しかし彼女は羽についている羽根を自身にかざすことで、体力が一瞬で回復した。

 傷や怪我は全てなくなり、呼吸も平常に戻った。ララエルはその羽根を周囲に飛ばし、疲れている天使たちの休息を一瞬で済ませていた。


「さあ皆、働くよ。今日一日凌げば世界は救われるんだから。天真爛漫に行こう」


 ララエルの気力回復に、疲弊していた天使たちは再び立ち上がる。ララエルの羽根は気力を回復するだけでなく、気力を倍増させる。

 つまり先ほどよりも皆力が漲っている。


「生界を護り抜くよ」


 ララエルの天真爛漫さに背中を押され、天使たちは戦い始める。



 火山地帯では、熱血系バーニングエルが激しく自身を黒焦げに燃やしながら怨霊と戦っていた。

 拳は真っ赤に燃え、全身は熱く燃え上がりながら、怨霊を次々と消滅させていた。


「俺の熱血に耐えられる奴はいないのかぁぁああああ」


 一時間経っても尚熱血でうるさく、むしろヒートアップしていた。

 まだ熱血なバーニングエルの前に、巨大な怨霊が現れる。まさに巨人と言った具合に巨大で、その上速い。その速さに対応しきれず、バーニングエルは拳のひと振りを全身に受けた。

