6、家族
少年は必死に訴えかけていた。
「父さん、母さん、もうこんなことはやめてよ」
「「またお前か。アルビス」」
強面の男と、特攻服を着た女性はアルビスという少年が現れたことに苛立ちを感じていた。
「お前ら、今日のところは帰るぞ」
「俺らも帰るぞ」
二組はそれぞれ自室へと戻っていく。
「また……逃げるんだね」
アルビスはそう寂しく呟いた。
その表情は酷く寂しそうで、悲しそうだった。
「はあ。ところであなた方はなぜこのような状況に巻き込まれているのですか?いまいち状況が呑み込めないんだが」
「私たちは天使見習い。天使学校から課題を出されてここへ来た」
「天使学校……。あなた方天使はそんなことまでしてくれるんですね」
「アルビス、だっけ。君はあの二人の子供なのか?というかあの二人が夫婦だとしたらなぜ喧嘩をしている?」
アルビスは淡々と語り始める。
「父さんと母さんは、この天の世界に来る前、つまり死ぬ前から夫婦だったんだ。けど死んでから、二人はなぜか仲違いをするようになった」
「原因は?」
「多分、死ぬ前の喧嘩が原因なのかな」
アルビスは少し思い出していた。
父と母の喧嘩となった、その出来事を。
「喧嘩の原因は……僕なんだ。僕はあの日、父と母と喧嘩をした。それは本当の些細な理由で、でも子供の僕には事の大きさを判別することなんてできなかったから。だからあの日、僕はーー」
その話を、アルビスは躊躇っていた。
彼の話をリアライゼ、チルドレン、テスは黙ったまま聞いている。
「ねえ天使見習いさん、僕は、見たいな……。父さんと母さんが昔みたいに笑い合っているのを」
アルビスの本音。
それを聞いたリアライゼは、
「任せておけ。その依頼、天使見習いが引き受けた」
アルビスの願いを叶えるため、リアライゼは再び扉の前に立つ。
たとえどんな目に遭おうとも、アルビスの願いを叶えたかった。
それを原動力に、リアライゼは動き出す。
「でもリアライゼ、どうするつもりだ?」
「私に作戦がある」
リアライゼは作戦を思いつき、それを実行する。
その作戦の内容は、ケーキを差し出すというなんとも単純な方法。その作戦にテスは案をつけ足す。
アルビスの父アルビオンに、アルビスの母アルバスからという嘘をつき、ケーキを差し出す、というもの。
「良い案だな、テス」
「いえ。まだ成功するか分かりません」
「良いんだよ。挑戦あるのみ」
リアライゼはケーキを買い、帽子を被って顔を隠して一号室の前に立つ。扉をノックし、誰かが出てくるのを待つ。
出てきたのは、アルビスの父アルビオン。
「ん?なんだ?」
「アルバス様からお届け物です」
そう言われ、アルビオンは満更でもないようにケーキが入っている箱を眺めていた。
それと同時、帽子越しのリアライゼの顔もじっと見ていた。
(大丈夫。さすがに気付かれてない。だから大丈夫……)
「お前、さっきのガキだろ」
「……ち、違いますよ」
「全員、ランチャー用意。一斉に撃て」
砲弾がリアライゼへと飛んでくる。
リアライゼは逃げるようにしてその場を足早に去っていく。
「ごめんなさぁぁあい」
作戦1、失敗。
「よーし。次の作戦行こう」
第二作戦。
リアライゼは切り替え、仕切り直す。
「次はあえて挑発する」
「挑発って……一番やめといた方が良いですって」
「私に任せておけって」
リアライゼは自信満々で宣言し、二つの部屋の扉の間に立ち、叫ぶ。
その間、アルビスたち遠く離れた場所から見守っていた。
「チルドレンさん、テスさん、あの人は一体何なんですか?」
「さあ、俺たちにも分からない。だがひとつだけ言えるのは、彼女は僕たちとは少しだけずれている、ってことだけかな」
もしかしたら彼女なら……
そんな期待をアルビスは抱き始めていた。
「リアライゼ……」
期待を抱かれる中、リアライゼは叫んでいた。
「お前ら、バカバーカ。アホアホ」
「あ……。この人やっぱ駄目だ」
