本当にごめんなさい-2

 居間に続く襖を開けると、寄せ集めのテーブルが節子の遺影と骨壺の乗る小さなちゃぶ台に向かって二列に並び、喪服姿の男達が胡座をかいて酒を酌み交わしていた。奥の台所では、その妻達が忙しそうに働いている。


 錬がテーブルの間に一歩踏み出すと、一斉に視線が注がれ喧騒がぴたりとやんだ。錬は、節子の遺影に向かってまっすぐ進む。座っている人々が、錬が歩くスペースを開ける。錬は、遺影と白い骨壺に向かって正座をし、両手を合わせた。佳音も、その隣に正座をする。


 「錬!?」


 人の波から、転がるように錬の母と父が現れる。

 錬は、自分の両親に向き直った。そして、畳に両手を突いて深々と頭を下げた。


 「お父さん、お母さん、長い間心配をかけてすいませんでした。」


 錬の母が、這いつくばるように近づき、錬を抱きしめた。声を上げて泣き出した母の背を、錬はそっと撫でた。

 「お母さん、ごめんなさい。本当に……。」

 錬の目からも、涙が溢れた。


 錬は、母の肩をそっと抑えて、小さく頭を下げた。

 「すぐ、話をするから少しだけ待っていてください。」

 そう言った後で涙をぬぐい、波子と紀夫の方を向いた。佳音もそれに習う。


 「おじさん、おばさん。心配をかけた挙句、順番が狂ってしまってすいません。佳音の腹に、俺の子供がいます。俺、ちゃんと定職についています。……佳音を、嫁に下さい。」

 畳に頭をこすりつける。佳音もその横で頭を下げた。


***


 森山家に集まる人々の関心は節子から失踪していた錬の登場と佳音の妊娠に移った。


 その群衆の好奇の目から逃れるため、錬と佳音、その両方の親たちが二階の佳音の部屋に移動した。高校を卒業したときのまま勉強机とベッドが残された六畳の部屋に入ると、錬と佳音は両方の親の前に並んで正座をした。


 錬の両親は涙をあふれさせ、佳音の両親は豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしている。


 錬は、もう一度絨毯に額がつくほど頭を下げた。


 「心配をかけて、本当にすいませんでした。」


 頭を下げたまま、もう一度謝罪する。錬の両親は目を真っ赤にし、全身の力が抜けたようになって息子を見下ろしていた。錬は、頭を上げないまま、言葉を続けた。


 「今、手稲にあるパン屋で職人として働いています。将来、自分の店を持つことを目標にしています。」

 「パン屋……?」


 錬の父聡が小さくつぶやく。口ひげを蓄え、息子と違って恰幅が良い。しかし錬の背が高いのは父からの遺伝である。従業員八人の、農業資材や機械を販売しメンテナンスを行う会社を一代で築き上げた貫禄がある。大きくはないが、町内の農家や酪農家にとってなくてはならない会社なのだ。その夫を支えてきた母藤乃は小さな体を折りたたむようにしてかがみ、息子の顔を少しでも見ようとしている。


 「大学生のころ、アルバイトでパンの魅力にはまり、この道を極めたいと思ってしまいました。会社を継がないとどうしても言う事ができず、逃げ出してしまいました。本当に、すいませんでした。」


 錬の隣で頭を下げながら、錬の頭は絨毯の中にのめりこんでしまうのではないかと佳音は心配になった。


 聡は、大きなため息をついた。


 「顔を上げなさい。母さんが、お前の顔を見たがっているんだから。」

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