 吹き飛ばされたバーニングエルはマグマの奥へ奥へと落ちていく。


 怨霊はさすがに倒しと思い、街へと侵攻しようとしていた。

 しかし突如マグマの中から何かが飛び出し、巨大な怨霊の背後をとった。


「燃えてきた燃えてきた燃えてきた」


 そう叫びながら、男は怨霊の正面へと回った。


「俺の熱血な拳、受け止めてくれぇえええ。バーニングゥゥゥゥウウウウウ」


 熱血過ぎるバーニングエルの拳に焼かれ、巨人は跡形も残さず消失した。その一撃はまるでバーニングだぜ。


「お前も案外弱いんだぜぃ。俺の熱血拳、受け止めて欲しかったぜぃ」



 飲食店、そこには怨霊がたむろしていた。その怨霊たちを次々と喰らう大食漢がいた。

 体重は二百キロを越え、かなりの巨体を持つが、それでも一般人程度には動け、怨霊を次々と口の中に放り込んでいく。


 大食い系ブブエル


「うまいね、今日の怨霊は」


 既に一万以上の怨霊を食べても尚、彼の腹は満たされない。なぜならーー


「あ、ゲップでる……げぷぅうううういいいいいいいいいああああああ」


 ブブエルの口から特大のボリュームで音と空気が炸裂し、それによってさらに怨霊が倒されていく。その上今ので腹も減り、ブブエルは食べたりなくなっていた。


「もっと食わせろ」


 怨霊を追いかけるブブエルの側には、もう一人天上十六系天使がいた。

 優しい系ヒールエル、彼女は傷を負った天使を治していく。その上ーー


「ヒールエルさん、ブラッキエルが……」


 ブラッキエルは下半身を喰われ、この世を後にしていた。

 死者を蘇らすことは不可能である、しかし彼女だけは違った。彼女はかつて悪魔の暮らす死界にも足を踏み入れたことがあり、そこで死者を蘇らせる権利を得ている。

 そのため、死んだはずのブラッキエルは肉体を取り戻した上で蘇った。


「ヒールエルさん、あざっす」


 そう言い、ブラッキエルは感謝する。

 その時、ヒールエルの背後から一体の怨霊が襲いかかる。それをブラッキエルが爪を刃のように尖らせ、俊敏な動きで切り裂いた。


「恩人は死なせない」


 生界で住まう人々を護るため、激しい戦いが繰り広げられている。


 しかし怨霊が出現したのは生界だけではない。当然天偽国でも怨霊が大量発生していた。

 その国を護る天上十六系は残る八人、そして天使や大天使も怨霊と激しく戦っているーー



 生界で住まう人々を護るため、激しい戦いが繰り広げられている。

 しかし怨霊が出現したのは生界だけではない。当然天偽国でも怨霊が大量発生していた。

 その国を護る天上十六系は残る八人、そして天使や大天使も怨霊と激しく戦っているーー


 天上塔周辺を、無数の怨霊が囲んでいた。


「あの鐘、本来であれば聞いた怨霊を浄化するはずだが、その効果が発動せず、むしろ怨霊事変の合図となっている。死神、あの鐘にどのような細工を施しやがった」


 頭脳系テトリトリエルは一風変わった形の長銃を構え、怨霊に向ける。


「だがやることはひとつーー怨霊の討伐だ」


 テトリトリエルは銃弾を一発、怨霊の群れの中へと放った。その最中、テトリトリエルは脳内で難解であり、その上高度な計算式を解いていた。

 それが解き終わったのは銃弾を放ってから二秒後のこと。計算が終わり、テトリトリエルがその銃弾に人差し指を向けた瞬間ーー


「爆ぜろ」


 銃弾は巨大な爆発を起こし、その爆発によって何百体もの怨霊が一瞬で消滅した。

 その強さに周りにいた天使たちは、驚きのあまり棒立ちで立ち尽くしていた。


「先輩、テトリトリエルさんの武器って何ですか」


「彼の場合は能力だよ。脳内で高度で難しい計算をし、その計算式をあらゆるものに付与することが可能というもの。今付与したのは恐らく爆発式だろう」


「何言ってるか分からないですけど……」


「それが正しい」


「正しいんかい」


「まあ彼の能力は彼にしか扱えない。だからこそ彼には頭脳系という称号が与えられている。その称号に相応しいのは彼だけさ」


 圧倒的知識量を誇り、どの戦場でも彼は重要な戦力となる。そのため、彼は今後も必要となる天上塔の警護に当たっていた。

 だが彼ですらも気づかない内に死神は天上塔に侵入し、改造した鐘を鳴らした。


 戦闘中に、テトリトリエルはその事について考えていた。


「彼は恐らく瞬間移動的なのが可能なのだろう。その証拠にこれまで何度も一瞬で姿を消している。もしくは私の計算式の裏を読み、気配を消して侵入という可能性もあるな」


 その事を考えている内にも、死神は鐘の場所からとっくに遠退いていた。


「それよりも鐘だが、改造されたのなら直さないとか。ああなった原因は恐らくだが、鐘の効果が封印殿という一定の物のみを破壊するという効果に上書きしたのだろう。だから封印殿が破壊され、怨霊が解放された」


