第5話 最後の夜とその胸の温かさ

 ひとしきり泣いた明人はどこかすっきりした気分になった。

「人間はね、体から何かをだすとすっきりするものよ」 

 絵津子はどこか意味深な笑みを浮かべた。


 そのカフェを後にした二人は自宅に帰宅した。

 両親のいない日はインスタント食品かスーパーなどで買ってきたお弁当ですませることが多い明人であったが、今日のその日は絵津子が作ってくれるというので楽しみであった。

 明人の記憶ではおばあちゃんは料理上手だった。


 絵津子は花柄のエプロンをつけてキッチンに立っている。

 制服からニットのワンピースに着替えていた。

 それはスタイリストの母親のものだった。

 サイズはちょうどいいんだけど胸が苦しいわね。

 そう言い胸元をのばす絵津子。

 のばされたワンピースの襟首から豊かな胸の谷間がかいま見えた。

 頭の中で肉親だとわかっていてもどきりとして、胸の鼓動が高鳴るのを明人を覚えた。


 その日の晩御飯は豚のしょうが焼きとワカメの味噌汁、きんぴらゴボウ、小松菜と揚げ豆腐の煮浸しであった。

「ちょっと作りすぎたかな。あまったら明日食べてね」

 またうふふっと絵津子はあの可愛らしい笑みを浮かべた。


 二人でその日は絵津子の手料理に舌鼓をうった。

 絵津子の料理は甘くて優しくて、心と体に染み渡った。

 しょうが焼きにははちみつを入れるのが私流よと絵津子は言った。

 今度、つくってみようかなと明人は思った。


 お腹いっぱいになった二人はテレビで絵津子が昔でたという映画を見た。

 タイトルはレディ・ドラゴンの復讐というものだった。

 画面の中の絵津子はチャイナドレスを着ていて、とてもセクシーで可愛らしかった。アクションをするたびに揺れる胸とスリットから見える白いふとももが眩しかった。

 明人は久しぶりに夢中になって映画を見た。

 隣をちらりと見ると画面に写る人物とまったく同じ顔があった。

「この廃工場の撮影は大変だったわ。今みたいにCGとかなかったし。全部実際にやったんだからね」

 絵津子は言った。

 画面の中の絵津子は人相の悪い敵役に飛び膝蹴りをきめていた。



 疲れた明人は眠くなって、ついうとうととしてしまった。

 気がつくと絵津子の膝枕で寝ていた。

 まぶたを開けると絵津子のとびきりかわいい顔がある。

 後頭部には太ももの弾力抜群のやわらかさ。

 これは心地よく、どこか安心できる。

「ほら、このまま寝たら風邪ひいちゃうわよ」

 うふふっと絵津子は笑い、明人の髪をなでた。



 シャワーを浴び、明人は自室のベッドにもぐりこんだ。

 この日の夜のベッドはせまかった。

 風呂がありの絵津子がそのベッドに入っていたからだ。

「今日は一緒に寝ようね」

 明人はその申し出を断れなかった。

 絵津子の話ではすでに交通事故でこの世を去っており、今いるのは死神という者の力でわずかに生にしがみついているのである。

 タイムリミットはもうすぐだ。

 絵津子はそのボリュームいっぱいのおっぱいに明人の顔をおしつけた。

 両手をのばし、明人に抱きつく。

 明人も両手をのばし、絵津子の体に抱きつく。

 絵津子の体温を忘れないために、記憶にとどめるために、明人は自分の体を絵津子のはりのあるそれでいて柔らかな体を力いっぱい抱き締めた。

 絵津子の巨乳に顔をおしつけているとそれはそれは心地よく、そして安心できるのだった。

 明人は自分でも気づかないうちに眠ってしまった。

 絵津子はそんな明人の頭髪を優しくなでた。

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