11、友達の拳

 ーー天使学校二十一日目

 今日、パンテラは生界で扉を開く。その前に私が止めないと。


「それではこれより生界へと向かう。此度は前回のようにならないよう、付き添いの教師は二人体制だ。私と、そしてシエルだ」


 口元を黒い布で覆い隠し、人形のような艶やかで長髪の髪をしている女性。一瞬人形かと疑うほどに、容姿端麗。


「シエル。よろしく」


 そっけ無い挨拶がシエル本人から行われた。

 人と話すことに興味がないのか、終始私たちとは目を合わさない。


「では生界へ行こう」


 ふと、パンテラへ視線を向ける。

 今日のパンテラはいつもと違って脅えているようで、震えていた。


「今回の討伐対象である怨霊は、前回の討伐対象よりも少し強いくらいだが、実戦あるのみだ。全員、心してかかれ」


「「はい」」


 クラス全員で大きく返事をする。

 これから二度目の実戦が始まる。その中で、パンテラの心には霧がかかったまま。


 今すぐ彼女の鎖を解くこともできたのかもしれない。

 それでも今の私には、そんな力はなかった。


「では行こう。生界に」


 全員で生界へと向かう。

 二度目の生界は、前回のように人が多く、多くの建物が建て並んでいる。もしこんなところで怨霊が大量発生したとすれば、この世界は混乱の渦に叩き込まれる。

 それだけは阻止しなくては。


「近くには怨霊はいないようだな。だが……」


 メイサエルは不気味な気配を感じていた。怨霊の気配、それが無数に各地に存在していたからだ。


「シエル、少し話がある」


「私もだ」


 シエルもまた、メイサエルと同様に気配を感じていた。

 普段の生界とは少し違う、明らかな違和感。


「授業の続行はする。だがいつ怨霊たちが襲ってくるかは分からない。シエルには援護を頼む。たとえ数が多くとも、弱ければお前の力で一掃できる」


「御意」


 シエルとメイサエルのこそこそ話に熱中していた。

 気付けばパンテラを見失ってしまった。


「まずい、パンテラが……」


「リアライゼ、どうかした?」


 チルドレンにこの話をするべきか、さすがに迷っていた。だが話さなければ生界はとんでもないことになる。


「チルドレン、話がある」


 そこで私はパンテラのことを話した。

 彼女がこれから何をしようとしているのか、そしてその結果何が起きてしまうのか。


「かなりまずいね。じゃあパンテラは扉を開けに行ったってことか」


「うん。一刻も早く見つけないと」


「僕はメイサエル先生に報告をーー」


「ーー待て」


 衝動的にチルドレンを止めていた。

 咄嗟に止めたその行動の意味をチルドレンは察していた。


 もしパンテラがそのようなことを企んでいると知れば、パンテラは二度と天使になることはできないだろう。

 けれど私は知っているーーパンテラが死にたがっていることを。

 パンテラに天使になってもらいたい上に、私はパンテラには死んでほしくなかった。だから私はこのことを誰にも知られたくなかった。


 その理由があったから、私は私の無意識のままに止めたのだろう。


「リアライゼ、気持ちは分かるが今は生界を優先しろ。このままじゃこの生界は滅ぶ」


「でも、それでも私は、パンテラをこのまま終わらせたくはない。お願い、チルドレン」


 チルドレンは腕を組み、しばらく考えていた。


「分かったよ。なら必ず止めろよ。パンテラを」


「ああ、絶対に止める」


「というか居場所は分かるのか?パンテラがどこにいるかなんて……」


「パンテラが開こうとしている扉には大量の怨霊が詰まっているでしょ。私は一応怨霊の気配を感じられる。感じられるのはその怨霊が強い時か、数が多い場合の方が感じやすい」


「なるほど。じゃあ分かるのか」


「びんびんに感じている。チルドレン、急ぐよ」


「はいよ」


 私は怨霊の気配を感じる方へ一直線に飛んでいた。チルドレンも私の後を追いかけていた。

 先生たちにも伝えず遠くへ行った私たちがいないことに気付き、今頃先生たちは怒っているだろう。

 それでも私はパンテラを止めたい。パンテラと一緒にこの学校を卒業したいから。


 気配をびんびんに感じている場所に到着した。

 そこはかなり大きな森の中で、周囲に人の姿もあまり感じられない。


 その森の中で私は見つけた。パンテラと思われる黄色い髪がなびく後ろ姿を。


「パンテラ発ぁぁあ見」


 パンテラに飛びついた。


「リアライゼ!?どうしてここに」


「お前を止めに来たんだよ。怨霊を解き放とうとしているお前を」


「何でそのことを」


「昨日の夜、偶然にも話を聞いていたんだ。だから私が止めに来た」


「聞かれてたのか」


 パンテラは力が抜けたように呆然とし、小さく丸まった。

 私はパンテラを離すと、パンテラはその場に座り込んだ。


「でもさ、私はやめる気はないよ。私は死にたいんだよ。死ぬためにはあの人に頼るしかない。それともさリアライゼ、君が私を殺してくれるの」


「え……」


「私を助けてよ。私が怨霊を解き放つのを止めたいならさ、私を殺してよ。お願い、私を殺して」


 それがパンテラの心からの願いであった。

 死にたい、それが彼女の願望、そして希望。


「なんでパンテラは死にたいの」


「決まっている。この世界が詰まらないから。この世界に生きていることが苦痛以外の何物でもないから。だから私は死にたいんだ」


「そうか……」


「止めたきゃ私を殺せ。そうでなくちゃ怨霊の解放は止められない」


「私は……私は……」


 殺すなんてできない。

 だから私は何もできない、けどーー


「ーー殴る」


 パンテラの頬を強く握り締めた拳で殴りつけていた。


「何を……!?」


「死にたきゃ勝手に死ね。だがな、友達を死なせるほど私は意地悪じゃないぞ。お前の目を覚まさせてやるよ」

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