あの人を好きな理由-3

 「家は、節子ばあちゃんもお母さんも料理が上手だったから、実家にいたときは料理をしたことが無かったんだ。それを、凄く後悔してた。」


 佳音の言葉を聞きながら、美葉はお握りを頬張った。中には、梅干しが入っている。これは多分、波子が漬けたものだろう。種が取り除かれていて、優しい塩みと酸味を感じる。


 「波子さんが節子ばあちゃんの味を受け継いでるから、佳音はいつでもおばあちゃんの味を習得できるよ。」


 そう言ってからその事をうらやましく感じる。自分が料理を始めたのは、母が死んでからだった。スマホの動画を見ながら何とか作っていたが、母の味にたどり着くまでの焦燥感を思い出すと胸が痛くなる。


あの頃は、母がいた時間をすぐに再現しなければ、家から母のぬくもりが消えてしまうような気がしていた。自分が料理を覚えたのは、悲しみと焦りの中であったと今では分かる。


あの頃は、自分の心に蓋をしていて、痛みを感じないようにしていたが。


 「……そうだね。ばあちゃんのいも団子とか、冬至カボチャとかまだ知らないレシピが一杯ある。ばあちゃんがどんな気持ちで皆に振る舞ってたのか、そういうのも受け継いでいきたいなぁ。」

 佳音はしみじみと呟きながら、ウインナーを口に入れた。


 「お母さん、離婚するんだ。」 


 もぐもぐと口を動かしながら、佳音はポツリとそう言った。


 「え、そうなの?」

 美葉は驚いて佳音をみたがその表情はサバサバとしていた。

 「良いんじゃ無いかな。お母さん、もう充分苦しんだもの。」

 佳音は明るい表情で卵焼きを口に放り込む。


 「何にしてもお父さんが悪い。お父さんは内心元サヤに戻れることを期待してたみたいだけど、そんなに甘くないよ。お母さんはお父さんのこと大好きだったんだと思う。だから、裏切られたことを許せなかった。一番困る方法で復讐してた。それだけのこと。」

 そう言ってから、お握りを一つ手にとって頬張る。


 「ばあちゃんがいなかったら、私たち家族は本当にバラバラになってた。お母さんが出て行かないでいてくれて良かったと思う。あの女が母としてやってくるのは凄く嫌だったし。……だから、お母さんはもうのびのびと次の人生で幸せを求めて欲しいな。お父さんもね。」

 「そう思える佳音って、すごいな。」


 美葉は正直にそう思った。佳音を苦しめていた家族のいざこざも、今は達観して張本人達の幸せを望めるなんて。


 「凄くないよ。」

 佳音小さく首を横に振った。その表情がやけに大人っぽく見える。


 佳音は急に顔を上げていたずらっぽく笑った。

 「美葉ってさ、案外乙女だよね。」

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