18、死神の罠

 ーー天使学校二十三日目

 今日は一日中戦闘の基礎訓練をシエルというメイサエル先生と同じ大天使に指導してもらった。


 天使の階級は上から天上十六系、大天使、天使、天使見習いの四階級。

 大半の天使が天使という階級で、大天使は一割ほどしかいない。さらにその中から一割が天上十六系。


 私達はいつかこの人たちを越えられるだろうか。

 そんなことを考えている間にも、今日一日の授業が終わった。



 それから、私は二人のクラスメートを誘い、校庭に呼び出していた。

 私は昨日の戦闘を交えて、ひとつ思ったことがあった。


「スコーピオン、エニー、私達は同じ遠距離部隊としてもっと仲を深めようと思って。そのために訓練しよう」


「仲ね。意味あるか?それ」


「良いよ。やろうよやろうよ」


 面倒くさそうなスコーピオンに対し、エニーは楽しみなのか、跳び跳ねながら私の手を掴んだ。


「ねえスコーピオン君、一緒に訓練しようよ」


 エニーはクラス1の天然であり、愛嬌がある。

 スコーピオンはクラス1の沈黙男だが、エニーに愛嬌のある微笑みを向けられ続け、その沈黙の殻が破られた。


「わ、分かったよ。すればいいんだろすれば」


 ツンデレ、というのだろうか。

 とにかくスコーピオンが協力してくれて助かった。


「じゃあまずは武器を用意して」


 私は少しだけ色が濁っている弓を構えた。

 エニーも私と同じく弓を持ち、スコーピオンは弓ではなく長銃を持っている。


「ねえ、リアライゼちゃんの武器、なんか色づき始めてない?」


 確かにこの武器を最初に受け取った時とは違い、武器が少しだけ濁っている。


「早いね。私の武器はまだまだ色づかないよ」


 エニーは悔しそうにしながらも、楽しそうに話してくれる。

 話されているこっちまでがなんだが楽しく感じてくる。


「スコーピオン君の銃も色が濁ってて良いな。やっぱ私には天使は向いてないのかな」


 暗いことを、エニーは明るく言う。


「それじゃあ訓練始めよ。遠距離仲間として」


「うん」


 私達が行った訓練は、的当て。

 今回の訓練は授業のように技術を向上させたいという目的もあるが、一番の目的は仲を深めたいということだ。

 同じクラスメートになった以上、私達は仲良くしたい。それが私の願いでもあった。


「リアライゼちゃん、私、普段は矢が当たらないんです」


「一回やって見せて」


「はい」


 エニーは弓を構え、弦のないはずの場所に指をかける。すると僅かに輝き始め、弦が現れ、それと同時に矢も現れる。

 これが天使特製の弓の性質。

 エニーは二十メートル先にある木に目掛け、矢を放った。


「普通に筋は良いな。当たらないとすれば単なる偶然か?」


 と思って放たれた矢を見ていると、なぜかその矢は十メートルはある巨大な矢に変わり、地面を削りながら放たれた。


「……え!?」


 あれ……?今、何が起きたの?

 理解できず、私は固まっていた。


 明らかにおかしな光景に、私は自分自身の目を疑った。

 矢を放ったエニー自身も驚いていた。


「……え?」


 私達は唖然とし、固まっていた。


 そんな私達を校舎の屋上で見ていた女性が私達のもとまでやって来た。

 金髪をし、ヤンキーのような少し不良らしい態度、口には小枝を咥え、その先端はなぜか燃やされている。彼女の背中には羽が四つ生え、その羽を動かして彼女は弓と銃を持ち、私達の前まで降りてきた。


「おいお前ら、特訓でもしてるのか」


「は、はい……」


 驚きの余韻が残っていて、私はまともに返答ができなかった。


「お前ら、まだ二十日くらいだろ。なら詳しく教えてもらってなくても無理はないな」


「は、はぁ……」


「弓や銃、それらの遠距離武器にはある性質があるんだよ。それは使用者の感情や精神の左右によって、矢の大きさや速さ、軌道が変化する」


 それは初めて知ったことだった。

 だとすれば、エニーは一体どのような感情だったのだろうか?


