昔語り

其の五

 少年が三才の頃、紛争地域で空襲に遭った。鉄と炭素の焼ける匂いがする中、一人の男が少年を負ぶって火の海を駆け抜けて、救い出した。其れがオヤジさんだった。

 少年はその後オヤジさんに育ててもらいながら、色々教えてくれた。先ず、生活習慣。平手打ちをされ、ぶん殴られ、ぶっ飛ばされた。骨が折れなかったのは奇跡といっていい。然し少年は持ち前の対応力で一ヶ月で完璧にこなせる様になった。次に戦闘技術。接近戦の身のこなし方、AK-47の撃ち方、対戦車砲の発射手順等々。少年が四才になった頃には、オヤジさんの部下相手に一発KOをかます事が出来る様になった。

 初陣は弱冠五才の頃だ。ほかの国じゃ幼稚園年中のよちよちだ。だが、少年は内戦という世界に身を投じた。

「いいか、よく敵を見ろ。隙を衝け。ヘルメットと背中の防弾チョッキの間の首だ。」静かにスコープを合わせる。そしてトリガーを引いた。バンッ、と乾いた音がして弾は狙いに一直線に飛んで政府軍の格好をした兵士に命中し、倒れた。その瞬間他の三人の政府軍の兵士が銃を構えるが、少年は連射した。全て当たった。茂みの中から出てきて死んだかどうか確認する。死体から装備をネコババして撤収しようとしたとき、ふと後ろを振り向いた。そして軽く手を合わせた。その時はなぜそのようなことをしたのか解らなかった。キャンプへ戻るジープの上でオヤジさんは「これが戦場だ。」と呟いた。

 それ以降少年は戦歴を重ねた。十歳の頃、少年は或る夜、廃墟になったこの国の第二の都市を歩いていた。ここ最近になって反政府ゲリラが勢力を拡大していた。そして激戦の末に其の都市を掌握し、首都占拠まであと一歩の所まできた。何しろ、アメリカからの支援が増えたのだ。武器弾薬に前の三倍程に余裕が増えた。それに対して政府軍の方はロシアの財政難の影響もあってか、支援量が減ったらしい。おまけに以前みたいに景気よく最新装備を支給しなくなり、今じゃあソ連のお古しか廻してこない。

 建物の中から物音がした。急いで銃を構える。そこに二人の少女がうずくまっていた。姉妹らしい。「怪我は無いか」そう尋ねると姉の方がヒステリックな声を上げた。「やめて!、殺さないで!いじめないで!」余りの声の大きさに自分自身でビックリした顔を一瞬見せてすぐに恐怖におびえる子猫の様な顔に戻った。「落ち着け!落ち着け!殺さないから落ち着け!」銃を床に置き、丸腰になった。二人の少女のぐっすんという泣き声が聞こえる。「本当に何もしないの?」妹の方が聞いてきた。「嗚呼、おまけに俺は十歳だ。」そう聞いて二人は恐る恐る近づいてきた。「本当だ。ガキだ。」銃を仕舞いながら聞いた。「さて、これからどうしたい?」そう聞くと、「ところで君、何してるの?」と返ってきて、呆気にとられた。「何って、反政府ゲリラの一員だよ。五歳からこの仕事だ。」姉妹は顔を見合わせた。そして少年の顔を見た。「ウソ―⁈マジで⁈」確かに異様な経歴であることには変わりないが、そこまで驚かれるのは初めてだ。

 「私はアン・ペルガーテといい、十一才です。こっちは妹のマリーで九才です。あなたは?」マジか、年上か。「俺はクニオだ。さっきも言った通り十歳だ。」そう言った。「ふーん、そうか年下か。」なんかアンさんがねちっこい。少年は女子と話をするのが初めてだ。そーですよ。初心者ですよ、DESUYO!。あと突然のタメ口、やめてくれ。なんか癇に障る。そう言う悶々とした気分でアンと歩いていった。あとマリーさんが重い。あのひと悶着の後すぐに寝るし。足怪我したアンさんの代わりに負ぶっているが何か憎たらしい。イライラが募る。あと少しで我慢の限界という時に、「お兄ちゃんありがとう。」というマリーさんの寝言が聞こえた。胸の中をポカポカとした何かが満たして、イライラが収まった。

