前髪の下-2

 撮影スタジオにはアッシュとのえると陽汰しかいない。よくドラマに出てくる白いホリゾントにやたらと大きな発光機械。エレクトロニックフラッシュと言うらしい。


 アッシュはのえると陽汰を下から上に眺め、ふーんと唸った。


 「身長差が、問題だね。」


 首を左右にひねった後、スチールの椅子をひょいと持ち上げてホリゾントの中央に置いた。上下に大きく揺れながら歩く人だなと陽汰はぼんやりと思う。あまりの事態に思考回路がショートしていた。


 「ねぇ、のえるだっけ。」

 「はい。」

 アッシュはのえるを指さした。流石ののえるも緊張した面持ちで頷く。


 「あんた、どこまで脱げんの?」

 自分の顔からさっと血の気が引いたのが分かった。


 のえるの肩にも力が入った。のえるは答える代わりに黒いラメのニットを脱ぎ捨て、スキニーのジーンズも脱いだ。下着がかろうじて隠れるくらいの黒いキャミソール姿になる。


 「いいね。座って。」


 アッシュは表情一つ変えずに椅子を顎で指した。のえるはまっすぐ進んでそこに座り、挑発的に足を組んだ。


 「良い度胸してるね。……じゃあ君、上裸になって後ろに立ってよ。」


 言われるがまま、服を脱ぐ。人前で服を脱ぐことなど高校の体育の授業以来だ。なんとなく恥ずかしく感じる。のえるがあれほど躊躇無く服を脱ぎ捨てたのにだ。


 「良い身体してんじゃん。」


 アッシュがにやりと笑った。当たり前だ。毎日農業で鍛えている。作られた筋肉じゃ無いんだぜと心の中で言い返す。


 のえるの後ろに立つと、アッシュはカメラシャッターを押した。その度に、エレクトロニクスフラッシュが強烈な光を放つ。のえるはシャッターを切るたびに身体の向きを変えたり、腕の動きを変えたりしてポーズを撮っている。陽汰は身動き一つ取れない。


 「のえるは撮られることになれてるね。」

 「子供時代ちょっとモデルやってたから。ダンスもしてたし。」

 「なるほどね。見せることに慣れてるんだ。」

 「そうよ。どうやったら自分が綺麗に見えるか、自分が一番よく知っているわ。」

 「素敵だね。自信のある子は好きだよ。」


 何気ない会話を交わしながら、シャッターが切られていく。陽汰は完全に傍観者だった。


 アッシュが顔を上げた。その唇が意地悪く持ち上がる。


 「肩紐、ちょっとずらしてよ。」


 のえるが一瞬躊躇したのが分かった。それでものえるの手が自分の肩に伸びる。陽汰は自分の頭にカッと血が昇るのを感じた。


 反射的に、のえるを抱くように腕を回し、その手を握った。そして、アッシュを睨み付けた。


 フラッシュがたかれる。眩しいが、その光を睨み続けた。緑色の残像がチカチカと視界を舞う。


 アッシュはにやりと笑ってカメラを下ろした。

 カメラをのぞき込み、画像をチェックする。


 「良いのが撮れたから、おしまい。」

 そう言って、上下に揺れながら近付いてくる。


 「ね。」


 カメラの中に、のえると自分が映し出されていた。


斜め下に顔を向けたのえるは、上目遣いに前方を見つめる。湖の水面のように、静かな眼差しはフラッシュのせいなのか青みがかっていた。その白い身体を抱きしめる男の視線は野獣のように鋭い。


 静と動の二つの視線は、同じものを見つめている。


 アッシュは満足げにカメラを自分の方に戻した。


 「のえるは自分たちをよく見せる方法をよく知ってるから、基本的にはやりたいようにやったらいいと思うよ。動画配信主体でやりたいんならそれでもいい。でも、ライブはやったほうがいい。だってさ、ライブって気持ちいいんだぜ。」


 アッシュは陽汰の肩に手を置いて、耳に顔を近づけてきた。


 「気持ちよくって、勃っちゃうぜ?」


 ぼっと顔が熱くなる。アッシュはクスクスと笑いながらぽんと肩を叩き、そのまま足早にスタジオを出て行った。


 しばらくぽかんとしていたが、ふとのえると目が合う。のえるが下着姿であることに気付き、陽汰は慌てた。のえるの服を拾い集め、差し出す。


 ふふふ、とのえるが笑った。


 のえるの顔が近付いて、一瞬唇が重なった。

 「陽汰、格好良かったよ。」

 のえるはそう言って微笑んでから、ニットを被った。


 『勃っちゃうぜ?』


 アッシュの声が耳に蘇り、また顔が熱くなった。

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