あの人を好きな理由
あの人を好きな理由-1
明るい日差しを瞼に感じて目を開けた。
不思議なことに、布団に入るとすっと眠りについて、それから朝まで一度も目を覚まさなかった。
京都のマンションは、今や間違いなく自分の家だ。しかし、幼少の頃からずっと自分の寝床であった布団はマンションのシングルベッドよりも格段に自分を安心させてくれたようだ。こんなにまとまった時間眠ることが出来たのは、それこそ最後にこの布団で寝て以来かも知れない。
美葉は、身体を起こした。
腹の底に力が入る。窓際に歩いて行き、机の前にある窓を開けると冷たい空気が入り込んで来た。
窓の外に、体育館が見える。
期待を込めて、窓から顔を出して正門当たりを覗いたが、正人の軽トラックは止まっていなかった。
一晩経っても帰ってこないなんて。一体正人はどこへ行ってしまったのだろう。
溜息をつき、体育館の茶色い壁に目を移す。人気のない体育館の荒れた光景が脳裏に蘇る。
美葉はすっと背を伸ばした。
「……きっと、私になら何とか出来るわ。」
無意識に呟いていた。
***
工房の勝手口を開けて中に入る。窓から差し込む朝の日差しが、完成させることを放棄された家具達の影を作っている。
「まずは、現状を確認しなければ。」
目の前にある問題を、直視する。そう美葉は自分に言い聞かせた。
美葉はパソコンの電源を入れた。大きく息を吐いて、下腹部に力を入れる。
メールを開く。
そこには、きっと沢山のクレームが届いているはずだ。その全てのメールをたどっていけば、この荒れた現状を紐解く事が出来るだろう。これらの家具がキャンセルによる物なのか、何らかの不具合によって返品された物なのか、あるいは。
未納の商品なのか。
クレームを直視すると、きっと精神にダメージを受ける。しかし、そこを直視しなければ先に進めない。
震えそうになる指に力を込めて、マウスを操作する。
案の定、メールには怒りをあわらにした言葉が並んでいた。不信感や、困惑や脅し。困り果てていると窮状を訴えるものもあった。それらの文章を、隅々まで読んでから送信者毎に分類していく。胃がキリリと痛むが、唇を噛んで作業を進める。
あのテレビ番組が放送されて三ヶ月後から注文を受ける数を増やし、決めてあった上限に三件プラスして注文を受るようになった。納期が遅れてすいませんという連絡を入れるようになったのが更に三ヶ月後から。納期が遅れているのに、注文は受け続けていた。それも、駒子の茶室の依頼よりも1ヶ月前には無くなった。流石に無理だと注文を受けなくなったのだろうか。駒子の茶室の注文を受けてからは、未納の客とのやり取りは一切しておらず、克子とゼンノーの田中、つまり保志とのやり取りに終始している。
--二十四人の客が、未納のまま連絡が途絶えていた。
美葉は、深いため息をつき、自分の椅子に背を預ける。
「そら、怒るわ!」
パシッとパソコンを叩く。
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