21、怨霊事変

 ーー天使見習い三十日目

 怨霊事変まであと一日。


 天上塔では再び天上十六系や大天使の数名が集まり、怨霊事変に備えての話し合いが行われていた。


「では天上十六系の方々はそれらの守護をしよう。続いて大天使メイサエル、お前は天使学校に勤務する他の天使とともに天使学校の守護を任せた」


「それはやはり、死神が来る場所がそこだからか」


 メイサエルの問いかけに、話を仕切っていた頭脳系テトリトリエルは少し口を閉ざし、ゆっくりと答える。


「彼を倒せるのは我々天上十六系でも難しい。彼を倒すなら、全盛期以上の力を取り戻した君に頼みたい」


「当然です。あいつを殺すのは私です。私が仇を討たないといけない。何年も前のあの日に誓ったんですから」


 思い出されるのは何年も前の日のこと。

 あの日、クラスメートが皆死神に殺されたその日から、メイサエルは決意していた。


 ーーシラギを仕留めるのは私しかいないと。


 やがて怨霊事変が始まる。

 これはその前日譚。



 天上塔での会議を終え、天使は皆それぞれ戦いに備えていた。

 メイサエルはというと、槍を構えてある場所へと向かっていた。そこは巨大な湖の神殿、その奥へと進んでいくと、そこには七色の光を放つ不思議な玉が置かれていた。

 メイサエルはその玉を掴むと、玉は光となってメイサエルに吸い込まれていく。


「これで全ての力が取り戻された。ようやくシラギとの決着をつけられる。この怨霊事変で」


 やがて戦いが始まる。

 その日まで、メイサエルは槍を振るい続ける。




 ーー天使見習い三十一日目

 とうとうこの日がやって来た。

 怨霊事変、怨霊と天使との最終戦争。この戦いが終わった時、真の平穏が世界には降り注ぐ。


「天使の数はたかが数万、それに対し、怨霊の数は一億を軽々と越える大勢力。その勢力を従えるは常に死を連れて現れる災厄の化身ーー死神」


 死神の横で少女は呟いている。

 崩壊の序章、その一節を読むように。


「随分と大それた序章じゃないか」


「世界を崩壊に導けるのはあなたしかいないよ。世界の崩壊者ーーシラギ、いや、シラギエル。世界を破壊し、今こそこの世を闇で包み込め」


 死神は天上塔にある巨大な鐘の側に立っていた。そのことには天使の誰も気づいていない。


「さあ鐘を鳴らそう。終焉を連れて」


 死神はその鐘を大きく鳴らした。鐘が鳴ったことに天使は驚き、動揺する。

 鐘の音が世界中に響き、それは天偽国だけでなく生界にも響き渡っていた。その音とともに世界中に存在する封印殿は崩壊し、封印されていた怨霊は一斉に世に解き放たれた。


「さあ世界を破壊しよう。今こそ世界に終焉を」


 全てを破壊するために、彼は鐘を鳴らした。

 怨霊の出現に天使たちは武器を構え、戦闘態勢に移る。


「全員、開戦だ」



 ーー怨霊事変が始まった。




 ーー生界

 そこを死守していたのは天上十六系にも選ばれている八名の天使。それと天使や大天使などの天使たち。


「怨霊に慈悲など必要ありませんよね。それではここであなた方を地獄の底まで叩き落としましょうか」


 ギャップ系クルーエルは、半径十メートル以上の重力の玉を出現させ、それを怨霊目掛けて放り投げた。その一撃で怨霊は原型をとどめず粉々になって捻り、消失していく。


「この程度なら、一億も余裕ですね」


「クルーエル、惚れ直したぞ」


 癒し系ホイミエルは天使のような微笑みでクルーエルを称賛する。


「あ、ありがとうございます」


 それにクルーエルは動揺し、うぶな反応を見せる。


「相変わらずギャップ凄いな」


 その反応を見てホイミエルは楽しんでいた。そんなホイミエルの背後から怨霊が忍び寄ってくる。

 だがホイミエルに近づいただけで怨霊は消失する。


「私に触れられると思うな。私は癒す、故に汚れない。浄化してあげるよ。怨霊ども」



 遠く離れた山間部では、根暗系ヘビエルが得意の戦法を活かしていた。

 彼は暗い場所でこそ自身の力を最大限発揮できる。そしてここは森によって朝日の光が遮断されやすい森の中。ヘビエルが本領を発揮するにはうってつけの場所だ。


「暗き影に阻まれし怨霊どもよ。お前たちの怒りは僕の根暗で鎮めよう。鎮魂の歌を歌う前に、蛇の毒が君たちを蝕むだろう」


 森の中にいた怨霊たちは暗いというだけで苦しみ始めていた。怨霊にとって暗い場所は住み心地の良いはずだが、それが返って自分自身を苦しめている。

 それがヘビエルの根暗系能力。


「もっと暗くなれ。世界が闇に包まれた時、僕は最強になるんだから」



 生界の海上や海中にも、当然怨霊が無数に出現していた。それらの怨霊は海というエネルギーを多大に吸い、強い化け物が多くいた。

 それらの怨霊と天使は激しい攻防を繰り広げていた。天使陣営を海ではかなり被害が出ていた。


「まだ怨霊事変が始まってから一時間というのに、こちらの天使は十数名ほど負傷者が出ている。どうやら僕の出番かな」


 クール系ミズエル。

 彼は水がある空間においては世界最強。


 ミズエルは海に巨大な渦を出現させ、海中にいた怨霊を一匹残らず渦の中に閉じ込め、渦の流れで浄化していく。

 素早い渦の流れに怨霊同士は激しく衝突し、消失していく。次第にミズエルは海面の渦を天まで伸ばし、水のサイクロンを出現させた。それに海上にいた怨霊も一網打尽にされ、怨霊は次々と消失していく。


