空にしみわたる歌声-2

 鴨川沿いの道を片倉と歩いていた。


 茶室の引き渡しのすぐ後に、涼真はホテルのリニューアルという大きな仕事を取ってきた。これまでとは規模も動くお金も桁違いの大きさだ。いつもは片倉か美葉のどちらかが単独で行う仕事を、二人で共同で取り扱うことになった。今日も、現地で打ち合わせをした、その帰り道だった。


 一仕事を終え、緊張の糸がプツリと切れた。


 まずい。感情制御が、もうできなくなる。

 美葉は、立ち止まった。


 「どないした?」

 片倉が不思議そうに振り返る。うつむいた顔を上げることができない。


 「片倉さん、十分だけ、休憩させてください。」

 「なんや?気分悪いんか?」

 「体調不良じゃないんで。ちょっとだけ、一人にさせてください。」

 そう言い残し、川岸へ走る。


 涙が止まらない。


 本当は、葬儀に駆け付けたかった。でも、仕事があるし節子はもちろん忌引きの対象にはならない。だから、いつも通り過ごすつもりだった。仕事に没頭していれば、悲しみを無視し続けることが出来ると思っていた。

 

 しかし、それは無理だった。


 川面がキラキラと光を反射している。その向こうの空は、間違いなく故郷につながっている。


 薄曇りの、鉛色の空を見上げる。カラスの群れが通りすぎる。まるでぼた雪が空に昇って行くようだ。


 ヤーレン ソーラン ソーラン ソーラン ソーラン ソーラン


 その歌声が聞こえる気がして、空の向こうに耳を澄ます。さざ波のような空耳に、記憶の中の節子の歌声が重なる。脳裏に響く歌声に、合わせて歌う。涙に声が閊えるが、かまわず歌う。節子の声に合わせて。


 歌い終わっても、涙が止まらない。


 節子の姿が、声が、蘇っては消えていく。もう、会えない。そんなこと、信じられない。


 「節子ばあちゃん!節子ばあちゃん!……ばあちゃん!」


 空に向かって叫んだ。どうか、もう一度だけ会わせてほしい。


 かなわない望みを空に向ける。立っていられなくなり、草の上に膝をつく。


 「ばあちゃん……。」

 喉の奥から声が漏れる。涙も嗚咽も止まらない。冷たい風が頬を打つ。その風に身を任せるようにして泣いた。

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