22、怨霊事変

 生界で住まう人々を護るため、激しい戦いが繰り広げられている。

 しかし怨霊が出現したのは生界だけではない。当然天偽国でも怨霊が大量発生していた。

 その国を護る天上十六系は残る八人、そして天使や大天使も怨霊と激しく戦っているーー


 天上塔周辺を、無数の怨霊が囲んでいた。


「あの鐘、本来であれば聞いた怨霊を浄化するはずだが、その効果が発動せず、むしろ怨霊事変の合図となっている。死神、あの鐘にどのような細工を施しやがった」


 頭脳系テトリトリエルは一風変わった形の長銃を構え、怨霊に向ける。


「だがやることはひとつーー怨霊の討伐だ」


 テトリトリエルは銃弾を一発、怨霊の群れの中へと放った。その最中、テトリトリエルは脳内で難解であり、その上高度な計算式を解いていた。

 それが解き終わったのは銃弾を放ってから二秒後のこと。計算が終わり、テトリトリエルがその銃弾に人差し指を向けた瞬間ーー


「爆ぜろ」


 銃弾は巨大な爆発を起こし、その爆発によって何百体もの怨霊が一瞬で消滅した。

 その強さに周りにいた天使たちは、驚きのあまり棒立ちで立ち尽くしていた。


「先輩、テトリトリエルさんの武器って何ですか」


「彼の場合は能力だよ。脳内で高度で難しい計算をし、その計算式をあらゆるものに付与することが可能というもの。今付与したのは恐らく爆発式だろう」


「何言ってるか分からないですけど……」


「それが正しい」


「正しいんかい」


「まあ彼の能力は彼にしか扱えない。だからこそ彼には頭脳系という称号が与えられている。その称号に相応しいのは彼だけさ」


 圧倒的知識量を誇り、どの戦場でも彼は重要な戦力となる。そのため、彼は今後も必要となる天上塔の警護に当たっていた。

 だが彼ですらも気づかない内に死神は天上塔に侵入し、改造した鐘を鳴らした。


 戦闘中に、テトリトリエルはその事について考えていた。


「彼は恐らく瞬間移動的なのが可能なのだろう。その証拠にこれまで何度も一瞬で姿を消している。もしくは私の計算式の裏を読み、気配を消して侵入という可能性もあるな」


 その事を考えている内にも、死神は鐘の場所からとっくに遠退いていた。


「それよりも鐘だが、改造されたのなら直さないとか。ああなった原因は恐らくだが、鐘の効果が封印殿という一定の物のみを破壊するという効果に上書きしたのだろう。だから封印殿が破壊され、怨霊が解放された」