 「そういえばクニオってここら辺の名前じゃないね。」アンさんがふと聞いてきた。「何かオヤジさんが、ああ、上官ね。で、オヤジさん達がそう呼ぶから。」実際名前の由来は知らない。

 「見えてきたよ、米軍避難キャンプ。」アンの顔が落ち着いた様に見える。キャンプに入ろうとすると、「オイ、クニオ!」と聞こえて来た。「オヤジさん!」瓦礫が撤去された道を一台のジープが走って来た。オヤジさんが車から上半身を乗り出すのと同時にジープは止まった。「何だ、クニオ。オッ!これまた別嬪な女子じゃねえか。お前の女か?ええ?いつの間に?この野郎!黙ってるなんて水臭いだろ!」嗚呼、オヤジさん酒酔いモードだ。普段はメッチャクールなのに、こんなんは残念だ。そしてこういう時は合理的判断が出来ない。ったくいつもの酔い覚まし行きますか。「ちょっと耳塞いでろ。」アンさん達にこう言うと、MP5を取り出した。コイツはドイツ製の短機関銃だ。あと壊れにくい。そして空に向けて、撃った。ダラララララ。機関銃特有の繋がった発砲音がする。「何だ。敵襲か?」いつものオヤジさんに戻った。「全く此処陥落させたからといって、酔っ払ってちゃあ、首都攻略なんて無理ですよ。」「ったく、いつから口が達者になったんだ。」いつものオヤジさんに戻った。「それで何で米軍キャンプに来ているんだ、お前?で、其の別嬪な女子は誰だ?」オヤジさんは酒飲んだ時、別人格が現れるせいか、記憶まで曖昧になる。「東地区で拾ったんだよ。で、難民キャンプに連れ帰った訳だ。」「じゃあ、俺の知り合いのスワンソン大尉に掛け合ってやるわ。」そう言ってオヤジさんはキャンプの中へ消えていった。

 1時間経った。何も音沙汰がない。てことは、オヤジさん現在進行形で酒飲み中確定。そして、暇だ。其れ以降、アンさんもマリーさんも黙っている。話をしようにも話題がない、話題が!こっちは戦場上がり、そっちは街の娘だから共通の話題すらない。只AK-47を持って周辺を警戒するだけだ。欠伸ひとつすると、ウィーンというモーター音が聞こえて来た。何だと思って懐中電灯を音のする方に向けると、そこにはドローンがざっと数十、否、数百だ。それが一斉に米軍キャンプに向けて飛んでいっているのが見えた。「ヤベッ」そう本能的に感じ取り、アンさんとマリーさんを庇った。二人の顔が恐怖に歪んだ。しかしこっちが元々物陰にいたおかげか、気づかれずに済んだ。オヤジさん達が心配だ。急いでキャンプに行こうとすると、二人が少年の服の袖を引っ張った。「怖いんか?」そう聞くと二人とも首を縦にブンブン振った。「じゃあ、夜明け迄待つか?あと二時間あるぞ」またもや、首を縦にブンブン振った。星の無い夜だった。

 「夜明けだ。」G-SHOCK で時刻を確認しながら言った。「じゃあ行くぞ。」そう言ふと二人はゆっくり一回頷いた。米軍キャンプまで歩いていく。此処から十分もかからない。が、昨夜まで立派に建っていたバラックの庁舎が崩壊している。そして、米軍の車輛や兵士がひっきりなしに行き来している。敷地に入り、オヤジさんを探す。仮救護所に入ると凄い血の匂いがした。死体も床の上を転がっている。避けながら歩いていくと、オヤジさんがベットの上で米軍の医官と下手な英語でやり取りしているのが見えた。「大したことないから、さっさと退院させろ!」「アンタは重症なんだ。骨五本も折れていて。静かにしろ!」凄い形相で互いに睨み合っている。間に入っていけない。然しオヤジさんは少年に気づいた。「おお、クニオ。生きてたか。」「何があったんだ!」「嗚呼、政府軍の奴等がドローン攻撃を仕掛けて来た。」「やっぱり。」「そして、ひとつやばいことが分かった。」何だろうか。少年には見当が付かなかった。「中国が中立策を破って政府軍を支援し出したんだ。実際、あのドローンは中国製だった。」まじか。「それだけじゃない。」と隣のベッドでノートパソコンを弄ってるアメリカ人が言った。「おおそうだった。スワンソン大尉。」この人がスワンソン大尉か。見た目情報将校っぽい。「我が軍の秘匿回線のアラームが上がっている。なぜなら中国が大規模な派兵をしてくる可能性が上がったからだ。これを見ろ。」そう言ってノートパソコンをこっちに向けて来た。「あのー。」少年は訪ねた。「そんなにホイホイ機密を部外者に言っちゃて良いんですか?オヤジさんならまだしも、俺だけじゃなくて、コイツらも居るし。」そう言ってアンさんの方に目配せした。「否、構わない。あとお前は米軍の同盟軍の奴だろ。だから構わない。それにそいつら難民だろ、早い話。」確かにそうだ。少年は首を縦に振った。「だったらそいつらが生き残るために、情報を渡すのは別に構わない。皆殺しが俺たちの目的じゃないからだ。寧ろ多くの人に助かってほしい。」そう言ふ彼は格好良く思えた。