抱いていた期待が、失望へと変わるのは早かった。
リアライゼの挑発に踊らされ、アルビオンとアルバスの集団は重火器を持ち、リアライゼへ向け一斉に砲撃を開始した。
「はぁ。期待した僕が馬鹿だったよ」
リアライゼはり泣き叫びながら逃げていく。
「誰だ。挑発した奴は」
「私じゃありません」
何とかアルビオンらから逃げきったリアライゼは、息を切らして壁に背をつけ、荒い呼吸で疲弊しきっていた。
だがリアライゼは諦めてはいない。
「よし。第三作戦行こう」
「リアライゼ、さすがにもう良いよ」
アルビスは諦めかけていた。
「諦めちゃ駄目だよ。きっと何か解決方法はある。だから頑張ろう」
リアライゼは元気よく第三の作戦を始めようとしていた。
そのリアライゼの腕を掴み、アルビスは止める。それでもリアライゼは無理矢理一号室と二号室の扉の前まで歩いていった。
「アルビス、なぜ止める?」
「もう良いんだ。これ以上何をしても、父さんと母さんは仲直りできないんだよ」
「それでも、頑張ろうよ。諦めないで頑張ろうよ」
「無理だよ」
「アルビスは見たくないの?父と母が仲直りをするのを」
「見たい……けど、無理だ。だってその原因は僕にある。僕があの時意地張って家を飛び出して、車に轢かれていなきゃ、きっと今頃家族で楽しく生きて暮らしていたんだ。なのに……全部僕のせいだ」
少年は背負い続けていた。
己が犯してしまった、忌まわしき大罪を。
「だから良いんだよ。もう……」
アルビスは悲しそうにしていた。
その様子を見て、テスは動き出した。
二号室の扉を叩き、必死にアルバスへ叫び始めた。
「少しで良いからアルビス君に顔を見せてあげてください。このままずっとぎすぎすしたままじゃ、後悔する」
内気な性格のテスは必死に叫んでいる。
その姿にリアライゼは掻き立てられていた。
「アルビス、君はやっぱ両親に会うべきだよ。このまま仲違いをし続けたままで良いんですか?君にはさ、君の家族がいる。だから今、少しだけでも精一杯向き合おう。失敗したら、その時はまた私たち天使見習いが精一杯支えますから」
リアライゼの優しい笑みを向けられ、強がっていたアルビスの心は氷が太陽の光を浴びせられるように溶けていく。
「なら頼むな。失敗したら僕はきっと泣いてしまう。その時は僕を励ましてくれよ」
「ああ。だからぶつかってこい。失敗を恐れずに、恐れながらでもぶつかって」
アルビスは一号室と二号室の間の壁に向け、灰色の翼を勢いよくぶつけた。その衝撃に壁には大きな亀裂が走り、巨大な穴が空いた。
アルビオンとアルバスは、二人並んでアルビスと向かい合っていた。
「父さん、母さん。僕、二人のことが大好きだよ。これは僕からのわがままなお願い。聞いてくれる……かな?」
顔を赤らめながらも、アルビスは胸中にしまっていた思いを二人にぶつけた。
その思いを受けて、アルビオンとアルバスは顔を見合わせる。その時の表情は重火器を持っていた時とは違い、優しい表情をしていた。
「今更こんなことを言って良いのか分からないけどさ……やり直そう」
「……ああ。俺も、そう思っていたところだ」
二人とも照れていた。
その二人は、青春時代を思い出す。
初めて出会った日のことを。
ーーねえアルバス、俺はアルビオン。これからよろしくな
その時は思いもしていなかった。
結婚が、子育てがどれほど大変なものなのかを。
それでも今、こうしてその苦労を乗り越え、幸せを掴むことができた。
「アルビス、ごめんね」
「長い間、迷惑をかけた」
あの頃の二人が、側にはいた。
「ずるいよ……ずるいよ……」
アルビスは涙を流し、喜んでいた。
泣いているアルビスを、アルバスとアルビオンは優しく包み込む。
「これにて課題は達成だな」
リアライゼは満足そうにしていた。
「それじゃあ帰ろう。私たちの学校に」
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