あの人を好きな理由-5
タイミングを逸したのは、正人だけでは無く待ち続けた自分もなのかも知れない。
うーん、と唸りながら、佳音は卵焼きを口に放り込んだ。ゆっくりと噛みしめながら、天井を見ている。そして、ゴクリと飲み込んでから、美葉の顔を見た。
「美葉は、樹々が再開できるようにしようとしているの?」
「そう、だけど。」
改めて問われると、出来るかどうか自信は無い。けれど何もしなければ悪評を残したまま樹々が終わってしまうことになる。それだけはしたくない。自分と正人で築いたこの場所が、そんな悲しい終わり方をするのだけは受け入れられないと思っていた。
「美葉が樹々が再開できるように準備できたとして、それでも正人さんが樹々はもう辞めたいって言ったら、どうする?」
卵焼きを丸呑みしそうになる。
正人が、樹々を辞める。それは、仕事が上手く行かなくなったからで、そこを何とかすれば正人は樹々を再開すると信じて疑わなかった。
しかし、もう家具を作るのが嫌になったと言われたら、どうしたらいいだろう。
「樹々の正人さんと一緒に仕事をするのが美葉の夢だけど、ただの正人さんになったら、まだ、美葉は正人さんのことを好きでいるの?」
「そんなの……。」
即答できない。
正人の顔を思い浮かべる。
そもそも、自分は正人のどこが好きなのだろう?
顔?
正人は確かに美形だが、それは違うと即答できる。
「正人さんなんて、一緒にいても大変なだけだよ。そもそもアラサ一の癖に一人で生きていけない人なんて、だめじゃん。やめときなよ。」
冷たく突き放すように、佳音はお握りを囓った。
胸の辺りがムカムカしてくる。佳音は正人の本当の良さを知らない癖に。正人はおっちょこちょいで、頼りなくて、すぐに泣くしみっともない。だけど。
だけど、の次が見つからない。
だけど。
「私にしか分からない正人さんの良さがあるの!」
思わず叫んでしまう。
自分にしか分からない、正人の良さ。
では、それって何?
そう聞かれたら、上手く応えられないけれど。
佳音は、ふふふっと声を上げて笑った。
「そうだよね。昔から、そうだった。」
そう言いながら、お握りを囓る。
「だったら、多分大丈夫だね。」
微笑む佳音の顔を、呆気にとられて見つめる。
――佳音は、綺麗になった。
幸せなオーラと、大人の色気がどこからともなく佳音からにじみ出ている。
自分の背中に隠れてばかりいた佳音は、いつの間にか看護師として誇りを持って働き、大人の女性としての幸せも手に入れた。美葉は親友の姿を眩しく感じ、目を細めた。
お握りを食べ終えてから、佳音はふっと息を吐いて美葉を見つめた。
「美葉。」
ゆっくりと、自分の名を呼ぶ。美葉はん?とお握りを頬張りながら首をかしげた。
「誰かから聞く前に、自分の口から伝えておきたいことがあるの。」
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