 「それはそれで、この衛星写真を見ろ。中国西部のシガツェ基地には通常配備されていない大型輸送機Y-20が全三十機集結している。恐らく中には空挺部隊と物資が積み込まれているであろう。そして此処からシガツェ基地までは航続距離が足りないが、ロシア軍が空中給油機をイレギュラーに発進していることから、ロシアの空中給油を受ければ、此処迄届く。そして我々は大急ぎで撤退している途中だ。こっちは工兵部隊三千だから、勝ち目が無い。」「此処折角占拠したのにまた撤退?」「そうだ。」オヤジさんは呟いた。「此処から二十キロ南に国連のキャンプがある。そこにコイツら行け。あとお前も難民という扱いでこの国を脱出しろ。」

 少年は驚いた。今まで一緒に戦って来たオヤジさんにこんな事を言われるとは。「そんな、オヤジさんと一緒に行くよ。」「ダメだ。」オヤジさんは冷徹に言った。「どうしてだよ!」少年はオヤジさんに怒鳴った。「お前は、今の状況を分かっているのか!俺たちは敗北寸前になったんだぞ!此処を占拠するのに同志の半分以上を失った。彼らに報いる為に此処は死守するが、お前は、お前だけは生き、延びろ!」「どうしてだよ。ワンさんもトルカッチさんも皆んな此処で死んだ。俺も此処で死にたいのだよ!」「お前は元々此処の人間じゃ無い。」オヤジさんは有無を言わせぬ迫力で言った。少年は一瞬怯んだ。「どういうことだよ!皆んな仲間、同志、同胞じゃ無いのかよ!」「お前は仲間だが同胞じゃ無い。これを見ろ。」

 そう言って古びた黒い冊子を鞄から取り出した。「これをやる。」「JAPAN PASSPORT 」と書かれている。そして、中を開いて見て少年は戦慄した。そこには「KUNIO SIRASAWA 」と書かれていた。

 「お前を見つけた時に横に落ちていた。大丈夫だ。確かに拾った時のお前の顔だ。それに」「そういうことじゃなくて!」オヤジさんが喋るのを遮るのは初めてだ。「何で黙ってたんだよ。」小声で呟いた。オヤジさんも黙った。「とりあえずこれでキャンプで必要な措置を講じてもらえ。分かったな。」日差しでパスポートの所有者情報の頁がキラキラ光った。何も言えなかった。「これは命令だ。この二人を国連の難民キャンプに連れていくこと、そしてお前は日本へ帰国すること。」そしてオヤジさんは今まで見たことのない様な穏やかな顔をした。そして立ち上がり、武器を持って救護所の外に出た。「お前達が脱出できるぐらいの時間は稼いでやる。」いつもの威勢のいい声で言った。そして「じゃあな」と言ってそこを去った。少年は泣いた。そして「オヤジさん!生き残って絶対日本にやって来て下さい!」と叫んだ。オヤジさんは歩きながら手を挙げて、親指を立てた。

 そっと肩を叩かれた。振り向くとアンさんとマリーさんが「早く行こう。」と言った。そして米軍のトラックの所に行くとスワンソン大尉が「早くしろ!」と叫んだ。そして乗り込もうとすると、スワンソン大尉が白文字でUNと書かれた水色のヘルメットをくれた。「トラックの後ろの方に立って持っている武器で警戒しろ。」トラックの車列の最後尾を少年が乗るトラックは走る。スワンソン大尉も一緒に立ってくれた。

 夕日の沈む大地の上を難民を乗せたトラックは国連キャンプに向かって走っていった。

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