 彼の推測通りだった。

 死神はそれを易々と行い、鐘を鳴らして封印殿を破壊した。


「死神という男、なかなか危険な男だ。だがそんな彼を一時期圧倒的力の差で追い詰めたのがメイサエル。彼女ならば死神を討てるだろうか」


 淡い期待をメイサエルに抱いていた。

 その期待が叶うかどうかは、まだ分からない。




 天人マンションの周囲にも怨霊が蔓延していた。

 それらの対処に動いていたのは、天上十六系で癒し的な存在の天然系ユルフワエルと、退屈系マタエル。


「マタエル、今日は退屈とか言って仕事休まないでよ」


「はぁぁ。面倒くせえ。怨霊事変とか、さすがにしんどいな」


 マタエルは退屈さを滲ませながら、天人マンションの屋上で寝転んでいた。しかも枕を携えて。


「相変わらず君は。退屈なのは良いけど、ちゃんと仕事してよね。君は本領を発揮すれば強いんだから」


 マタエルを天然さを全面に出して叱りながら、ユルフワエルは近づく怨霊全てをふわふわさせて体制を崩していく。

 ふわふわしている怨霊は次第に怨念が消えていき、幸せそうに浄化していく。


「さすがに疲れたよ。これで二万体は倒しているのに、まだ怨霊事変は終わらないんだから。というかマタエル、いい加減……」


 ユルフワエルがマタエルに説教をしようとしたその時、周囲の異変に気付く。

 まるで時空が歪み、空間がねじ曲げられたかのような異常事態、その空間にいた怨霊たちの動きはスロー再生以上に遅くなり、ほぼ止まっている。


「マタエル、君、少し前に入ったばっかだから君の能力知らなかったけど、君って凄い能力の持ち主なんだ。ビックリしたよ」


「その代償として、僕も退屈を演じなくてはいけない。だから僕はこのまま動けないから、怨霊の討伐は任せたよ」


「ユルフワエル様に任せなさい」


 ユルフワエルのふわふわが超スロー再生になっている怨霊たちにも移り、怨霊は次々と消えていく。

 二人のコンビネーション、圧巻である。


「さあドンドン来い。私が、いや、私の隣にいるマタエルが相手をしてやるそうだ。この退屈男を喰らいたきゃかかってこい」


「ちょ、ユルフワエル、お前……戦場で天然は発揮するなよ……」




 遊楽園、そこにはあらゆる怨霊が出現している。

 そこには二人の天上十六系がいる。


「禍々しく燃えよ我が衣手の大いなる火炎よ。延々なる我が大魔王と恐れられし煉獄の火炎よ、怨霊どもを燃やし尽くせ。カオスフレイム」


 ある少年の手の上に出現した黒色の火炎の玉が怨霊の大群の向けて放たれた。火炎は怨霊に触れるとたちまち爆発し、千を越える怨霊を飲み込んだ。

 圧倒的破壊力に一緒に戦っていた天上十六系天使ーー動物系ゾウエル。


「おい、やり過ぎて遊楽園の建物を破壊したりするなよ。ダークネスエル」


 中二病系ダークネスエル、彼はあらゆる攻撃を駆使する。その攻撃はどれも協力で、無数の怨霊を大量に消滅させていく。


「サンダーレイン」


 雷雲が空一面を覆う。


「ダークネスエル、何をするつもりだ」


「安堵しろ。我が他人を巻き込むなどというほど弱者ではない。我は何百年も前からこの世界に生き延びている。故に我が雷は怨霊のみを払うために降り注ぐ。さあ飲み込め、怨霊どもを」


 雷雲から降り注ぐ雷は怨霊を次々と飲み込み、その雷雲により十万を越える怨霊が一瞬で消失していく。


「どうだゾウエル、お前もこのくらいは活躍して見せろ」


「パオーン」


「困ったら動物の泣き真似するのやめろ」


「パオーン」




 天偽国の上空、生界への入り口がある空の切れ目に怨霊を行かせまいと、天上十六系の二人と大天使や天使が怨霊と激しく攻防を繰り広げていた。


「俺は死神の相手をしたかったんだが、お前ら程度の相手をしなくないけないとはな」


 怨霊を体当たりで次々と消失させているのは、強靭系レギアエル。

 彼の頑丈すぎる肉体は全ての攻撃を無効化し、圧倒的防御力で未だ傷一つ負ってはいなかった。


「ったく、お前らみたいなへなたれ小僧どもが世界を崩壊させるだなんて、群れても無理だろ」


 そう呟くレギアエルにある怨霊が迫っていた。


「この気配、上級の怨霊がいるな」


 振り向き様にレギアエルは両腕を盾のように構えて怨霊の攻撃を受け止めた。放たれた怨霊の攻撃は拳での一撃、本来であれば攻撃をした側の怨霊は腕が砕け、消失するはずだった。

