あの人を好きな理由-6
そう言いながら、食べ終えた弁当箱に蓋をした。改まった口調に、ドキリとする。佳音は一度唇を真一文字に結んでから、切り出した。
「私ね、前の彼氏に洗脳されて、暴力を受けていたの。」
淡々とは吐かれたその言葉に衝撃を受けて美葉は咀嚼を忘れた。
「そいつは、女を服従させて言うことを聞かせる事でしか愛情欲求を満たせない人だったと思う。これまでも何人か同じ目に遭った人がいたみたい。
私は要領の悪さを利用されたの。自分が側にいないと看護師になれないと思い込まされてていたのよ。
実家に帰る事も、健太達と連絡を取る事も咎められて、孤立させられていたわ。」
怒りがこみ上げ、握り混んだ拳で箸を割ってしまった。佳音は苦笑いを浮かべて折れた割り箸ごと両手を握った。
「凄く追い詰められて辛いときに、美葉が異変に気付いてくれた。美葉がいなかったら、私どうなっていたか分からない。」
握った両手に、佳音は顔を埋めた。
「ありがとう、美葉。」
そんなことを言われても、今すぐに加害者を殴りに行きたい気持ちは収まらない。恐らくあの時だと思い当たる。何でも無い体を装って電話をかけてきたが、息遣いで泣いていることに気付いた、あの電話だ。
あの時ほど、すぐに駆けつけていけない距離のもどかしさを感じたことは無かった。
佳音の手にぎゅっと力がこもる。
「これは、誰にも言ってないことで、この先も美葉にしか言わない。」
顔を上げずに言う佳音の声が震える。
「私、性的な暴力も受けていたの。痛くて、血まみれになることもあった。」
自分の顔から、血の気が引いていくのが分かった。
「錬と、そういう関係にいざ進もうと思ったとき、フラッシュバックがおこって怖くなってできなかったの。」
佳音が、何故こんな目に遭わなければならないのかと、涙が溢れてくる。
「でも、錬は時間をかけて一緒に乗り越えてくれた。何回も、何回も一緒に乗り越えようとしてくれて、駄目でも大丈夫だって言ってくれた。……だからね。」
佳音の手が一つはずれて、自分の下腹部に触れたのが分かった。
「この子は、私が錬と一緒に沢山のことを乗り越えた証でもあるの。」
自分にとって、佳音はそんな暴力とは無縁の存在だった。純粋で、真綿のように柔らかで、だれよりも大切にされるはずの存在だった。その佳音が愛する人と結ばれるために大きな壁を乗り越えなければならなかったことを悔しく、悲しく思う。涙がこぼれて、その肩に顔を埋めた。
佳音の手が、そっと背に延びた。
「私は今、とても幸せだよ。……次は、美葉の番だからね。」
佳音の手が、背中をポンポンと叩いた
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