19、死神は微笑む
巨大な湖の中に、私達は落ちた。
水に落ちて、私達はどんどんと沈み込んでいく。その中には無数の怨霊が棲み憑いており、落ちてきた私達を見て怨霊はすぐに襲いかかってきた。
「全員、戦うぞ」
水の中、私達は武器を持って襲いかかってくる怨霊に攻撃を浴びせる。
だが湖の中では矢も銃弾も威力が落ちる。近距離の仲間がいれば良かったが、生憎皆遠距離だけだ。
「まずい……」
それに息もいちまで持つか分からない。速く湖上に上がらないと。
そう考えていると、海底に神殿があるのが見えた。
巨大な湖の中には、なぜか神殿があった。
湖の外に上がるよりも、神殿に行く方が容易く。怨霊が近づいていない。もしかしたらあの神殿は怨霊を引き寄せないのではないか。
その期待を込めて、私は神殿を指差し、そこへ行く合図を二人に送る。二人はすぐに納得し、神殿の中へと飛び込んだ。
全てが石でできている神殿。ところどころに苔が生え、神殿は見る限りでは最低でも一千メートルはある。
相当広い神殿だ。中には水が通らなくなっていて、息が寸前だった私達は安堵する。
「はぁ。何とか生き残ることができたが、これからどうする?」
暗い神殿の中、私達は怨霊の気配に恐怖していた。
「リアライゼ、怨霊を全て倒すしかない。それが俺達に残された生き残る術だ」
無口だったスコーピオンが口を開いた。
彼もこの状況に思うところがあるのだろう。
「俺たちは全員遠距離だ。そしてどういうわけかこの神殿内には怨霊はいない。ならここに引きこもったまま怨霊を倒せる」
とは言うものの、この湖は先日破壊した木の形をした封印殿の何倍もの大きさがあり、私達だけで倒しきれる程度の怨霊だけとは限らない。
それに私達の攻撃が効かない怨霊がいれば、もうここから出ることだってできない。
「いや、策ならまだある」
私は名案が思いついた。だがその策は、大きな代償を支払う可能性もあった。
「リアライゼ、これ以上何の策がある」
「この封印殿に外から入れたのなら、中から外に出れるはず。この作戦はそうであるということを前提に行う」
「まさかリアライゼ、湖の外に出るってことか。だが無数に怨霊がいる中をどうやって……」
「ここには怨霊はいない。スコーピオン、エニー、二人は神殿の中から私を極力援護して。私は湖の外に出て強そうな人に助けを求める」
「危険すぎるよ」
「そんなの百も承知だ。それでも今ここでやらないと私達はこのまま死ぬだけ。だったら最後くらい抗って生きようとしようよ。己の全霊をかけて最後まで戦おうよ」
死ぬのは恐い、それでもこのまま何もしないのは違うと思ったから。怨霊に喰われれば、きっと私は死ぬのだろう。
まだ何も果たせないまま、何者にもなれないまま。
ーー私はリアライゼ、いついかなる時も前だけ見て進むんだ。
迷いも無理矢理吹っ切って、私は汗が染み込んだ手で弓を強く握りしめる。
「お願いできる?」
私に同情してくれているのか、二人は私を止めようとしてくれている。頑なに首を縦に振ろうとしない。
「俺は……援護するよ。なるべくお前に近づく怨霊は倒す。エニー、お前もリアライゼの援護をしよう」
「……う、うん」
渋々二人は承諾してくれた。
おかげで私はこの無茶な作戦を実行に移すことができる。
無茶だって分かっていても、無謀な賭けだって十分理解していても、私は精一杯戦いたいんだ。
どれだけ惨めでも、それだけ哀れでも、最期くらい私に戦わせて。
震える腕を押さえ込み、私は神殿の外を見る。
無数の怨霊が海の中を泳いでいる。その中を掻き分けるのは、やっぱ恐いな。
「リアライゼ、大丈夫。俺たちが絶対に護るから。だから安心してその羽を広げろ」
無口なはずのスコーピオンは、いつになく声を出して私を気にかけてくれている。
彼って意外にも優しい奴なんだね。
多分、私たちは皆仲良くなれた。でもこれから死んでしまったら、それも全て無意味になってしまうのだろう。
私はそれを無意味にしないためにも、精一杯生きるんだ。
「じゃあ行くよ。援護、任せた」
「「任せろ」」
私は前方に矢を連射し、前方にいる怨霊を一掃した。そこでできたわずかな道を通り、私は湖の外へと羽を広げて飛んでいく。
そんな私をエサと捉え、一斉に怨霊たちが襲いかかる。怨霊の口が私に触れかけた瞬間、怨霊は銃弾に撃たれ、消滅する。
「ナイスエイムだ。スコーピオン」
銃声が響く度、次々と怨霊が消滅していく。その上エニーの矢の援護もあり、怨霊は私に触れる前に皆倒れていく。
ーー湖上まであと少し。
「行ける」
私は真っ直ぐにこの手を湖の外へ伸ばした。しかしあと少しのところで正面いっぱいを無数の怨霊が囲む。
「ここに来て……」
私は一瞬弱気になった。だがすぐに前を見て、私は弦を弾く。
「こんなところで死ぬわけにはいかないんだ」
前方いっぱいに矢を放ち、怨霊を一掃する。
私は湖の外に手を伸ばした。その手は湖の外まで届き、そのまま私は湖の外にーー
ーーその時、私は足を食われた。怨霊に。
「私は、こんなところで死ねないんだよ」
噛みつかれ、私の右足は出血する。それでも私は矢を怨霊目掛けて放ち、怨霊を討伐する。
血まみれの右足が激痛に苛まれながらも、私は何とか湖の外まで脱出した。
