正人の異変-2
佳音はキッチンに立ち、野菜を刻み始めた。美葉は台所仕事を佳音に任せ、遺影の母が微笑む仏壇に向かった。ガラスのコップは新鮮な水で満たされている。手を合せて、ただいまと伝える。
家の中は、あまり変化が無い。実家を出るときに家事などしたことが無い和夫と正人を残していくと、家の中が荒れるだろうと思っていた。しかし、案外和夫はこまめに掃除機をかけ、洗濯をし、美葉がいた頃と変わらないペースで生活をしていた。できるんなら、もっと早くからしてくれたら良いのにと腹が立ったほどだ。
「ねぇおじさん、土鍋とカセットコンロ貸してください。」
佳音がキッチンから振り返ると、和夫はまたぽかんと口を開け、一拍おいてからごそごそとカセットコンロと土鍋を取り出す。
「……今日は、何が起こったんだ?」
ブツブツと呟く。
「もう、いいからお店の片付けして来なよ。皆でご飯食べよう。」
美葉は父の背中を押した。
***
何が驚いたって、父親の情報キャッチ能力の無さには舌を巻くと、美葉は思った。
和夫は節子を偲ぶ会で酔い潰れて寝てしまい、あの大騒動に気付かなかったそうだ。一波乱終わった後に正人に起こされて家に連れて帰って貰ったのだという。
土鍋の中には、佳音特製のつみれの入った塩ちゃんこがぐつぐつと音を立て、食欲をかき立てる香りをふわふわと広げている。
「佳音、料理の腕上げたよね。」
視線を鍋に奪われたまま言うと、佳音は背中を叩いた。
「ただの鍋だし。」
「手作りのつみれが、美味しそう。」
これには、佳音がはにかんだ笑みを浮かべる。
「これはね、錬の大好物。我が家のヘビーローテーションよ。」
「なんかすでに新妻だね!」
背中を叩き返す。
「新妻……錬……?」
和夫がぽかんと口を開ける。ああ、面倒だと思いながら、美葉は和夫を見た。
「この話を知らないのはね、今やお父さんだけだからね。よく今日一日この話題に触れなかったよね。」
「今日は、客がほとんど来なかったからなぁ。」
暢気に呟く。店の行く末も気になる呟きだ。
「おじさん、私もうすぐ結婚するの。相手は錬。……恥ずかしながら、できちゃった婚です。」
「できちゃった婚?錬って、あの行方不明の……?」
「そうです。」
佳音は、とんすいに和夫の分を取り分けた。頬が赤く染まっている。和夫は手渡されたとんすいを手にしたまま、ぽかんとしている。
「おじさん、あの騒動の中で寝てられるなんて強者な。」
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