逃亡先で

逃亡先で-1

 最北端の石碑に夕日が落ちる。


 観光客が途切れること無くその前に立ち、カメラを向けるのを、軽トラックの運転席から眺めている。


 美葉からの電話を受け、新千歳空港に向かったが、空港を通り越して気付くと苫小牧にいた。苫小牧の港でしばらく海を眺め、逃げていてはいけないと思い立ちまた車に乗った。まっすぐ引き返すつもりが室蘭に向かっており地球岬に降り立った。そのまま南下して函館に着いた。北海道最南端の白神岬で何をしているんだと自分を罵り、当別に向かって北上したつもりだったが、道東方面に向かっており襟裳岬にたどり着いた。これではいけないと思いつつ更に東に向かい納沙布岬で歯舞島を眺めた。こんな最果てで何をしていると自分を叱りつけて向かった先は羅臼港。知床峠を越えてウトロの港に着き、更に秘境に来たことに愕然とした。このままではいけないとハンドルを握ったはずだが、何故か北海道最北端の宗谷岬にいる。


 走行距離は、1885㎞。東京~福岡の門司港間往復に匹敵する距離だ。


 自分の愚かさに呆然として、思考停止したまま海を眺める。日中は遠くに島影が見えた。恐らく、サハリンだろう。最北端の海は薄暗くて冷たい風が吹き付けている。


 美葉に会いたい。

 でも、会いたくない。


 工房の鍵をかけただろうか。――多分、かけていなかったと思う。中に入ったら、自分の為体たいたらくぶりが白日の下にさらされる。何をしているのだと呆れられてしまうだろう。


 いっそこのまま、旭川に帰ってしまおうか。


『美葉の気持ちを踏みにじって、勝手に去っていこうとするなんて、許さないから!』


 佳音の声が耳に蘇る。


 美葉は樹々で働くことを目標に、京都で懸命に修行しているのだという。

 がっかりさせてしまう。こんなはずでは無かったと思うだろう。


 溜息をつく。


 観光客は楽しげにはしゃぎ、寒空の下を歩いている。観光バスが止まり、また人が降りてきた。最北端の石碑に向かう人、土産物屋に直行する人、トイレに駆け込んでいく人。


自分だけが、この世の中から切り離されてしまったように感じる。


 正人はスマートフォンを手に取った。


 電源をずっと切っていた。

 切り離されたのでは無いなと思う。自分から断ち切ってしまったのだ。


 ふと、胸に恐怖がわいて来た。


 もしかしたら、このまま世界から切り離されて戻れなくなってしまうのでは無いか。そんな概念が沸き起こり、孤独と恐怖に胸が押しつぶされそうになった。


 すがるような気持ちで、スマートフォンの電源を入れる。


 ゆっくりと点滅をして、久しぶりに画面に光が灯る。そして、無数の不在着信と、未開封のメール、LINEのメッセージが目に飛び込んできた。


 美葉、健太、佳音、陽汰、錬、保志、悠人、和夫、波子。孝造からも連絡が来ていた。

 でも、怖くてメッセージを開けることが出来ない。


 突然、スマートフォンが震え、着信を告げる音が流れた。

 ぎょっとして画面を見ると、陽汰の名前が現れた。


 陽汰が、電話……?


 言葉を話すことが難しい陽汰が、電話をかける。それは、とても勇気がいることだと分かる。

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