本当にごめんなさい-3
父の声を聴き、錬の肩がピクリと震えた。錬は両親の顔を見るのが怖いのだ。佳音は錬の背中にそっと手を添えた。
直視しなければならない。自分が逃げてしまったことで、どれだけの心労を両親に与えたのかを。一人で向き合う勇気がないのなら、共に向き合う。そう、手の平から錬に伝えたかった。
意を決したように、錬はゆっくりと顔を上げた。
ああ、と藤乃の口から声が漏れる。その両目から、涙が幾筋も零れ落ちる。錬は、歯を食いしばったままうつむいた。
聡の目がさらに赤く染まる。ぐっと奥歯を食いしばったのが分かった。
「顔を上げてちゃんとお母さんの方を見なさい。」
錬もまた、奥歯をぐっと嚙んだ。
「……はい。」
顔を上げた錬は、小さく震えていた。涙を流す母の姿を見て、はっと息をのむ。錬の両眼からも、涙が溢れた。
「ごめ、んな、さい……。」
しゃくりあげるように、とぎれとぎれに呟く。藤乃がたまらずに声を上げて泣き出した。
聡は一度口をぐっとつぐんでから、大きく息を吐いた。涙をこらえているのが分かる。
「……錬と、次に会うときは遺体であることを覚悟していた。」
低い声が淡々という。
「遺体でも、対面出来たら幸運だと思っていた。一生、行方不明なままだということが、一番辛い。――そんなことを、親に考えさせることがどれほど親不孝なことか、考えたことがあるか?」
錬の喉がぐっと音を立てた。体の震えが大きくなる。絨毯にぼたぼたと涙が落ちる。
「会社など、息子と引き換えにであれば何百回つぶれても構わん。本当に……馬鹿者が……。」
聡はぐっと唇をかんだ。落ち着かせるように何度か深く呼吸をする。
「佳音ちゃん。」
聡は佳音のほうに膝を向けた。唐突に名を呼ばれ、佳音の心臓は跳ね上がった。
「錬を見つけてくれて、ありがとう。」
「とんでもない!」
聡の言葉に、波子の声がかぶさる。波子は目を吊り上げて怒っていた。
「この馬鹿!なんで錬を見つけたらすぐにお父さんとお母さんにそのことを伝えなかったの!どれほど心配されているのか、あんたも知っていたはずでしょう!」
身を乗り出すのを、紀夫が両手で抑えている。佳音は藤乃に向かって頭を下げた。
「それは、母の言う通りです。すぐにご両親にだけでも伝えるべきでした。本当にすいませんでした。」
「それは、違う……。」
しゃくりあげるような息のまま、錬が言う。
「佳音は、親にだけは、無事だと、伝えようと、した……。俺が、言ったら、どこかに、消えて、やるって、佳音を、脅したんだ……。」
「脅されようとどうしようと、誰かに相談することだってできたでしょうに!それを何だい!子供をこさえるくらい長い間内緒にしていて!」
波子が大声でまくし立てるのを、神妙にうつむいて聞く。最初は何とかしなければと思っていたが、一緒に暮らし出してから出来ればこの時間が長く続けばと思っていたことは事実だ。その間、錬の両親の気持ちを考えないようにしていたかもしれない。
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