8、死戦

 怨霊を討伐し、今日の授業も終わった。

 私たちは戦っていないけれど、初めての戦いの緊張感で精神的に疲れていた。座学で話を聞いていた時はそれほど疲れないと思っていたけど、いざ戦ってみると実践は違う、ということが身に染みて感じた。


 高い建物の屋上で、私たちは休憩をしていた。

 メイサエル先生は周囲を静かに見ていた。


「メイサエル先生、どうかしたんですか?」


「おかしい。さっきの怨霊は倒したはずなのに、気配が消えないままだ」


 真剣な表情で周囲を眺めている。

 やっぱ実践は違う。今日討伐対象だったあの怨霊の他にも、怨霊がいたのだろうか。


 チルドレンがメイサエル先生の挙動を気にしながら、


「なあリアライゼ、さっきみたいに気配を感じたりしてないのか?」


「私は、感じてないかな……」


 先ほどまで震えていた身体は、今は微動だにしていない。

 私がなぜ先ほどまで怨霊の気配を感じれていたのだろう、やはり距離と怨霊の階級が関係しているということは分かるのだが、私がどの範囲まで感じられるかは分からない。

 それはこれから実践で学んでいくしかないか。


 天使、というものの強さに衝撃を受けつつ、私はメイサエル先生を見ていた。

 視線をメイサエル先生に固定していると、マリオネットの足取りで私は先生のもとまで歩いていた。


「あれ?何してんだろ」


 自分でも理解できない行動に、私は疑問を持っていた。

 そんな疑問はもやの中に消えていく。脳内がもやで包まれていくように、意識がおぼろ気になっていく。


「リアライゼ、どうかしたか?」


 一瞬、私の腕が無意識に動きかけた。

 頭にかかっていたもやは晴れて、私は意識を取り戻した。


「あれ……私……」


「リアライゼ、今は忙しいから話なら後にしてくれ」


「は、はい」


 私は何をしていたのだろう。

 自分の意識が一瞬、ほんの一瞬の間、意識が遠退いていた。


 私はメイサエル先生から離れ、クラスメートが集まる生徒たちのもとへと戻ろうとした。

 その時、メイサエル先生の背後から巨大な黒鳥が突進してきた。メイサエル先生はその気配に気付き、槍を握り締めて振り返り様に黒鳥目掛けて横薙ぎに振るった。

 黒鳥の顔に槍の一撃が振るわれる。だが黒鳥の突進が止まることはない。


「お前ら、逃げろ」


 私たちは足早に空へ避難した。息も止まるほどの奇襲に、私たちは現状を理解できていなかった。

 先ほど黒鳥が突撃してきた建物の屋上には巨大な穴が空き、亀裂が走っていた。


「この建物に干渉を……!?」


 その瞬間、私たちには戦慄が走る。

 これほど大きな建物に干渉できるほどの強さを、少なくともこの怨霊は持っている。


 それだけじゃない。

 屋上には黒鳥の突撃を受けたメイサエル先生が倒れている。


「先生……」


 誰もがその状況に固まっていた。

 頼れるメイサエル先生が倒れている。


 黒鳥は上空に逃げた私たちを見ている。

 天使見習いの私たちに、この化け物を止める術はない。


 黒鳥が視線を上げたのを見て、私たちは即座に直感した。

 ーーまずい、死ぬ。


 黒鳥は翼を大きく広げ、私たちへ向け飛んできた。

 その突撃は私たちを吹き飛ばすには容易なほど、強く、そして速い。それを止められる生徒は、このクラスには誰もーー


 黒鳥の突撃を、一人の生徒が剣と槍をそれぞれの手で構えて防いだ。


「チルドレン!?」


 チルドレンは黒鳥の突進を両手で構える剣と槍で受け止めていた。だがそれも今にも限界が近づいているようで、両手からは血が流れ出ている。


「全員、メイサエル先生を連れて天偽国に戻れ」


 皆呆然として、動けない。


「死にたいのか。早くしろ」


 大きな声でチルドレンは叱るように叫んだ。

 私は動揺した状態の中、メイサエル先生のもとまで下降する。先生を抱え、私は上空にある亀裂へと羽を広げて羽ばたいていた。


「皆、行くぞ」


 私が先導をするんだ。

 動けずにいた生徒たちは私の後を追うように飛翔し、天偽国へ逃亡を図る。

 その際にも、チルドレンは必死に黒鳥の動きを止めようと必死になっていた。


「まずい……。もう、無理……」


 チルドレンは限界を向かえていた。

 死を間近に控えた死地にいながら、チルドレンは自らを犠牲にして黒鳥を一秒でも長く止めようとしていた。

 だがとうとう、チルドレンの剣が折れた。ドミノ倒しの最初の一つ目のように、その瞬間にチルドレンは体勢を崩していき、黒鳥につけ入る隙を与えた。


「ここで終わりか……」


「いいや、まだだ」


 黒鳥の右の翼を一本の槍が斬り裂いた。

 赤く輝きを放っている槍、それを握るは赤い長髪を風になびかせる美しい女性ーーメイサエルだ。


「私の生徒に手出しするな。怨霊め」


 メイサエルは頭から血を流しながらも、槍を握って再び黒鳥と向かい合っていた。

 黒鳥は翼を広げ、メイサエルを威嚇する。だが片方の翼だけでは飛んでいるバランスもとれず、ふらついている。


「私と、私の生徒を攻撃したその大罪、私が今この槍で貫こう」


 メイサエルは槍を華麗に回し、上空を華麗に舞っていた。そのまま黒鳥の頭上まで飛翔し、黒鳥の左の翼を斬り飛ばした。

 翼を失い、怨霊は飛ぶこともままならない。


「とどめだ。怨霊よ」


 メイサエルの槍は黒鳥の頭部を貫いた。

 それとともに黒鳥の動きは停止し、体は灰となって消失していく。


「生徒に手を出したんだ。当然の報いだろ」


 怨霊に捨て台詞を吐き、メイサエルは生徒たちのもとへと駆け寄る。

 幸いにも、生徒たちの多くがほぼ無傷で、唯一負傷したチルドレンも命に別状はなかった。


 最初の実戦怨霊討伐で、生徒たちは怨霊の恐ろしさを理解した。

 それが引き金となり、生徒たちは強くなりたいと、そう思う生徒が多く現れた。


 天偽国へと戻った生徒たちは、一層目標が具現化している。





 ーー生界

 黒鳥によって粉砕された建物の屋上に男が一人座っている。白いローブを一枚羽織、両手には手袋をつけ、顔全体をただ真っ白い袋で覆い隠している奇妙な男。

 彼は黒鳥が倒されたのを思い出し、ふと呟く。


「やはり今回の怨霊程度では天使は倒せないか」


「でもまだあの子にあの霊がいるじゃん」


 彼の隣には女性が立っている。

 白髪に白い麦わら帽子を被り、白いワンピースを着た少女。


「そうだな。だがその種が芽を咲かせるには、まだ先になりそうだ」


 やがて天使学校で大事件が起こる。

 その予兆を、彼らは静かに唱えていた。この生界で。

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