「まさかこの無茶な作戦が成功するなんてね……」
自分で考えた策だけど、半ば死ぬだろうという疑念を持っていた。だが何とか生き残り、私はこうして湖の上で飛んでいる。
「ボーッとしている暇はない。早く助けを呼んでこなくちゃ」
私は羽を広げて急いで天使学校へ戻る。
湖の外に脱出したリアライゼを見て、死神は微笑んでいた。
まさか湖から脱出できるとは思っていなかったため、死神は称賛を込めて拍手を送っていた。
「素晴らしいね。実に愉快じゃないか」
「違うでしょ。シラギ、怨霊の動きを鈍らせてたじゃん。本当だったら喰われてたよ」
「結果オーライ。今はひとまず喜ぼうよ」
「で、どうしますか?」
「残りの二人はいらないからね。それにあの神殿は別に怨霊を引き寄せないとか、そういう類いのものじゃない。あれは封印殿の結界を保つもので、あれを壊せさえすれば封印殿は破壊される」
「まさか、破壊する気?」
「その方が面白い。怨霊事変を起こす日よりも先にそれに匹敵はしないものの、小規模の怨霊事変を起こすのさ」
死神は愉快に笑っている。
まるで人の命に価値などないと思っているような、そんな笑いだ。
「残りの二人には悪いけど、さっさと死んでもらおうかな。
死神の企みには、まだ誰も気付いていなかった。
彼がこれから小規模の怨霊事変を起こせば、少なからず百人以上の死者が出る。
だが彼の企みに誰も気付かない以上、事前に防ぐことなど百二十パーセント不可能なことであった。
ーーのはずだったが、密かに死神の気配を感じている者が一人いた。
「何か不気味な気配がする。それも例の湖がある場所から」
天上塔にいるメイサエルは、湖がある方向に視線を向けていた。
「これは……誰か一人天上十六系を連れていった方が良いかもな。私一人で対処できないほどの何かが、起ころうとしている」
小規模の怨霊事変の気配を察知し、急いでメイサエルは戦闘支度を開始する。
その頃、湖内の神殿では、スコーピオンとエニーが力を使い果たし、壁に寄りかかって座り込んでいた。
「何とか無事に助けを呼んできてくれたな。これでもう安心だ」
「うん」
安堵をこぼすスコーピオンの横で、なぜかエニーは落ち込んでいるような雰囲気を見せていた。
その異変に気付き、ふとスコーピオンは問いかける。
「なあエニー、お前は何に悩んでいるんだ?」
「ああ、さっきのこと」
エニーはしばらく考え、おもむろに口を開いた。
「リアライゼは凄いよね。怨霊がうじゃうじゃといる中に格好良く飛び込んでいくだから。でも私にはそういうの難しくて」
天然、と思われていたエニーが口を開いて述べた内容は、天然なんかでは誤魔化しきれない心の奥底に抱えていた悩みだった。
「私って天然って言われてるじゃん。正直だからなんだって話なんだけどさ。最近は色々と悩みすぎて、もう分からなくなっちゃったんだよ」
「お前、意外と悩んでたんだな。なんか笑えてくる」
「わ、私が真面目に話してるのに」
エニーは頬を膨らませて、あからさまに怒って見せた。
「すまんすまん」
平謝りをしたスコーピオンは上機嫌で、こんな状況でも微笑んでいた。
「お前って天然だと思ってたからさ、そんなにも悩んでるなんて思わなかったよ。普通に悩んでいる女の子だって思ったらさ、なんかギャップ萌え、とか言うんだっけ。それで笑えちゃってさ」
明るいスコーピオンの姿に、エニーは驚いていた。
「スコーピオン君もギャップ萌えだよ。君、無口なタイプだと思ってたけど全然そんなことないじゃん」
「なんかお互い意外なところ見せちゃったな」
「うん。でもなんか少し気が軽くなった」
エニーはニコッと微笑み、笑って見せた。
スコーピオンも微笑み、二人は少しずつ手を近づけーー突如、神殿が大きく揺れた。
「なんだ!?」
スコーピオンは長銃を手に取り、恐る恐る神殿の外に視線を移した。そこで見たのは、神殿に体当たりする無数の怨霊の姿。
「待て待て。この神殿はお前たちが近づけないような聖域じゃなかったのかよ……」
ーーあーあ、そんなこと一度も言ってないのに勘違いしちゃって。君たちって面白。
「エニー、外壁付近は危ない。ひとまず中央に逃げるぞ」
神殿内の広場の中央に走るが、そこには先ほどまではなかった人陰があった。
「少女?」
白いワンピース姿をした不気味な少女。
「私は死神の右腕。今から君たちをお掃除してあげるよ」
少女は悪魔のような微笑みを浮かべ、左腕をエニーたちに向けた。その左腕は縫われたような跡があり、その場所から邪悪な気配が漏れ出ている。
「この気配は……」
スコーピオンとエニーは咄嗟に武器を構えた。
その時、少女の縫い跡は引き裂かれ、その中から数体の怨霊がエニーたちに襲いかかる。
「やるしかないな。エニー、絶対に生き残るぞ」
「うん。絶対だよ。スコーピオン君」
果敢に意気込む二人を湖の外で見ていた死神は微笑み、呟く。
「君たちでは私の右腕には敵わない。その少女は天使でもなく、かといって天人でもなく、悪魔でもない。未知なる少女に勝てるものなたさあ殺せ。私の右腕を殺せるかな」
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