 しかし怨霊の腕は砕けず、むしろレギアエルを吹き飛ばし、地上まで突き落とした。


「レギアエル!?」


 温もり系ホエルは思わず叫ぶ。

 そんなホエルにも怨霊が迫っていた。


 その怨霊はサイの姿をしており、全身が頑丈な甲羅で覆われている。体長は十メートル以上あり、圧倒的な威圧感を感じさせる。


「レギアエルを吹き飛ばした怨霊、さすがに私じゃ難しいかな」


 ホエルは咄嗟に怨霊との距離をとる。自分では分が悪いと判断したからだ。

 逃げるホエルを怨霊は突進の如く追跡する。ホエルは手から熱風を放ち、熱風を受けた怨霊の纏う鎧は若干溶けていた。


「この程度で溶ける?へえ、レギアエルが倒されたから強い怨霊かと思っていたけど、案外そうでもないみたいだね。あんた」


 ホエルは全身に温もりを纏う。


「私の熱はバーニングエルの片隅にも及ばないというのに、私程度の熱で鎧が溶ける君って、弱いでしょ。だかた私の温もりで身も心を全裸にしてあげる」


 その挑発に怨霊は叫びながら襲いかかる。


「我が温もりに浄化されよ」


 ホエルが正面に向け両手を向ける。


「温もりビーーーム」


 ホエルが正面に温もりを放とうとしたその時、レギアエルが地上から上空に一直線に飛んで怨霊の体を貫通した。怨霊の硬い鎧のある胴体には穴が空き、怨霊は粉々に飛散した。


「レギアエル!なんだ、生きていたんだね」


「この程度じゃ俺の体に傷一つ付きはしない」


 消失する怨霊を背景に、レギアエルは無傷の全身でそう呟いた。


「相変わらずお前は丈夫だな。あの一撃を受け、さらに地面に叩きつけられたら傷一つは付くだろ」


「強靭系、その異名が与えられた理由は俺が頑丈だからだよ。俺の体に傷をつけられるのはたった一人ーー」



 ーー死神




 天使学校校舎に、ーー死神が舞い降りる。

 季節のない天偽国に降り積もるほどの雪を連れ、世界に終焉を訪れさせるために。


「お前らは全員教室で待機していろ」


 メイサエルは生徒を皆教室に待機させ、校庭に少女とともに現れた死神の前に姿を現していた。


 メイサエルの背後にはシエルとラリーが立っている。


「おや、メイサ。君一人で相手してくれるんじゃないのかな?私はそれを期待していたんだが、どうやら君は違ったみたいだな」


 死神は微笑み、呟く。


「安心しろ。お前の相手は私一人で十分だ。この二人にはお前のとなりにいる黒幕らしき少女の相手をしてもらうだけだ」


「なるほど。だが私の右腕を大天使の二人に倒せるかな?」


「おいおい私を舐めんな。シエルもそう言ってる」


 ラリーは両手に長銃を構え、意気揚々とそう口走る。自信満々のその態度に死神はほくそ笑む。


「そうか。では開戦とーー」


 話している最中、メイサエルの槍が死神の心臓部を貫いた。たった刹那の出来事に、少女やシエル、ラリー、教室で見ていた生徒たちも誰一人として反応できなかった。

 それほどに素早く、圧巻過ぎる一瞬の攻撃に誰もが固まっていた。しかし、心臓を貫かれたにも関わらず、死神は依然生きている。


「私をこの程度で殺すには無理なんじゃないかな。心臓部なんて道端に落ちている怨霊と同じでそれほど重要な物じゃない。私を殺したければ私の全てを破壊して見せよ」


 話し続けている最中にも、メイサエルは何百もの攻撃をした浴びせたが、死神には致命傷とはなっていなかった。

 受けた攻撃は一瞬で回復し、その上致命傷となるはずの心臓部を貫いても平然としている。

 ーーまるで不死身


「メイサ、君と戦うのは何年ぶりかな。あの時は本当に死ぬと思ったが、今は十分この身体と魂が適合してしまっている。この身体は私が思うがままに操れる」


「お前、相変わらず腹立たしい。だからお前専用に良い場所を用意した」


 メイサエルはある結晶を手に持ち、それを自身の心臓部に埋め込んだ。


「それは……」


「この日に備え、私は私の魂を百に分け、世界中に散らばせておいた。ある場所では新たな力を魂が得て、またある場所では特殊な戦闘方法を学習する。私には今、無数の魂がひとつになって取り戻された。お前じゃ私には勝てない」