 彼の推測通りだった。

 死神はそれを易々と行い、鐘を鳴らして封印殿を破壊した。


「死神という男、なかなか危険な男だ。だがそんな彼を一時期圧倒的力の差で追い詰めたのがメイサエル。彼女ならば死神を討てるだろうか」


 淡い期待をメイサエルに抱いていた。

 その期待が叶うかどうかは、まだ分からない。




 天人マンションの周囲にも怨霊が蔓延していた。

 それらの対処に動いていたのは、天上十六系で癒し的な存在の天然系ユルフワエルと、退屈系マタエル。


「マタエル、今日は退屈とか言って仕事休まないでよ」


「はぁぁ。面倒くせえ。怨霊事変とか、さすがにしんどいな」


 マタエルは退屈さを滲ませながら、天人マンションの屋上で寝転んでいた。しかも枕を携えて。


「相変わらず君は。退屈なのは良いけど、ちゃんと仕事してよね。君は本領を発揮すれば強いんだから」


 マタエルを天然さを全面に出して叱りながら、ユルフワエルは近づく怨霊全てをふわふわさせて体制を崩していく。

 ふわふわしている怨霊は次第に怨念が消えていき、幸せそうに浄化していく。


「さすがに疲れたよ。これで二万体は倒しているのに、まだ怨霊事変は終わらないんだから。というかマタエル、いい加減……」


 ユルフワエルがマタエルに説教をしようとしたその時、周囲の異変に気付く。

 まるで時空が歪み、空間がねじ曲げられたかのような異常事態、その空間にいた怨霊たちの動きはスロー再生以上に遅くなり、ほぼ止まっている。


「マタエル、君、少し前に入ったばっかだから君の能力知らなかったけど、君って凄い能力の持ち主なんだ。ビックリしたよ」


「その代償として、僕も退屈を演じなくてはいけない。だから僕はこのまま動けないから、怨霊の討伐は任せたよ」


「ユルフワエル様に任せなさい」


 ユルフワエルのふわふわが超スロー再生になっている怨霊たちにも移り、怨霊は次々と消えていく。

 二人のコンビネーション、圧巻である。


「さあドンドン来い。私が、いや、私の隣にいるマタエルが相手をしてやるそうだ。この退屈男を喰らいたきゃかかってこい」


「ちょ、ユルフワエル、お前……戦場で天然は発揮するなよ……」




 遊楽園、そこにはあらゆる怨霊が出現している。

 そこには二人の天上十六系がいる。


「禍々しく燃えよ我が衣手の大いなる火炎よ。延々なる我が大魔王と恐れられし煉獄の火炎よ、怨霊どもを燃やし尽くせ。カオスフレイム」


 ある少年の手の上に出現した黒色の火炎の玉が怨霊の大群の向けて放たれた。火炎は怨霊に触れるとたちまち爆発し、千を越える怨霊を飲み込んだ。

 圧倒的破壊力に一緒に戦っていた天上十六系天使ーー動物系ゾウエル。


「おい、やり過ぎて遊楽園の建物を破壊したりするなよ。ダークネスエル」


 中二病系ダークネスエル、彼はあらゆる攻撃を駆使する。その攻撃はどれも協力で、無数の怨霊を大量に消滅させていく。


「サンダーレイン」


 雷雲が空一面を覆う。


「ダークネスエル、何をするつもりだ」


「安堵しろ。我が他人を巻き込むなどというほど弱者ではない。我は何百年も前からこの世界に生き延びている。故に我が雷は怨霊のみを払うために降り注ぐ。さあ飲み込め、怨霊どもを」


 雷雲から降り注ぐ雷は怨霊を次々と飲み込み、その雷雲により十万を越える怨霊が一瞬で消失していく。


「どうだゾウエル、お前もこのくらいは活躍して見せろ」


「パオーン」


「困ったら動物の泣き真似するのやめろ」


「パオーン」




 天偽国の上空、生界への入り口がある空の切れ目に怨霊を行かせまいと、天上十六系の二人と大天使や天使が怨霊と激しく攻防を繰り広げていた。


「俺は死神の相手をしたかったんだが、お前ら程度の相手をしなくないけないとはな」


 怨霊を体当たりで次々と消失させているのは、強靭系レギアエル。

 彼の頑丈すぎる肉体は全ての攻撃を無効化し、圧倒的防御力で未だ傷一つ負ってはいなかった。


「ったく、お前らみたいなへなたれ小僧どもが世界を崩壊させるだなんて、群れても無理だろ」


 そう呟くレギアエルにある怨霊が迫っていた。


「この気配、上級の怨霊がいるな」


 振り向き様にレギアエルは両腕を盾のように構えて怨霊の攻撃を受け止めた。放たれた怨霊の攻撃は拳での一撃、本来であれば攻撃をした側の怨霊は腕が砕け、消失するはずだった。

