10、月に覚悟を決めて
ーー天使学校二十日目。
もう既に長い日付が経過していた。
私はテスとこれまでを振り返っていた。
「もう二十日か。意外と早いね」
「本当だよ。初日のリアライゼの事件からもうすっかり時間が経っているんだよね。長いよね」
「まだ覚えてたんだ」
「忘れるわけないでしょ。初日で遅刻するなんて、もはや武勇伝にしてもいいくらいなんだから」
「それはいくらなんでも言い過ぎじゃ……」
すっかりテスとも馴染んできて、天使学校が楽しく感じてきている。
天使になるための授業はしんどいけど、友達がいれば頑張れる。
今日一日の授業も終わり、下校の時間。
私はパンテラに呼ばれ、校舎裏まで来ていた。
パンテラはクラスで一番真面目でリーダー的な役割を担っていて、とにかく明るい。
それほど仲は良くないはずだけど、私に何の用事だろうか?
「リアライゼさん、これから私に付き合ってくれない?」
「良いけど……何をするの?」
「ちょっと付き合ってくれるだけで良い。良いかな」
「良いよ」
パンテラに連れられ、私は遊楽園に来ていた。
そういえば昨日、ここでパンテラを見かけたっけ。
「ねえパンテラ、昨日もパンテラはここに来たでしょ」
「まあ、私の家はここにあるからね」
「……え!?」
ここに暮らしている人のほとんどが、成仏を拒んでいる善良な霊ばかり。天偽国で産まれた人は遊楽園には暮らしていない。
つまりパンテラは成仏を拒んでいる、ということなのだろうか?
そうこうしている内に、彼女の家に着いた。
彼女の家はお化け屋敷。
「ははっ……。ここだったか」
お化け屋敷といえば怖いイメージだけど、その中をパンテラは物怖じせずにすらすらと進んでいく。
さすがはお化け屋敷の住人だ。
彼女に置いていかれないよう、私はお化け屋敷の中を物怖じせずに進んでいく。意外にも私はお化けは怖くないのだ。
時々着いてきているか確認するように、パンテラは振り返る。
「ねえリアライゼ、あなたって本当に凄い人よね」
「私が?」
「だってあなた、初日から遅刻するし、けど叱られてからは一日も遅刻せずに学校に来ているし、いろんな意味であなたには興味が湧いているの」
「確かに初日とかは自分でも恥ずかしいくらい問題児だったね」
「私が今日あなたを家に誘ったのはね、あなたのそういうところが、いつか私を救ってくれそうな気がしたからかな」
「どゆこと?」
「友達だよ。リアライゼ」
「う、うん……」
え……どういうこと?
彼女が何を求めているのか分からないまま、結局今日一日は終わってしまった。
パンテラの家で軽く話をしただけで、私は彼女の家を去ってマンションに戻る。
「はぁ。結局何の用だったのかな?」
モヤモヤしながら、私はベッドに倒れ込む。
静かに眠りにつき、起きたのは次の日、まだ日が昇っていない夜のことだった。
「早く起きすぎた。さすがに眠ぃな」
目を擦り、私はベランダに出る。
この世界にも当然朝と夜がある。朝は空に日が昇っていて明るいが、夜はその真逆として月が空に浮かんでいるだけで暗い。
「月と太陽、この世界にも居たいだなんて、君たち強欲すぎるよ」
太陽と月へ愚痴を吐きながら、私は羽を広げて真夜中の空に駆け出した。
家と家の間を高速で通り抜ける感覚、木々の中を掻き分けながら嗅ぐ自然の香り、何といっても人の少ない真夜中に自由に飛び回れる解放感、それらが私の心を埋め尽くした。
「やっっほー。やっぱこの世界は気持ちが良いね」
あまりの気持ち良さに、一時間も飛び続けてしまった。
私はマンションの屋上に着地する。
「さて、そろそろ寝るかな」
寝ようと、屋上から自室へと戻ろうと足を踏み出したその時だった。
街の方で、暗いながらもパンテラと思われる人物が白いローブを着た男と一緒に歩いているのが見えた。
「パンテラの奴、こんな暗い時間に何してんだ?ま、私が言えたことじゃないけど」
私は部屋へ戻ろうとしたが、昼のこともあってか少し気になり、気付かれないようパンテラの後をつけてみることにした。
羽音も立てず、私は二人の会話を盗み聞く。
「死神さん、本当に私にできるでしょうか」
「きっとできるさ。だって君はちゃんとこの世界を恨んでいるじゃないか。そんな君にだからこの世界を壊すことだってできる」
優しく、好青年のような声で、死神と呼ばれている白ローブの男が言う。
「でも……」
「君が心配しているのは友達のことだろ。大丈夫だよ。君がこの鍵で扉を開いたとしても、封印されていた怨霊たちが生界に解き放たれるだけで、この世界には一切の関わりはない」
「たとえそうだとしても、生界の人たちは少なからず被害を被るんだよね」
「成仏したくはないのか?」
それを言われたパンテラは、黙り、口を閉ざす。
「君が死にたいのであれば、私はいつでも君を殺そう。だがそのためにはまず、これをこなしてもらわないとね」
「はい」
「じゃあこの鍵で既に伝えてある場所にある扉を見つけ、そこを開いてよ。そしたら大量の怨霊が生界を喰らうから」
パンテラは、断らなかった。
ただ黙って鍵を受け取って、その鍵をじっと眺めていた。
彼女には彼女を縛る鎖が二つある。
ひとつは生きようとする父、その父から与えられた生きてほしいという鎖。
もうひとつは死にたいという、彼女の自身が自分を縛りつける鎖。
その鎖に縛られ、彼女は自由を失っていた。
自由という概念を束縛され、そんなことを夢見ることすらできなかった。
ただ彼女は死にたい、それだけだった。
それに私は気付いてあげられなかった。
一人で苦しんでいたパンテラの気持ちを、もっと早く理解してあげられれば良かったのに。
「パンテラ……」
「明日、また生界に実戦に行くんだろ。頼むよ。パンテラ君」
白ローブの男は去っていく。
パンテラは鍵を眺め、自分の決断に迷っていた。
私に何ができるだろうか。
せめて話くらいは、とパンテラがいる場所へ出ようとした。だがその時、パンテラは呟いた。
「母さん……。あなたは今どこにいますか。私は今、今から過ちを犯そうとしています。そんな私は多分、あなたに嫌われる。それでも私はやり遂げなくてはいけないーー私のために」
その声は、酷く悲しく、寂しそうだった。
彼女にかけてあげる言葉が見つからず、考えている間に、パンテラはいなくなっていた。
「明日、大量の怨霊が生界に放たれる。それを止められるのは、私だけだ」
次こそは止めないといけない。
そうしないと、パンテラはきっと後悔するから。
自分を恨み続けたまま死ぬなんて、そんな人生の終わり方、させたくない。
私は誓った。
救いたい、ただそのためだけに。
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