「メイサがどれだけ無敵だろうとーー」


「固有結界、赤血領域」


 メイサエルと死神の周囲が血にまみれた世界に変化した。その結界内に死神は捕らわれた。


「これは?」


「言っただろ。私は百の魂を世界中にばらまいていたと。そこでその内のひとつの魂が見つけたのさ。この固有結界という技術を、かつて死んだ天上十六系天使の技だが」


「グリムモワーエルか」


「お前が殺した天使の一人だ」


「よく覚えているね。あれほど低レベルの天使のことを覚えているなんて、君はどれほど愚かなんだろうね」


「お前が殺した者は全員私は覚えている。お前が殺した全十八人の生徒と、天上十六系三人の命、彼らの無念を張らすため、私はその思いを御守りにし、持ち歩いた」


 メイサエルの手には約束と書かれた御守りが握られている。


「これまでお前が殺した者たちの仇を、私は今背負っている。だから死神、この結界で纏うじゃないか。君の本体が死ぬその瞬間を」


「まさかーー」


「気づかないとでも思ったか。私は血に染められたあの日からずっと勘づいていた。シラギはそういうことをする奴じゃないからな。シラギを狂わせたお前を私は許さない。それに気付けなかった私も許せない。だから全ての贖罪を、お前という器にぶつける。気分はどうだ?死神と恐れられている化け物風情め」