「さっきみたいなバカデカイ矢が出るには感情の起伏が激しく、尚且つ精神状態が不安定な状態にのみ出る、だったかな。つまりエニー、今のお前は弓の扱いは難しいってことだ」


「じゃあどうすれば……」


「知るかよ。だが何の原因もなく精神状態が不安定になることなんてない。お前、何か悩んでんだろ」


「い、いえ……そんなことは……」


 目を逸らし、頑なに認めない。

 だがそれだけで悩みがあるというのは明白だ。


「エニー、今のお前に弓は扱えない。これは教師命令だ。その悩みを解決するまで、お前は弓を使うな」


「で、でも」


「でもじゃない。今のお前に弓を使わせていたら、校庭に巨大な風穴を空けかねない。そんなことになれば校庭が使い物にならないだろ」


 バッサリと、その先生は嘘偽りなく述べてくる。

 エニーは悔しそうに顔を背けていた。その時のエニーはさっきまでのように楽しそうな笑みはなく、暗い表情だった。


「もしくは近距離に移行しろ。近距離なら精神状態がどうであろうと使えるからな。そんじゃ」


 その先生は去っていった。


「エニー、大丈夫?」


「う、うん。全然平気だよ」


 また笑顔を見せて、言った。

 けど分かっていた。その笑みが偽りだって。


 きっとスコーピオンもそのことには気づいている。彼は相変わらず無口で、静かにエニーを見ていた。


「一体あの人は何なんだろうね。教師って言ってたけど」


「確かあの人は、私達のひとつ前の世代の天使見習いの担任をしているラリー先生だよ」


「ラリー?」


「うん。ゼロ秒射撃のラリーって呼ばれてて、あの人は数少ない大天使の一人だよ。まああの人がやめろっていうんだから、私は大人しく近距離に専念するしかないかな」


 エニーは気さくに振る舞っていた。


「エニー、本当にそれで良いのか」


「良いんだよ。もう、そうするしかないじゃん」


 少しずつ力が弱まっていく声を聞き、これ以上私が何かを言うことはできなかった。


「ねえ、今日は皆で食べに行こうよ。美味しいところを知ってるんだ」


「あ、ああ、分かった」


 スコーピオンも無言で頷いた。

 結局エニーとちゃんと話せないまま、私達は食事をしに行くことになった。


 私達は空を飛び、飲食店に向かう。その道中で、大きな湖の上を通りかかった。


「確かこの湖って封印殿だったよね」


「ああ。めちゃくちゃ強い怨霊が封印されてるから通る時は気を付けろって先生が言ってたね」


 メイサエル先生は時々、というかしょっちゅう愚痴をこぼす。

 こんな大きな封印殿、とっとと破壊すれば良いのに、って言ってたことがあったっけ。

 知らない人が来たら観光名所とかって間違えそうだけど……。


「でも怖いよね。ここ」


「うん。速く通り過ぎよっか」


 私達は湖を後にしようと、速度を上げた。


「ーー見つけた」


 突如、羽が上手く動かなくなり、私は湖へと落下していく。私だけじゃない。エニーとスコーピオンも同じく羽が動かなくなっていた。


「二人とも……」


「どうしよう。羽が動かないよ」


「まずい。このままじゃ封印殿の中にーー」


「ーー入っちゃえ」


 そう呟いた男ーー死神は、封印殿の中に落ちていく三人を面白おかしく見ていた。

 その隣には相変わらず少女が立っている。


「良いんですか?あの少女、あなたのお気に入りだったんでしょ」


「良いのさ。この程度で死ぬようなら、お気に入りになんてしないから」


「じゃああの中で生き残ると思っているのですか」


「いいや。生死は五分五分かな。でもこれで生き残れたら、面白いだろうね。まあ確実に死ぬだろう残りの二人には悪いけど」


 死神は笑いが止まらなくなっていた。

 まさに悪のカリスマ。

 そこに慈悲などなく、彼はその様子を面白おかしくただ見ていた。


「さあその封印殿に住まう怨霊たちよ。その子らを喰い殺せ」

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