9、鎖の中のパンテラ

 先日の一件で負傷したメイサエル先生に代わり、しばらくの間は別の先生が担当することにーー

 なるはずだったのだが、メイサエル先生は意外にもたった一日で復帰し、これまで通り普通に授業をしてくれた。


「メイサエル先生、復帰早っ」


「リアライゼ、口動かす暇があるなら手を動かせ」


「はーい」


 剣を素振りを再開する。

 一時間素振りを終え、それから三時間座学を終えると、今日一日の学校も終わった。


「よーし。帰ろうっと」


 伸びをし、帰ろうとしている私のもとに、チルドレンとテスが話しかけてきた。


「リアライゼ、これから遊楽園にでも行かない?」


 遊楽園、この天偽国にある娯楽場。

 そこには生界から参考にした多くの娯楽施設があり、私たち天人にとっては一度は行ってみたい場所であることには間違いなかった。


「良いね。行こう」


 噂だけでしか聞いたことがなかった遊楽園に行けることへの楽しみに、私は胸が張り裂けそうだった。


「それじゃあ行こう」


 私たちは遊楽園に向かった。

 そこはまるで夢の中のように、モヤモヤとしている。そんな場所。

 その夢は悪夢などではなく、幸福に包まれた愛しき夢。そこにいるだけで心が温かくなって、ここにずっと居たいと思えるような場所。


「初めて来るけど、ここは噂通り面白いね」


「へえ、チルドレンも来るの初めてなんだね」


「まあね。僕はここに来てから日が浅いから」


「ん?」


 チルドレンもここで生まれたわけじゃないのか?

 生界で死んでからこの場所に来たのだろうか?


 そういえばチルドレンには他のクラスメートとは何か違う雰囲気を感じていた。

 先日の実戦でも明らかに私たちを越える力を見せたりして、チルドレンの素性を私は知らない。


「ねえ二人とも、この店さ、面白そうだよ」


 そう言ってチルドレンが指差したのは、見るからに怖そうなお化け屋敷。


「お、お化け屋敷!?」


「面白そうじゃん。お化け役の人を逆に怖がらせてあげようよ」


「恐すぎるよ」


 この学校に来て、一番一緒に入るのがチルドレンだけど、私はまだチルドレンのことを全然理解できていない。

 チルドレンは少し、というかとても変わっていて、時折恐く感じることもある。


「じゃああっちの運動場行こうよ。運動なら負けないからさ」


「すごい自信だね……」


「まあね。実際僕は強いからさ。けど、そんな僕でも勝てない敵はやっぱりいて、上には上がたくさんいる。だから僕はもっと強くならないといけない。強くなきゃ、面白くないしね」


 やっぱチルドレンは分からない。

 それでも向上心や目標は、私たちと同じように持っている。


 チルドレン、テスと私はこの遊楽園を巡っていた。

 こんな楽しい一日は初めてだ、そう思えるほどに楽しい一日を過ごせて、私は大満足だった。


 帰り際、私はあるクラスメートの影を見た。


「あれは……パンテラさん?」


「どうしたの?リアライゼ」


「いや、気のせいかな。まあ居たとしても別段不思議じゃないだろうけど」


「とりあえず帰ろうか。そこそこに疲れたし」


 私たちは遊楽園を後にした。



 リアライゼたちが去ったのを建物の陰から確認すると、彼女はーーパンテラは隠れていたその場所から顔を出した。


「はあ。まさかクラスメートがいるとはね。でも、彼女らとの関係も残りわずかで終わる。それまではしばらく息を潜めていよう」


 パンテラは隠している。

 これから行おうとしている、あることを。


 彼女が向かった場所は、遊楽園にあるお化け屋敷。そこには無数の幽霊が漂っている。

 そこを平然と通り抜け、パンテラはある人物のもとまでたどり着いた。


「もう学校は終わったのか。パンテラ」


「お父さん……」


 パンテラの前には、骸骨の仮面を被る父が座っている。

 父は骸骨の仮面を外し、素顔を晒した。その顔は酷く痩せこけていた。


「パンテラ、おかえりなさい。食事ならまたお小遣いをあげるから、それで買ってきなさい」


「うん。分かった」


 知っている、父から愛情を注がれないことくらい。

 私は不倫相手との間に産まれた邪魔な子供。私は必要とされていない。

 だから私は天使になって、いつか父のもとから一人立ちする。そうすればいつか、私は自由を獲得できる。

 こんな束縛された家庭で、私はいつまでも生きたくはない。


「パンテラ、天使にはなれるのか?」


「なるよ。なったらお父さんのもとから居なくなるつもりだから」


「そうか……」


 父は何も言い返さない。

 相変わらず父はーー弱い。

 そんな父が、私は嫌いだ。

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