2、リアライゼ退学?

 ーー天使見習い二日目


 14名の天使見習いが入学してから二日目の朝。

 教室に集まっているのは13人。


 メイサエルはため息をこぼした。

 教室の外から聞こえるうるさい足音を聞き、メイサエルは教室の扉を開け、廊下を走っている少女を見た。


「今日も遅刻か?リアライゼ」


「セーフ」


 リアライゼは元気良く教室に入った。

 だが少女が教室に入った時、集合時間から既に二分が経っていた。


「リアライゼ、セーフじゃないぞ。遅刻だぞ」


「いえいえ。ギリギリ間に合ったじゃないですか」


「間に合ってない。二分遅れている」


「二分でしょ。セーフじゃないですか」


「二分もだ。まだ五秒や十秒ならまだ許してやる。だが二分だ。二分も遅刻したんだ」


「でも昨日は二十分遅刻したんですよ。だから今日はセーフじゃないですか?」


 リアライゼのハチャメチャな理論に、メイサエルはため息を吐きすぎて喉がカラカラになっていた。


「リアライゼ、とにかくお前は廊下に立っていろ」


「えぇぇぇぇ」


「ええじゃない」


 リアライゼは廊下に立たされた。

 問題児のリアライゼに、メイサエルはさすがに呆れていた。

 廊下で立っているであろうリアライゼに呆れながら、メイサエルは既に集まっている13人の生徒に授業をする。


 廊下で立つリアライゼに、教室の一番後ろの席に座っている少年が興味深く意識を向けていた。


(へえ、リアライゼか。随分と面白そうな子がいるんだね)


 一時間ほどの授業が終わり、休み時間になった。

 メイサエルは廊下に立っているはずのリアライゼのもとへと行く。だがそこにリアライゼはいなかった。


「あの野郎……」


 リアライゼの行動に、少年はさらに興味をそそられていた。


 少年は屋上へと向かった。

 やはりそこには、リアライゼがいた。

 リアライゼは横たわり、青白い空を見上げていた。


「リアライゼ、メイサエル先生が探してたよ」


 少年はリアライゼへと言った。

 だがリアライゼは特に驚きもせず、ただ静かに、まるで風の流れのように淡々と言う。


「そ。まあ大丈夫でしょ」


「リアライゼ、お前、面白い奴だな」


「私が?というか君は誰?」


「俺はお前と同じ天使見習いのチルドレン。よろしくな」


「へえ」


 リアライゼはチルドレンの顔をじろじろと見ていた。


「そ。よろしく」


 リアライゼとチルドレン。

 二人はこの日、お互いの顔を知り、名前を知った。

 出会ってまだ二日、そんな二人は少しだけ、お互いに惹かれているように感じていた。


 二人が顔を見合わせていると、屋上の扉が開いた。

 入ってきたのはメイサエル。


「リアライゼ、こんなところにいたのか。廊下に立っていろと言ったはずだろ」


「良いじゃないですか。廊下に立っているのが面倒だったんですよ」


「ったく……。ん?チルドレンも一緒か」


「丁度外の空気が吸いたくて」


「そうか。だがもうすぐ二時間目が始まる。早く教室に帰れよ」


「はーい」


 チルドレンは残念そうに教室へ戻っていく。

 しかし相変わらずリアライゼは屋上でのんびりと、ぐったりしている。


「はあ。やっぱお前は問題児だな。それで天使になれると思っているのか」


「なれますよ。天使なんてなろうと思えば誰にでもなれるものでしょ」


「誰でも……ね」


 リアライゼのその発言に、メイサエルは少し腹を立てている様子だった。

 爪が食い込むほど強く拳を握り、メイサエルはリアライゼに言う。


「お前には天使は向いていない。だから今日限りでお前を退学処分とする」


「……え!?退学?」


 先ほどまで平然としていたリアライゼだが、それを聞いた瞬間、さすがに動揺を見せていた。


「ちょっと待ってください。私が、退学ですか!?」


「天使っていうのはな、そんな簡単な天命じゃないんだよ。天使っていうのは人の心に向き合ったり、時に命がけで戦わなくちゃいけなかったりと、大変な天命なんだ。それを誰にでもできるようなことだなんて侮辱したお前には、天使にはなれない」


 メイサエルの怒りは本物だった。

 声を荒げたりはしないものの、その無表情からは怒りが感じられる。


「リアライゼ。ここは天使になるための学校だ。天使に向いていないお前がこの学校にいる資格はない。だから帰ってくれ」


 メイサエルの鋭い視線がリアライゼに深く刺さる。

 まだ幼いリアライゼにとって、メイサエルの強い言葉は胸に痛く、強く刺さった。

 だがその全てが反論のできないもので、リアライゼは何も言い返せなかった。自分が悪いことくらい、自分でも分かっていたから。


 メイサエルは口笛を吹く。

 その音に引き寄せられるように、羽の生えた白い毛の体毛を持つ獅子のような獣が巨体を浮かせながらメイサエルの前に現れた。


天使使てんしし、そこにいる少女を家まで送り届けろ」


「良いのですか?」


 天使使、と呼ばれているその獣は普通に言葉を話した。


「ああ。天使に向いていない者はこの学校にはいらない」


「分かりました」


 天使使は足でリアライゼの胴体を掴み、羽を広げる。

 リアライゼは最後の抵抗を持って暴れるが、天使使はそれを易々とあやし、リアライゼの家がある方へと飛んでいった。


 飛んでいく天使使を眺めながら、メイサエルは呟く。


「天使は簡単な天命じゃないんだよ」


 メイサエルは懐にしまっていた御守りを取り出し、眺める。

 天使使の羽毛で作られたその御守りには、"契り"との文字が縫われていた。


「もう何年も前になるな」


 メイサエルは寂しげな表情でその御守りを眺めていた。そして思い出す。

ーーあの日のことを

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