 悪魔のような微笑みを放ち、メイサエルは怒りをぶつけるように死神の腕を何度も斬りつける。


「もうシラギはいない。だから良いよな、死神」


 死神はこの時、初めて恐怖した。

 目の前にいる恐ろしすぎるメイサエルに、腕が震えるほどに脅えて。


「私はもうあの日のように間違わない。シエル、ラリー、少女を殺してくれ」



 結界の外では、少女が震えていた。

 死神が感じている恐怖を少女も味わっていたから。


「シエル、行くぞ」


 脅える少女に気を遣うことなく、ラリーは銃弾を何発も浴びせる。少女は前方に怨霊を出現させて盾を生み出す。


「怨霊を生み出すな」


 シエルが口を開いた。

 その声が耳に届いた瞬間、少女の動きが止まった。まるでシエルの言葉に束縛されたように。


「何で……」


「ここで全てを終わらせる。何万発もの銃弾に散れ」


 ラリーは一秒に何千発もの銃弾を放ち、何秒間もそれを続けた。銃弾を受け続ける少女は全身を粉々に貫かれ、原型が分からなくなるほどに大きく損傷した。

 身体は損傷していき、血が滴り落ちる。息もできぬ程浴びせ続けられる攻撃にとうとう少女は力尽きた。


 ラリーも張り切りすぎて疲れ、膝をつく。


「ようやく終わったな。これで死神も」


 少女は死にかけていた。

 薄れ行く意識の中で、少女は何を見るのか。



 少女は死を間近にし、過去を思い出していた。

 それは思い出したくもない辛い記憶、思い出せば出すほど、自分を嫌い、他人を嫌い、この世界を嫌いになってしまう記憶。

 本当は忘れたい、モノクロの記憶。



 何十年も前、いや、何百年も前の話かもしれない。

 いつの出来事かも分からない、それはいつの間にか起こったこと。日常の中でありふれた景色、その端に映るか映らないかくらいの出来事。



 少女はある夫婦のもとに生まれた。

 その夫婦は少女を売り物のように扱っていた。そのことに少女は別段悲しむ様子もなく、ただ淡々と日々を過ごしていた。


「あなたにはまた商品として頑張ってもらうわよ」


 母の声がする。仕事の時間だ。

 少女は足を進め、仕事場に向かう。


 そこは全面が石の壁で覆われ、逃げる場所もない。その部屋の中央に椅子に縛られた男が座っている。

 少女はチェーンソーを持ち、男の耳元でその音を聞かせた。


「や、やめろ。何をするつもりだ」


 男は叫ぶが、少女はお構い無しにチェーンソーを男へ振り下ろした。男の全身には深々と傷が刻まれ、血が周囲に錯乱する。

 そんな仕事を少女は何年も続けていたある日、少女は死んだ。

 ーー死因は不明。

 ただ言えることは、少女は無数の怨霊を体内に抱えていた。これまで傷つけ、痛めつけてきた者たちの悲痛な叫びや憎しみ、怒りが少女という器には存在していた。


 死後、少女は思う。


「ーーああこの世界、壊れ逝け」


 少女は崩壊を望んだ。

 翼の生えないその器で。




 死を間近にして思い出した過去に、少女は笑っていたーーいや、嗤っていた。

 高らかに声を出し、銃弾によって修復不可能な傷を負いながらも、少女は嗤っていた。


 不気味な少女に、ラリーやシエル、リアライゼたち生徒は脅えていた。


「私はこの程度じゃ死なない。私を殺したければ、この世界を壊すんだな」


 そう叫ぶ少女に歩みより、ラリーは少女の口に長銃の銃口を入れた。少女の口は塞がり、声が出づらくなる。


「お前はもう死ぬ。最後くらい静かに死んだらどうだ」


「わわしわうぇっだいおあえあをおおす」


「恐い恐い。だが今のお前じゃ何もできねぇよ。いい加減成仏しやがれ」


 ラリーの銃口が火を吹き、少女にとどめを刺したーー


 少女という脱け殻は溶けていき、死んでいった。

 だがあくまでも破壊したのは少女の不死性を保つための器だ。問題は結界内で戦っているメイサエルが死神を殺せているかどうか。


 やがて結界が崩壊し、その結末が明らかとなる。

 一本の槍がある人物の腹を貫いている。その槍は赤く染まっているーーわけではなく、白かった。その槍にある女性の血が滴り落ちている。


「……メイサエル!?」


 死神に槍を奪われ、その上腹を槍で一突きにされている。腹には風穴が空き、メイサエルは血反吐を吐く。

