あの人を好きな理由-2
窓の外から、十二時を知らせる音楽が流れる。屋外で作業をする農業家に時刻を知らせるため、七時、十二時、十八時に防災無線を使って「恋は水色」を流す。それは一日の仕事を始める合図であり、昼休みを促す音楽であり、一日の労をねぎらう音楽である。
「お昼ご飯、食べる時間だ。」
やりかけた仕事はまだ山に様にある。空腹は感じるが、満たすために作業を中断するのは面倒だと思い、パソコンに目を落としたときだった。
勝手口がきしむ音を立てて開いた。はっと、期待を込めて振り返ると、佳音が立っていた。
「正人さんじゃなくてごめんね!」
ニヤニヤと笑っている。
「もう、そんな期待してないよ!」
「嘘嘘、明らかにがっかりしてる!」
そういいながら、紙袋を卓球台の上に置いた。
「お弁当作ってきたよ。」
「本当に!?佳音って神ー!」
思わず顔が綻んでしまう。佳音はフフ、と笑った。なんだか余裕の笑顔に見える。もうすでに、肝っ玉母ちゃんになりそうな風格を見せている。
森山家はそういう家系なんだろうな。
ふっくらとした丸顔に、くりくりとした天然パーマの佳音を見つめる。
全てを包み込んで、周りの人を安心させてくれる空気を、産まれながらに持つ家族。……いや、そういう空気の中で育つから、この包容力が育つのか。
自分は、ギスギスしているなと思ってしまう。いつもなりふり構わず走り回り、余裕が無い。
「一緒に食べよ。食べたら、私札幌に帰るんだ。明日から、仕事に復帰する。」
「……もう?」
「忌引き休暇は今日まで。明日からは、通常営業です。」
すまして言いながら、プラスチック容器と割り箸を手渡す。洗い物が出ないように気を遣ってくれたのだろう。
「大変だね。」
受け取って、弁当箱の蓋を開ける。
卵焼き、ウインナー、きんぴらゴボウ、ほうれん草とベーコンの炒め物、ミートボール、ノリで巻いたお握りが二つ。
「凄い!作ってくれたの!?これ全部。」
感激していると、佳音は苦笑して首を横に振った。
「ほうれん草は昨日の夕食の残りだし、きんぴらゴボウはうちにあった常備野菜。ミートボールはレトルト。昔美葉が作ってくれたような全部手作りの幕の内弁当とは違うよ。」
そう言えば、高校生の頃はどんなに時間がかかっても全ての惣菜を作っていた。全力投球する場所がそこだったのだろうなと思う。
「でも、感激。人にこんな風にお弁当作って貰うの、初めてかも。」
わくわくしながら、割り箸を割る。
「料理って、楽しいなって最近思えるようになったんだよね。錬って、なんでもおいしいおいしいって言ってくれるからさ。」
佳音も割り箸を割った。
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