怨霊事変

7、怨霊討伐訓練

 ーー天使見習い十日目


 私は、もうここに通ってから十日が経った。

 最初は遅刻ばかりしていた私だけど、あれから私は一度も遅刻はしていない。

 まあ、当たり前のことなんだろうけど。


 メイサエル先生は教卓に立ち、


「今日の授業は天使になるため、必要不可欠なことだ」


「また新しいことですか」


「今回ばかりは気を抜くなよ。気を抜いた者から死ぬ恐れがある。それが今回行われる怨霊討伐」


 一瞬でクラス全員の空気が重くなった。


 既に座学で、怨霊というものを私たちは学んでいた。

 怨霊、それは死後、恨みや妬みが怨念と化し、生界の調律を乱している存在。

 その怨霊を倒すのは天使の役目。


 だから天使見習いになった私たちは、いつか戦うことを覚悟していた。


「今日、私たちは生界へと行く。生界に住む人間たちにはもちろん私たちを視認することはできない。当然怨霊も人間が視認することができない」


「でも干渉はできるんですよね」


「ああ。しようと思えばな。強い怨霊であればあるほど、その怨霊は大きな範囲に干渉することがある」


 つまり世界に干渉する力が弱ければ弱いほど、怨霊自体もそれほど強くないということ。


「今回の怨霊はそれほど強くはない。干渉している範囲からして、弱小だ。だからといって気を抜くな。怨霊の力の源は怨念。怨念が強まる前に早急に仕留めるぞ」


 これから、始まる。

 初の戦闘が。


 私たち天使見習いは三つの武器を先生から渡される。


「お前たちに渡した三つの武器は剣、槍、弓の三つ」


 それら三つの武器は色の塗られていないレンガのように、純白で真っ白い。


「それらの武器は使えば使うほど色がつく。戦えば戦うほど各々様々な色がつき、そして強くなる」


 なんか、かっこいい。


「それらの武器は怨霊に効果的だ。それらの武器を駆使し、戦え。天使見習いども」


「「「はい」」」


 教室全体に生徒の返事が響く。


「では行こうか。生界へ」


 生界。

 そこには多くの人間が暮らしている。人間だけでなく、動物なども暮らしている。


 生界へ行くためには、この不安定な世界の上空には亀裂が走っている。

 その亀裂をくぐり抜けた先には、生界が存在している。


 メイサエル率いる生徒十三人は、生界へとやって来ていた。

 皆背中から羽を生やして。


 メイサエルの背中に生えている羽は人一人分ほどの大きさがある。

 それに比べ、生徒たちの羽は小さく、握り拳ほどの大きさしかなかった。



「ここが生界……」


 初めて見る生界に、生徒らは静かに驚いていた。

 無数のビルが建ち並び、人混みだらけの生界。


 ーーそんな世界には潜んでいる。

 目には見えない怨霊がーー


「メイサエル先生、本当に私たちの姿は見えていないんですかね?」


「見えていたら皆空を見て写真の一枚は撮るだろ」


「確かにそうですね」


 全員が和やかなムードに包まれ、楽しそうにしている。

 これから怨霊との戦いがあるだなんて思えないほどに。


「怨霊の気配を感じれている者はいるか?」


 生徒の誰も手を挙げない。

 私も当然、怨霊の気配を感じることはできていなーー


 と思ったその時、私の腕に痺れが走った。

 体は自然と身震いを起こす。


「リアライゼ、今何か感じたか」


「はい。何というか、腕が少しピリッとしました」


「初任務にしては、敏感な体じゃないか。リアライゼのように、天使の素質があるものは怨霊に対して体が反応しやすい」


「では今のが、怨霊の気配の感覚なんですか」


「よく覚えておくと良い。これからもきっと役に立つ」


「はい」


 私は少し誇らしかった。

 自分には天使として素質がある、それが分かったから。


「怨霊を追い詰めるぞ」


「「「はい」」」


 私たち天使見習いは、怨霊討伐のため、怨霊目掛けて空を飛ぶメイサエル先生を追いかけていた。

 メイサエル先生が空を飛ぶ速度は速く、私たちでは着いていくので精一杯。


 十分飛び続け、メイサエル先生は羽を止めた。

 先生の前には、全身黒色のぬいぐるみが一体空中に浮いている。


「お前ら、あれが今回の討伐対象だ」


 全身黒色の、クマのようなキャラのぬいぐるみは、人の形をしていて、身長は二メートルはある。


「これが……怨霊……」


 初めて見る怨霊に、私たちは各々武器を構えた。

 その怨霊の前にいるだけで、私たちは極度の緊張に襲われる。それほどにその怨霊の威圧は鋭く、恐ろしく、重たい空気を放っている。


「怨霊が目の前にいる。その場合、天使がすることとは何ですか?」


「皆、授業通りにやるよ」


 クラスのリーダー的役割のパンテラさんの声かけにより、私たちは授業で習ったことを実践していた。


「怨霊を前にした時、まずは退路を塞ぐ」


 私たち生徒十三人は、怨霊の退路を塞いでいた。

 逃げ場を奪われ、怨霊は戸惑っている。


「とどめは俺が貰ったぜ」


 ガキ大将のレイグレンが剣を握り、怨霊の真下から飛び上がった。その勢いのまま、レイグレンは怨霊へ剣を振り上げた。

 レイグレンの一撃は怨霊の右腕を斬り飛ばした。だが左腕の一振りを顔に受け、レイグレンは真横に吹き飛んだ。


「グレン……」


 怨霊へとどめを刺そうと、今度はチルドレンが槍と剣をそれぞれ片手で構えながら、怨霊へと斬りかかる。

 怨霊はそれに気付くと、真下へと急降下して街へ逃げる。


「すみません先生。逃がしました」


「まあ最初はそんなものだ。ここは私に任せておけ」


 真下で待ち伏せていたメイサエルは赤色に滲んだ槍を構え、その槍で怨霊の首をはね飛ばした。


「つ、強い」


 クラスの全員がそう思った。

 首を斬り飛ばされた怨霊は、たちまち全身が徐々に灰になって消失していった。


「さすが先生……」


 先生のカッコ良さに、私は身震いを起こしていた。

 たった一撃、少しも無駄な動きがないまま、先生は怨霊を倒してみせた。


「やっぱこの人、本当に天使なんだ」


 改めて実感する先生の凄さ。

 今まで私たちは、教師としてのざっくりとしたことしか知らなかった。それでも今日、私はこの生徒の凄さに驚いていた。

 こんなにも凄い人に、私たちは教わっているのだと。




 ーーだがこの時、誰も気付いていなかった。

 本当に賢しい相手が、すぐ側に潜んでいたことを。

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