 メイサエルは倒れ、彼女の頭を踏みつけ、死神はラリーらを睨み付ける。勝ち誇った笑みで。


「さあ終焉の幕開けだ。お前たちは皆ここで終了する運命にあるが、構わないよな」


 死神は微笑み、そう言う。

 メイサエルが倒された以上、彼を止めることができる者は誰一人としてこの世界にはいない。


「シエル、まだ戦えるな」


「静止しろ。そのまま自分の心臓部をつらぬーー」


 シエルが言葉で死神を操ろうとしている最中、シエルの心臓部を死神が貫いた。


「これで良いのかな?」


 シエルは口から血を吐き出し、膝から崩れ落ちて地面に倒れ込んだ。

 あまりにも一瞬の出来事に、すぐ側にいたラリーでさえも対応できずにいた。


 しばらくしてようやく状況を呑み込んだラリーは二丁の長銃の銃口を死神に向け、銃弾を乱射する。だがその全てを死神は回避し、一撃も受けることはなかった。

 その状況で死神はラリーの懐まで忍び寄り、腹に重たい一撃を入れた。ラリーは大きく吹き飛び、校舎を半壊して破壊した壁を下敷きにして倒れた。


 校舎には生徒がいる。

 先生たちが死神によって倒され、生徒たちは恐怖する。

 脅える生徒たちの表情を楽しみながら、死神は微笑んで生徒たちに近づいていた。


「皆、下がってて。ここは僕がやる」


 生徒が全員脅え、足をすくめる中、彼だけは勇敢にも前に出た。


「君は、確か悪魔と天使との混血ーーチルドレンか。私も悪魔の血と天使の血が混じっていてね、本当に気持ちが悪いよ」


 死神は腕を一振りする。

 刹那、刹那の間にチルドレンが消えた。


 一瞬生徒らは何が起きたのか理解できず、固まっていた。その後壁から激しい音が聞こえ、その方向を見て生徒たちは気付いた。

 壁に体を倒し、チルドレンが気を失っていた。


 ーー瞬殺


 チルドレンが一瞬で敗北し、生徒は脅える。


「久しぶりだな、天使見習いを殺すのは。やはり夢と希望に満ち溢れている、君たちのような世代を殺すのは私にとっては大好物でね」


 面白おかしく、生徒たちの反応を楽しんでいる。

 脅える者、震える者、声も出ず恐怖する者、泣き叫ぶ者ーー




 ーーチルドレンのように戦いを挑む者



「君は、リアライゼか。君のような非力な天使が戦っても彼のように死ぬだけだよ」


「構わない。私は自分の心に誓ったんだよ。最期くらいは戦って死のうと」


 リアライゼの勇敢さに、死神は安堵する。


「やはり君は素晴らしい。私が期待していた通りに動いてくれた。だからこそ君にはここで死んでもらいたくないんだよ。是非とも君には私とともに来てほしい」


「嫌だ」


「やはり君は私に似ている。だからかな、私は君を嫌いになれない。むしろ心の底から大好きさ。今の君みたいに意地っ張りなところとか」


「私がお前に似ているはずがない。私は私だ、リアライゼだ。二度と私とお前が一緒だと言うな」


 リアライゼは弓を構え、死神に矢を定めた。

 死神はそれでも平然とし、リアライゼに手を差し伸べる。


「リアライゼ、君は私と来るべきだ。それとも君はここでか弱いクラスメートとともに死ぬつもりか」


「私は死なない、クラスメートも誰一人死なせない。私が皆を護るんだ」


「無理だ」


「無理じゃない」


 速攻でリアライゼは言葉を返した。

 この状況でも依然として、リアライゼは果敢に振る舞っていた。クラスメートの大半が彼女を英雄と、そう評している。


「君はバカだ。だがそれも仕方がない。だって君は私の一部から産まれた怨霊だからね」


「ーーえっ!?」


 冷やかしか、それともただの嘘か、だが確かにリアライゼは思考が混濁していた。

 動揺しているリアライゼに、死神は続けて告げる。


「君、今まで思わなかったのか?君は他の人よりも優れていると」


「思ったことなんて……」


 ーーない。

 それがリアライゼの確かな答え。


「いや、気付いているはずだ。なぜなら君は優秀だから。他人に嫉妬されないように、自分が優秀ではないただの凡人であると周囲に知らしめたかった。だから君は優秀ではないふりをする」


「私が優秀?」


「君ならいずれ私を殺すほどの力を手に入れる。だが今の君では私を殺すことはできないし、それに君を傷一つつけられない。君と話している時間はない、だから後ろの生徒たちは今すぐにでも殺そうかな」