「海ってやっぱ綺麗だな。ま、僕の独壇場に来た君たちが悪いんだ。さあ、どんどん来なよ」


 そう煽るミズエル。

 煽り通り、海底の深くから怨霊が再び浮かび上がってくる。


「なるほど。やはり一億はいるな……というか、この海だけで怨霊は一億はいる。まさかだけど……封印殿に封印されていた怨霊が増えている、なんてことはないかな?」


 予想を遥かに越える怨霊の多さにミズエルは動揺していた。


「まあ関係ない。海の中では僕は最強。クールに行こうか」


 ミズエルの手には冷気が放たれていた。



 学校が幾つも設置されている学業特区では、怨霊が校舎内に避難している怨霊に襲いかかろうとしていた。

 生界にいる人々は普段は怨霊は見えないが、これほどの怨霊が一気に世に放たれればそのような力に目覚めていない人々にも怨霊は見えるようになる。


 そのため皆屋内に身を潜めていた。

 しかし今、怨霊は校舎内に入り、そこに避難する生徒を襲っていた。その怨霊が生徒に触れる瞬間、一本の矢が怨霊の頭部を正確に撃ち抜き、蒸発させた。


「数が多い。このままじゃ民間人への被害が大きくなる一方だ」


 既に民間人への被害が多数報告されている。

 それも天使の数では抑えきれないほどに、怨霊が生界を攻めていたからだ。


 天真爛漫系ララエルは、民間人を護りながらの戦闘に苦戦していた。


「まだ一時間しか経っていないのに、もうヘトヘトだよ……」


 天真爛漫のララエルにも、さすがに限界は来ていた。しかし彼女は羽についている羽根を自身にかざすことで、体力が一瞬で回復した。

 傷や怪我は全てなくなり、呼吸も平常に戻った。ララエルはその羽根を周囲に飛ばし、疲れている天使たちの休息を一瞬で済ませていた。


「さあ皆、働くよ。今日一日凌げば世界は救われるんだから。天真爛漫に行こう」


 ララエルの気力回復に、疲弊していた天使たちは再び立ち上がる。ララエルの羽根は気力を回復するだけでなく、気力を倍増させる。

 つまり先ほどよりも皆力が漲っている。


「生界を護り抜くよ」


 ララエルの天真爛漫さに背中を押され、天使たちは戦い始める。



 火山地帯では、熱血系バーニングエルが激しく自身を黒焦げに燃やしながら怨霊と戦っていた。

 拳は真っ赤に燃え、全身は熱く燃え上がりながら、怨霊を次々と消滅させていた。


「俺の熱血に耐えられる奴はいないのかぁぁああああ」


 一時間経っても尚熱血でうるさく、むしろヒートアップしていた。

 まだ熱血なバーニングエルの前に、巨大な怨霊が現れる。まさに巨人と言った具合に巨大で、その上速い。その速さに対応しきれず、バーニングエルは拳のひと振りを全身に受けた。

 吹き飛ばされたバーニングエルはマグマの奥へ奥へと落ちていく。


 怨霊はさすがに倒しと思い、街へと侵攻しようとしていた。

 しかし突如マグマの中から何かが飛び出し、巨大な怨霊の背後をとった。


「燃えてきた燃えてきた燃えてきた」


 そう叫びながら、男は怨霊の正面へと回った。


「俺の熱血な拳、受け止めてくれぇえええ。バーニングゥゥゥゥウウウウウ」


 熱血過ぎるバーニングエルの拳に焼かれ、巨人は跡形も残さず消失した。その一撃はまるでバーニングだぜ。


「お前も案外弱いんだぜぃ。俺の熱血拳、受け止めて欲しかったぜぃ」



 飲食店、そこには怨霊がたむろしていた。その怨霊たちを次々と喰らう大食漢がいた。

 体重は二百キロを越え、かなりの巨体を持つが、それでも一般人程度には動け、怨霊を次々と口の中に放り込んでいく。


 大食い系ブブエル


「うまいね、今日の怨霊は」


 既に一万以上の怨霊を食べても尚、彼の腹は満たされない。なぜならーー


「あ、ゲップでる……げぷぅうううういいいいいいいいいああああああ」


 ブブエルの口から特大のボリュームで音と空気が炸裂し、それによってさらに怨霊が倒されていく。その上今ので腹も減り、ブブエルは食べたりなくなっていた。


「もっと食わせろ」


 怨霊を追いかけるブブエルの側には、もう一人天上十六系天使がいた。

 優しい系ヒールエル、彼女は傷を負った天使を治していく。その上ーー


「ヒールエルさん、ブラッキエルが……」


 ブラッキエルは下半身を喰われ、この世を後にしていた。

 死者を蘇らすことは不可能である、しかし彼女だけは違った。彼女はかつて悪魔の暮らす死界にも足を踏み入れたことがあり、そこで死者を蘇らせる権利を得ている。

 そのため、死んだはずのブラッキエルは肉体を取り戻した上で蘇った。


「ヒールエルさん、あざっす」


 そう言い、ブラッキエルは感謝する。

 その時、ヒールエルの背後から一体の怨霊が襲いかかる。それをブラッキエルが爪を刃のように尖らせ、俊敏な動きで切り裂いた。


「恩人は死なせない」


 生界で住まう人々を護るため、激しい戦いが繰り広げられている。


 しかし怨霊が出現したのは生界だけではない。当然天偽国でも怨霊が大量発生していた。

 その国を護る天上十六系は残る八人、そして天使や大天使も怨霊と激しく戦っているーー

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