 しかし怨霊の腕は砕けず、むしろレギアエルを吹き飛ばし、地上まで突き落とした。


「レギアエル!?」


 温もり系ホエルは思わず叫ぶ。

 そんなホエルにも怨霊が迫っていた。


 その怨霊はサイの姿をしており、全身が頑丈な甲羅で覆われている。体長は十メートル以上あり、圧倒的な威圧感を感じさせる。


「レギアエルを吹き飛ばした怨霊、さすがに私じゃ難しいかな」


 ホエルは咄嗟に怨霊との距離をとる。自分では分が悪いと判断したからだ。

 逃げるホエルを怨霊は突進の如く追跡する。ホエルは手から熱風を放ち、熱風を受けた怨霊の纏う鎧は若干溶けていた。


「この程度で溶ける?へえ、レギアエルが倒されたから強い怨霊かと思っていたけど、案外そうでもないみたいだね。あんた」


 ホエルは全身に温もりを纏う。


「私の熱はバーニングエルの片隅にも及ばないというのに、私程度の熱で鎧が溶ける君って、弱いでしょ。だかた私の温もりで身も心を全裸にしてあげる」


 その挑発に怨霊は叫びながら襲いかかる。


「我が温もりに浄化されよ」


 ホエルが正面に向け両手を向ける。


「温もりビーーーム」


 ホエルが正面に温もりを放とうとしたその時、レギアエルが地上から上空に一直線に飛んで怨霊の体を貫通した。怨霊の硬い鎧のある胴体には穴が空き、怨霊は粉々に飛散した。


「レギアエル!なんだ、生きていたんだね」


「この程度じゃ俺の体に傷一つ付きはしない」


 消失する怨霊を背景に、レギアエルは無傷の全身でそう呟いた。


「相変わらずお前は丈夫だな。あの一撃を受け、さらに地面に叩きつけられたら傷一つは付くだろ」


「強靭系、その異名が与えられた理由は俺が頑丈だからだよ。俺の体に傷をつけられるのはたった一人ーー」



 ーー死神




 天使学校校舎に、ーー死神が舞い降りる。

 季節のない天偽国に降り積もるほどの雪を連れ、世界に終焉を訪れさせるために。


「お前らは全員教室で待機していろ」


 メイサエルは生徒を皆教室に待機させ、校庭に少女とともに現れた死神の前に姿を現していた。


 メイサエルの背後にはシエルとラリーが立っている。


「おや、メイサ。君一人で相手してくれるんじゃないのかな?私はそれを期待していたんだが、どうやら君は違ったみたいだな」


 死神は微笑み、呟く。


「安心しろ。お前の相手は私一人で十分だ。この二人にはお前のとなりにいる黒幕らしき少女の相手をしてもらうだけだ」


「なるほど。だが私の右腕を大天使の二人に倒せるかな?」


「おいおい私を舐めんな。シエルもそう言ってる」


 ラリーは両手に長銃を構え、意気揚々とそう口走る。自信満々のその態度に死神はほくそ笑む。


「そうか。では開戦とーー」


 話している最中、メイサエルの槍が死神の心臓部を貫いた。たった刹那の出来事に、少女やシエル、ラリー、教室で見ていた生徒たちも誰一人として反応できなかった。

 それほどに素早く、圧巻過ぎる一瞬の攻撃に誰もが固まっていた。しかし、心臓を貫かれたにも関わらず、死神は依然生きている。


「私をこの程度で殺すには無理なんじゃないかな。心臓部なんて道端に落ちている怨霊と同じでそれほど重要な物じゃない。私を殺したければ私の全てを破壊して見せよ」


 話し続けている最中にも、メイサエルは何百もの攻撃をした浴びせたが、死神には致命傷とはなっていなかった。

 受けた攻撃は一瞬で回復し、その上致命傷となるはずの心臓部を貫いても平然としている。

 ーーまるで不死身


「メイサ、君と戦うのは何年ぶりかな。あの時は本当に死ぬと思ったが、今は十分この身体と魂が適合してしまっている。この身体は私が思うがままに操れる」


「お前、相変わらず腹立たしい。だからお前専用に良い場所を用意した」


 メイサエルはある結晶を手に持ち、それを自身の心臓部に埋め込んだ。


「それは……」


「この日に備え、私は私の魂を百に分け、世界中に散らばせておいた。ある場所では新たな力を魂が得て、またある場所では特殊な戦闘方法を学習する。私には今、無数の魂がひとつになって取り戻された。お前じゃ私には勝てない」


「メイサがどれだけ無敵だろうとーー」


「固有結界、赤血領域」


 メイサエルと死神の周囲が血にまみれた世界に変化した。その結界内に死神は捕らわれた。


「これは?」


「言っただろ。私は百の魂を世界中にばらまいていたと。そこでその内のひとつの魂が見つけたのさ。この固有結界という技術を、かつて死んだ天上十六系天使の技だが」


「グリムモワーエルか」


「お前が殺した天使の一人だ」


「よく覚えているね。あれほど低レベルの天使のことを覚えているなんて、君はどれほど愚かなんだろうね」


「お前が殺した者は全員私は覚えている。お前が殺した全十八人の生徒と、天上十六系三人の命、彼らの無念を張らすため、私はその思いを御守りにし、持ち歩いた」


 メイサエルの手には約束と書かれた御守りが握られている。


「これまでお前が殺した者たちの仇を、私は今背負っている。だから死神、この結界で纏うじゃないか。君の本体が死ぬその瞬間を」


「まさかーー」


「気づかないとでも思ったか。私は血に染められたあの日からずっと勘づいていた。シラギはそういうことをする奴じゃないからな。シラギを狂わせたお前を私は許さない。それに気付けなかった私も許せない。だから全ての贖罪を、お前という器にぶつける。気分はどうだ?死神と恐れられている化け物風情め」


 悪魔のような微笑みを放ち、メイサエルは怒りをぶつけるように死神の腕を何度も斬りつける。


「もうシラギはいない。だから良いよな、死神」


 死神はこの時、初めて恐怖した。

 目の前にいる恐ろしすぎるメイサエルに、腕が震えるほどに脅えて。


「私はもうあの日のように間違わない。シエル、ラリー、少女を殺してくれ」



 結界の外では、少女が震えていた。

 死神が感じている恐怖を少女も味わっていたから。


「シエル、行くぞ」


 脅える少女に気を遣うことなく、ラリーは銃弾を何発も浴びせる。少女は前方に怨霊を出現させて盾を生み出す。


「怨霊を生み出すな」


 シエルが口を開いた。

 その声が耳に届いた瞬間、少女の動きが止まった。まるでシエルの言葉に束縛されたように。


「何で……」


「ここで全てを終わらせる。何万発もの銃弾に散れ」


 ラリーは一秒に何千発もの銃弾を放ち、何秒間もそれを続けた。銃弾を受け続ける少女は全身を粉々に貫かれ、原型が分からなくなるほどに大きく損傷した。

 身体は損傷していき、血が滴り落ちる。息もできぬ程浴びせ続けられる攻撃にとうとう少女は力尽きた。


 ラリーも張り切りすぎて疲れ、膝をつく。


「ようやく終わったな。これで死神も」


 少女は死にかけていた。

 薄れ行く意識の中で、少女は何を見るのか。

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