 死神が足を踏み出した。

 クラスメートが殺される、身の毛もよだつほど、リアライゼは恐怖に支配されていた。恐怖がリアライゼの背中を押し、引き金を引かせた。

 精神が不安定な状態で放たれたリアライゼの矢は巨大化し、死神を突き飛ばした。矢が巨大化するのは想定外だったのか、死神ですら硬直していた。


 リアライゼは矢を見て、騒然としていた。


「死神を……倒した?ーー」


「ーーと思うなよ。私を殺せるはずがないだろ。私はこの程度の攻撃で死ぬことはない」


 リアライゼの背後に死神が立っている。


「リアライゼ、君には折角チャンスを与えたのに、残念だ。君にはここで死んでもらおうかな」


 死神はリアライゼの頭部に拳を振るったーー寸前、エニーが矢を放ち、死神の腕を吹き飛ばした。

 反撃をしてこないと油断していた死神にだからこそ、エニーの攻撃が命中した。


「お前、やってくれたな」


「リアライゼから離れろ」


 死神はリアライゼの側にはいない。

 既にエニーの懐まで移動していた死神は、エニーの腹に拳を進めた。その拳をパンテラとレイグレンが剣を振るって斬り飛ばした。


「また……二度も攻撃を受ける羽目になるとはな」


「とどめを刺すぞ」


 スコーピオンやテス、その他クラスメートらが一斉に死神に武器を向けるーーだが、


「私を殺せると思うなよ。お前ら全員皆殺しだ」


 次の瞬間、教室に広がっていたのは、血まみれの生徒。

 全員が圧倒的脅威に敵わず、敗北していた。


「瞬殺か。全く、手応えがないっていうのは楽しいね。この調子でもっと弱い天使と戦いたいけど」


 死神は倒れている生徒たちを見下ろす。

 まだ全員息をしている。


「死なないか。ただ周囲に強烈な風を送っただけだからね。死なないのなら、何発耐えられるか試そうかーー」


「ーー貫け、紅蓮の槍」


 突如、燃える槍が死神の側頭部から振るわれた。それを紙一重でかわした死神だが、蹴りが死神の顔に直撃し、屋根を突き破って校庭まで吹き飛んだ。


「この威力、まだ生きていたか。メイサ」


「死ねるかよ。まだお前を殺してもいないのに、こんなところで死ねねえんだよ」


 メイサエルの槍はこれほど以上に赤く染まり、火炎を纏っている。激しく燃える赤い炎を纏う槍を構え、鋭い眼光を向けている。


「私の生徒に手を出したんだ。それだけでお前は死刑の対象だ。首差し出せよ。すぐにお前を殺してやるから」


「嫌だね。それに君に私が殺せるかな。風穴が空いたその体で」


 メイサエルは身体のいたるところから血を流している。

 それでもメイサエルは勇ましく叫ぶ。


「殺す、お前を」


「やってみろ」


 死神は斬り飛ばされた両腕を再生させ、拳を構えた。腕からは怨霊が湧き出ている。


「君に私が殺せるかな。私はそれほど弱くはないぞ」


「安心しろ。私もそれほど弱くないんでな。お前の首を斬るくらいの実力は持っている。その覚悟もだ」


「全部まとめて喰らってあげるよ」


 死神は怨霊を飛ばす。それらを燃え盛る槍で斬り、一瞬で間合いを詰めた。

 死神は頑丈な怨霊を盾代わりに出現させ、後ろに下がる。だがメイサエルはその怨霊を貫き、死神の腹部に火傷を負わせた。


 火傷の跡はなぜか簡単には再生しなかった。


「何だ……その炎は」


「恨みだよ。これが私のお前に対する全ての感情だ」


 メイサエルを、死神は恐ろしく思っていた。

 記憶の中にある彼女の何倍以上も、今目の前にいる彼女は強かった。


 一瞬で怨霊を薙ぎ払い、一掃し、全身に傷を負いながらも先ほど以上の圧倒的な戦いを見せる。


「ふざけるな、ふっざけるな。私の邪魔をするな。これ以上私の邪魔をするのなら、先に生徒たちを殺す」


「させないよ。そんな隙をつくるならお前を殺すし」


「やってみろよ。ただの燃える槍で何ができる」


「いい加減終わりにしよう」


 羽を大きく広げ、メイサエルは勢いよく死神に飛び込んだ。死神は両腕で何とか槍の一振りを受け止めるが、右腕が燃え上がりながら吹き飛んだ。


「何!?」


「まだだ」


 燃え上がる槍は颯爽と振るわれ続け、今度は左腕を斬り飛ばす。

 生徒たちに斬られ、再生したばかりの腕が再び斬り落とされ、死神は激昂する。


「よくも、私の腕をぉぉぉおおおお」


「弱いから死ぬんだろうが。お前は弱い。だからここで死ぬんだよ」


 メイサエルの槍が死神の胴体を切断した。

 槍での攻撃はさらに素早くなる一方で、もう逃れることはできない。死神の首に槍が進む。


 ーー私が……私が死ぬ?有り得ない、有り得ない。私はまだこの世界に復讐を遂げていない。まだ報復を終えていない。なのに……ここで死ぬ?


 悲しみにくれ、死神は涙を流した。そんな彼女の首を、容赦なくメイサエルは跳ねた。

 斬り飛ばされ、血が弧を描きながら宙を舞い、そして地を転がった。


「シラギ、君は優秀な天使になるはずだった。きっと、私がいなければ、今頃、君は私よりも優秀な天使になっていたのだろう」


 少女に身体を奪われ、シラギの人生は終わった。

 その時から、メイサエルはずっと後悔していたーーし続けていた。


 シラギの苦しみに早く気付けていれば、シラギともっと話せていれば。

 結局私はシラギのことなんて見ていなかった。視界の片隅にそっとシラギの面影を映すだけで、私は見ようとしなかったんだ。


「ごめん、シラギ。多分、全部私のせいだ」


 罪に苛まれ、メイサエルは空を見上げる。

 そんな彼女の後悔を背負った背中を、誰かが叩いた。それは勇気づけるような、というよりも背中を押すような。


 ーーメイサエル、僕を救ってきれてありがとう。


 最期に、誰かがそう言った。

 メイサエルはその声がある少年の声とよく似ていて、一瞬、戸惑った。

 だけどその声を聞けたおかげでメイサエルは前を向くことができた。ずっとひたむきに罪を背負い続けてきた彼女に、ようやく陽光が差し掛かる。




 今日、この日ーー怨霊事変は終結した。

 死神という少女の死をもって。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る