12、死神の憤り

「死にたきゃ勝手に死ね。だがな、友達を死なせるほど私は意地悪じゃないぞ。お前の目を覚まさせてやるよ」


 ……ってか、痛ええぇぇ。

 人など殴ったことがなかったから、こんなにも痛いだなんて知らなかった。


「リアライゼ……そこまでクレイジーかよ。てめえ」


「そんなこたぁどうだって良いんだよ。パンテラ、私がいる限り、死ねると思うなよ」


「なぜ私の邪魔をする。私を死なせろよ。リアライゼ」


 感情的になっているパンテラは初めて見た。

 パンテラは怒り、私を突き飛ばした。


「私はもう止まれないんだよ。だからぁぁあ」


 パンテラは鍵を握り締め、森の奥へと走り出した。


「あの鍵は……」


 もしあの鍵で扉が開かれれば、この世界は崩壊まで一直線に向かってしまう。それだけは私がこの手で遠ざけなくてはいけない可能性だ。

 私は羽を広げ、パンテラへ飛びかかる。だがパンテラもそこまで弱くはない。

 森の中を巧みに利用し、兎のような俊敏な動きで動き回り、追撃するリアライゼから容易く逃げていた。


「パンテラ、このままで良いのか」


「良いんだよ。私は最後くらい、世界中を巻き込んで死んでやる」


「そんなことしても誰も得しないだろ。お前はそれで救われるのか」


「死ねば救われる」


「そんなんじゃ駄目だ。巻き込むだけ他人を巻き込んで死ぬだなんて、そんな自分勝手な行動はやめろ。お前には周りが見えないのか」


「こんな森の中で何が見える?」


「私がいる。お前の友達の私がいる。パンテラ、私はお前の友達だから、少しくらい私を頼れよ。私といたら死にたいなんて思わせない。私はお前の友達だろ」


「友達って……そんなの……もう私には必要ないよ」


 パンテラは酷く悲しそうだった。


 言葉だけじゃ伝わらない。

 言葉だけじゃ何の解決もできない。

 私の言葉じゃ、私自身じゃ……


 もう私には止められないのか。

 私じゃ、この世界を救うには力不足なのか。

 この手は届かないのか。あいつの心にーー


 パンテラは鍵を握り、巨大な木を前にして止まった。


「まさか……」


 その木からは禍々しいまでの怨霊たちの気配が感じる。その気配は鋭く、凄まじく、近づきがたいものだ。

 怨霊が封印されている場所は、基本的に人が近づかないよう、禍々しいオーラを放ち、本能的に人を遠ざけている。

 その気配があるからこそ、その木に怨霊が封印されていることが察知できた。


 今の私の速度じゃ追いつけない。

 このままじゃ、パンテラに重たい罪を背負わせてしまう。


「パンテラ、やめろぉぉぉおおお」


 パンテラは鍵を木へと差し伸ばしたーー瞬間ーーパンテラの手を韋駄天の如く現れた少年が蹴り飛ばした。

 鍵は宙を舞い、地を転がった。


「誰だよ」


「僕だよ、パンテラ」


 黒い翼を生やしている。その翼を生やしている生徒はこの教室で一人ーーチルドレン。


「何故お前が」


「最初からいたさ。まあどうせ逃げるだろうと思って、怨霊が封印されていそうな場所に移動して待ち伏せていただけ。結果、おかげで怨霊の解放を防げた」


 パンテラは呆然と立ち尽くす。

 チルドレンは地へ足をつけ、鍵を拾った。


「パンテラ、お前がしたいのは世界を滅ぼすことか?それとも自分が死ぬことか?」


 呆れたような口ぶりで、チルドレンは地面にうつ伏せになっているパンテラに問う。


「救われたい、ただそれだけだ」


「それでお前は他人を巻き込むの?無関係で、幸せに暮らしている人もいるであろうこの生界に、君は怨霊を解き放とうとしているんだよ。自分が何しているか、分かる?」


「…………」


「パンテラ、死にたいなら一人で死になよ。でもさ、他人を巻き込むようじゃそれはただの殺人と大差ないよ」


「私は、私が救われれば……」


「お前が死にたい理由は知らない。けどさ、僕はお前と生きたいと思ったんだぜ。お前のような奴がこれからもクラスを引っ張ってくれたら、楽しいだろ」


「私が……?」


 ふと、パンテラは思い出していた。



 それは自分が死への階段を上る原因になった戒めの記憶。

 生前、彼女は孤独な人生を生きていた。


 学校では、友達などおらず、いつも一人で教室の隅で読書をしていた。家に帰れば晩御飯を買うお金だけが置かれ、父と母は夜遅くまで仕事をしていた。

 家でも学校でも一人で、誰も側にいてくれる人はいなかった。いつも孤独でたった一人、誰にも愛されず、慕われず、孤独なままだった。


 居場所が欲しかった。

 そこにいても良いんだって、自信が欲しかった。


 居場所がなかったら、気付けば足が地面に届かなくなっていて、首を絞められたように苦しくなった。

 私がこの世界に来たのは、誰かに必要とされたかった。誰かに私を友達と呼んで欲しかった。



 その記憶が蘇った今、パンテラは思っていた。


「私は……本当に最低な野郎だな」


 パンテラは地面に仰向けになり、生界の空を見上げていた。


「パンテラ、お前は……」


「もうこんなことはやめるよ。こんなことをしたところで、私が救われるはずはないんだ」


 パンテラはどこか吹っ切れたような表情をしていた。


「これからどうする?」


「私が全て自白するよ」


「それじゃあ退学処分になってしまうかもしれない」


「それで良いんだ。私はそれほどのことをした。だから、これで良い」


「そうか」


 パンテラの反省した表情を見て、リアライゼとチルドレンは静かに沈黙していた。

 これ以上私たちの言葉は必要ないのだから。


 そこへ白いローブを着た男が歩いてくる。

 顔は白い布で隠されていて、よく分からないが、男であるということは分かった。


「死神……」


「パンテラ、君には失望したよ。君の殺意はこの世界の一部を崩壊させるほどに匹敵すると思っていたんだがね」


「死神とやら、お前には聞きたいことが幾つかあるんだが」


 チルドレンは槍を構え、死神の前に立ちはだかった。


「おっと、これは珍しいね。天使見習いの中に害虫が混じっているとは」


「お前がパンテラに鍵を渡したな」


「ああ。だがどうやらそれは失敗に終わった。また今度で良いかな。それに、私はいつでもこの世界を壊すことができるということを忘れずに」


 死神はチルドレンに背を向ける。


「待て。逃げるな」


 チルドレンは死神の肩に触れる。その瞬間、チルドレンの手が蒸発したように煙が上がる。

 チルドレンはすぐに手を離し、手に感じた痛みの跡を見て、死神を睨んだ。


「嫌だね。害虫は私に触れるな」


「その服……」


「私の服は特別製でね、特に害虫には効くんだよ」


 チルドレンの火傷した手を見て、死神は微笑んでいた。


「またいつか君たちの仲間を使って壊しに来るよ。この世界を、そして君たちの世界も」


 その言葉を残して死神は消えていく。

 蝋燭の火が消えるように、死神の姿が颯爽と消えた。


「死神……」


「ひとまず先生のもとに帰ろう」


「うん」

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