過呼吸の理由-4

 「過呼吸は、いつからあるの?」


手を外すと、冷静な声で問いかけてきた。美葉はこれまで見たことのない佳音の姿に圧倒されながら記憶をたどる。


 「急に忙しくなって、こっちに帰れなくなってしばらくしてからだから……、半年よりも少し前かな。まぁ、昔もちょっと、あったけど。」

 「昔って……、幾つくらいの時?」

 「お母さんが亡くなってすぐ後くらいから。正人さんが、さっきみたいに息を吐いたら良いって教えてくれてから、不思議とぱったり無くなった。」


 佳音は一つ大きく頷いた。


 「睡眠、あまり取ってないみたいだったよね。」

 「うん。……寝付けなくて。布団に入って寝付けないと、イライラして余計眠れなくなるから、それなら仕事しようって。疲れ切って寝落ちするまで仕事するのが習慣になってて。毎日大体、二、三時間くらい。」


 「少なっ。寝落ちするまで仕事するって、正人と一緒じゃん。」

 「健太は黙ってて。」


 健太が入れた茶々を、佳音がぴしゃりと声でたしなめた。ひぇーっと健太が首を竦める。


 「ご飯は、ちゃんと食べてる?」

 その問いかけには、身が縮む思いがする。


 「……栄養補助ゼリーとカップラーメン。それがベースで後はパンとかサンドイッチ。お握りはさ、お米が美味しくなくてさ。」


 「美葉。」

 佳音の目が、キッとつり上がる。


 「鉄分不足で爪が薄っぺらく柔らかくなってる。色も悪い。瞼をみても、真っ白。貧血が結構酷いみたい。肌もカサカサ。美葉は栄養失調になってると思う。お腹の調子は、どう?下痢してない?」


 厳しい顔に、渋々頷く。

 「便秘より良いかなーって。あんまりがっつり食べると胃がピックリしちゃうから、ゼリーが一番すっと栄養取れて良いんだよね。手っ取り早いし、栄養バランスも良いし。」


 「良くないんだよ。全然。」

 きっぱりと完全否定する。


 「ゼリーはあくまでも栄養補助食品で、主食になる物ではないの。ちゃんと歯でかんで唾液を出さないと、消化酵素が働かないでしょ。胃の働きも悪くなるから、急に塊をぶち込まれても対処できなくなって当たり前。


 流動食ばっかり食べてると、小腸の絨毛っていう栄養を吸収するヒダが退化するの。なにを食べても栄養を吸収出来なくなってしまうわ。


その上、たまに食べるのは加工食品とグルテンたっぷりのパン類。そういうのは、アレルギーを起こして腸壁に細かい穴を空けるの。


 リーキーガット症候群って言うんだけど、本来腸壁でガードされるはずの有害物質が身体の中に入り込んで、体中に炎症反応を起こすの。放っておくといずれ大きな病気を連れてくるわよ。」

 「は、はい……。」


 今まで駄目だ駄目だとは色々な人に言われたけれど、根拠を突きつけられると我ながらまずい状態だという自覚が産まれる。


 「それに、眠れないって言うのは常に交感神経優位だって言う証拠。過呼吸もそうよ。美葉は元々、テンションが高くて交感神経優位なタイプ。その上、休むって事が苦手なんだよ。


 お母さんが亡くなってムキになって勉強や家事やお店の手伝いをしてたときもそうだったんだと思う。


頑張る頑張るって気持ちを持続させようとテンションがさらに高い状態になるの。


で、いざ休もうと思っても副交感神経優位にならないから眠たくならない。やすらかな状態になれない。テンションが高いから、身体の不調にも気付かない。」


 「…………しゅいません……。」

 美葉は身体を小さく丸めた。全て図星で、恥ずかしくてたまらない。


 「だよな。あの頃の美葉も最近の美葉もキンキンしてたもんな。」

 健太はそう言い、佳音に怒られないかと様子をうかがう。佳音はもう、健太をとがめることは無かった。腰に手を当てて、どうしたものかと思案しているようだ。


 その姿は。


 「佳音って、立派な看護師さんになったねぇ。」


 思わず、まじまじと見上げる。佳音は困ったように微笑んだ。


 「立派なって。まだまだ頼りないナースだよ。」

 「いやいや。さっきの佳音は白衣の天使よ。」

 「……最近の看護師って、白衣着ないけどね。」

 佳音は照れくさそうに言う。それから、改めて美葉をみた。


 「今日は、消化の良いものを食べて寝よう。最低、八時間。身体を休めないと、良い考えも浮ばないわ。」


 「……はい。」

 美葉は素直に頷いた。

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