14、終焉の予兆

 バーニングエルの拳を受け止め、メイサエルは鋭い視線を送っていた。


「メイサエルぅぅぅううううううう」


「お前、いい加減にしろ。ここはお前の居場所じゃない。生徒と私の居場所だ」


「そんな奴らなんてどうでもいいぃぃいいいいい。俺と一緒にくればお前はもっと強くなれるんだぜぇえええ」


「熱血でウザくて、私が一番嫌いなタイプだよ。お前は」


 メイサエルは私とパンテラを腕から下ろすと、バーニングエルの右腕を両腕で掴み、バーニングエルの股を強く蹴った。


「痛ぇぇええええ」


 バーニングエルは股を押さえながら叫んでいた。

 どれほど熱血系だったとしても、男の弱点はどの世界でも共通らしい。


 体を浮かしたその瞬間に、メイサエルはバーニングエルの腕を掴んだまま背負い投げた。地面に強く叩きつけられたバーニングエルは嗚咽し、熱血的な態度を一瞬終わらせる。


「天上十六系だっけ?お前の何が強いんだ?さっさとマグマに帰って寝ていろ。お前ならマグマの中でも寝れるだろ」


 マグマに寝るって、マグマダイバーですか。


 ……ってか、天上十六系って確か天使の中で至高の十六人だった気が……。

 あれ?だとしたらメイサエル先生って今とんでもなくヤバイことをしているんじゃ……。


「メイサエルぅぅう、よくもぉ、よくもぉぉおおおおおお」


 バーニングエルはさらに燃え上がる。

 比喩表現ではなく、文字通りバーニングエルは燃えていた。腕を、体を、全身を燃やしている。


「俺が本気を出したら灰も残らないぜぇぇええ」


「やるなら私も全力でやるぞ」


 メイサエル先生はどこから取り出したのか分からない槍を構え、バーニングエルに矛先を向けた。


「戦争開始だ。熱血糞野郎」


「俺が燃やしてやるぜぃ」


 バーニングエルは両腕を激しく燃やし、戦意を燃やしながら拳を構えていた。

 メイサエルは槍を構え、戦う準備に備えていた。


「二人とも、戦うのは待ってよ。もう、戦うのは後にしてよね」


 ふわふわの髪型に、可愛らしい女性、常に宙に浮いているふわふわした女性が二人の間に割って入った。


 またなんか別の天使が来た。

 まさかこの人もーー


「ユルフワエル。なぜ止めるぅぅう」


「私たちがここに来たのは戦うためなんかじゃないでしょ。私たちはもうすぐ始まる怨霊事変に対処するために来たんじゃん。分かってる?」


 ひとつひとつの仕草が可愛らしく、つい目が奪われてしまう。

 私と同じ女なのに、少し悔しい。


「バーニングエル、分かった?」


「そうだったぜぃ。今回はひとまずここら辺で終わりにするぜ。メイサエル、お前との戦いもこれで終わりにするぜ」


 先ほどまでのバーニングエルの勢いは消えていた。

 ユルフワエル、恐るべし。


「メイサエルさん、あなたにはもっと別に用事があるからここに来たんだよ。ちょっと来てくれないかな」


「用件を先に言え。それからだろ」


「なるほど。それじゃあここにいる君たちは他言無用で頼みたいんだけど、良いかな?」


「はい」


 間髪入れず、パンテラは返事する。

 ユルフワエルにパンテラは魅了されている。


「分かりました」


 私とチルドレンもユルフワエルの事情を了承した。

 私たちは不安に思っていた。もしかしたら、とんでもないことが起こるのではないか。それも死神関連の。


「じゃあ話すよ。メイサエルにはさ、これから始まる怨霊と人間の大きな戦争の手助けをしてほしいんだ」


「……は!?」


 怨霊と、人間の大きな戦争?

 私たちは私たちは首をかしげ、固まっていた。


「まあそうなるよね」


「なあ。それはつまり、怨霊が世界を脅かすほどの戦争を仕掛けようとしている、ということなのか?」


「正確に言うとさ、世界中に散らばっている怨霊を操り、この世界を破壊しようとしている者との戦い。世界はたった一人の男によって、今破壊されようとしているってことなんだけど、分かるかな?」


 その男って……


「彼の名は死神。かつて天上十六系の天使三人を殺害し、その上ある時期の天使見習いを一人を残して、全員殺害した最悪の男だ」


「それって……」


 メイサエル先生はその事件に心当たりがあった。

 それは心の奥にしまい、メイサエル先生は問う。


「ユルフワエル、事情は分かった。その上で君たちの作戦に協力するが、この戦争が私たちに勝算はあるのか?」


「不安なの?」


「不安に決まっているだろ。その戦争が起きれば、生界も、この世界もタダじゃ済まないんだろ」


「そうだよ」


「ますます嫌になってくるよ」


「でも私たちは勝てる。怨霊、といっても死神の従える怨霊の質はそれほど良くはないんだって。だから私たちでも何とか勝てるんだよ、YO」


 メイサエル先生は私たちに視線を一瞬向けた。


「戦いに参加するのは天使だけか?」


「安心しなよ。そこにいる天使見習い諸君は戦いには参加させないから」


「分かった。ならば参加しよう」


「ありがとうね。君が居てくれるだけで、私たちは胸を張って戦えるよ。それに君は、死神に対して用事もできただろ」


「ああ。その通りだ」


 メイサエル先生は凄く恐い目をしている。

 こんなにも恐い目をした先生を見るのは初めてで、それが私たちにって少し怖かった。


「その戦争は今すぐ始まるってわけじゃない。占いによって、死神がいつ仕掛けるかは分かっているんだよ」


「いつだ?」


「決戦の日は十日後。それまでに君は全盛期以上の力になっていてほしいかな」


「ああ。分かっている」


「それじゃあその日、また会おうね。この世界と、生界を護るためにさ」



 私たちは様々な思いに駆られた。

 世界がもう少しで大惨事になってしまいかねないということと、メイサエル先生がどこかに行ってしまうということ。

 天使見習いをしてから二十日、先生との関係が少しずつ密接なものになってきたその時に、先生が戦闘に参加して居なくなるってことになった。

 それは私にとって、少しだけ寂しかった。


 死神、彼が一体何者なのか、私たちは知らない。

 それでもその話を聞いた私たちは思った。

 ーー死神は嫌いだ


 私たちの居場所を破壊しようとする死神、その死神に戦いを挑もうとする先生を止めることもできないし、一緒に戦うこともできない。

 もっと私に力があればーー願っても、手に入らないものは幾つもある。


 世界はこれからどうなっていくのだろう。

 それが私には、気がかりで仕方がない。

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