種明かし-3

 看板に視線を移し、大きく息を吐いてから保志が言った。


 「え!?」

 美葉は保志の顔を凝視した。


 「髭親父って、正人さんのおじいさん?」

 「そうや。」

 保志は肩をすくめてそう言った。美葉は保志を睨み付けた。

 「どういうことよ。」


 保志はやれやれ、と首を横に振った。

 「これは隠しておきたかったんやけどなぁ。」

 「またかよ、このタヌキ親父。」


 ゼンノーの社長夫人で涼真が懇意にしている茶道家の息子、という正体を隠していた上にさらに正人の祖父と繋がりがあった事を隠していたなんて。不信感がむくむくと湧き上がってくる。


 「そんな、怖い顔で睨むなや。」

 保志は苦笑した。


 「髭親父の会社の家具はなかなかええセンスしてるからな、家具付きのリフォームの時は取引させてもろうてた。今は正人に頼むけど。」

 「でも、それを聞いた事は無いよね。なんで内緒にしてたのよ。」

 「正人には教えてやらんとあかんことがまだまだ仰山ある。俺の後ろにあの過保護なじいさんの陰がちらついたら、甘えが出るやろ。」


 むっとへの字に口を曲げたが、そう言われるとそうかもしれないと思う。保志の横で、悠人がクスクスと笑った。


 「正人さんがこの体育館に来ることになったのはやっさんの手引きさ。」

 「悠人!」

 保志が悠人に咎めるような目を向ける。悠人は保志に小さく首を振って見せた。


 「勘が良い美葉ちゃんなら、話が上手すぎるってすぐに気付くさ。ここはちゃんと話しておいた方が良い。」

 保志は片方の眉をぎゅっと上げて悠人を見た後、ふうっと溜息をついた。


 「ま、そうやな。美葉にはこれからも協力して貰わんとあかんしな。


 ……髭親父の娘さんが自殺して、その息子を引き取ったっちゅう話は前に聞いとった。久しぶりに髭親父に会うたら、そいつが突然工房を開くと言うてきかんと困り果てとった。俺はやりたいようにやらせたらええと言うたんやが、髭親父は心配やからと手元から離したがらへん。


 まぁ、大事な一人娘が自殺して、息子はちょっと風変わり。社会で独り立ちできるようになるかも怪しい。心配するのも仕方が無い。そやけど、失敗せんと成長も出来へん。若い内から頭ぶつけなあかんやろ。それで、俺が面倒見てやるから一編外に出してみ、と勧めたんや。


 とりあえず一年。あかんかったら連れて帰ったらええやろって。……一年目で、様子見に来たやろ?髭親父が。」


 美葉は頷いた。正人がやってきて一年が過ぎようとしていた早春に、孝造がやってきた。家の裏のベンチで話をしたことを思い出す。正人に面立ちがよく似た、品の良い老人だった。


 その風貌を思い出し、ついでに正人に出会った時のことを思い出した。


 「その割には、出会った時は死にかけてたよ、正人さん。」

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