空にしみわたる歌声

空にしみわたる歌声-1


 町内に一つだけある葬儀場は、人であふれかえっていた。身内だけで済まそうと思っていたそうだが、どこから聞きつけたのか生前ゆかりのあった人たちが集まってきたのだ。


 僧侶の読経が終わり、みんなが白い菊の花をもって順番に棺の中に入れていく。みんな一言節子に何かを伝え、最後の別れを惜しんでいた。


 正人の順番になり、震える手でその顔の横に菊の花を添えた。


 節子は赤子のように小さく体を丸めて、安らかに微笑んでいた。


 「節子ばあちゃんは、あの椅子で亡くなったのですか?」

 丸まった体を見て、正人はつぶやいた。波子が頷いた。


 「昼御飯食べた後、椅子に座って寝ていたの。様子を見に行った時には、冷たくなってた。」

 波子がつぶやくように答える。


 「じいちゃんが、迎えに来たんだろうね。」


 よっぽど、あの椅子が好きだったのだと正人は思い、節子の顔を見た。

 しわの刻まれた小さな顔に、まだふくよかだった頃の節子の笑顔が重なる。寛大で頼もしい節子も、子供のように駄々をこねる節子も、赤ん坊のように小さくなった節子も、みんな愛おしい。


 節子の思い出が胸に蘇り、涙が溢れて止まらなくなる。

 もう、会えなくなる。もう、節子ばあちゃんに会えなくなる。


 「節子ばあちゃん……。節子ばあちゃん……。」


 ぼたぼたと涙が溢れて、止まらない。


 「後ろにまだ人がいるからな。」

 和夫に肩を抱きかかえられ、立ち上がる。名残惜しく何度も何度も振り返えりながら、会場のドアに向かう人の波に合流した。


 外に出ると、北風に湿った雪が混じっていた。鉛色の空を見上げる。白い雪が、ぼたぼたと落ちてくる。空も泣いているようだ。


 参列者の間を、親族に抱えられた白い棺が通る。葬儀社のワゴン車に、節子の棺がのせられていく。


 森山家の人々は、ワゴン車の前に並び、参列者に頭を下げた。横殴りのぼた雪が彼らにも参列者にも降り積もる。


 参列者の中から、小さな歌声が聞こえた。


 ソーラン節だ。


  ニシン来たかと 鴎に問えば

  あたしゃ立つ鳥 波に聞け


  今宵一夜は どんすの枕

  明日は出船の 波枕


  男度胸なら 五尺の身体

  どんと乗り出せ 波の上


  舟も新し 乗り手も若い

  一丈五尺 のろしもしなる


  沖の暗いのは 北海嵐

  おやじ帆を曲げ 舵を取れ


  おやじ大漁だ 昔と違う

  採れた魚は おらがもの 

  

 小さな歌声は、さざ波のように広がり、やがて大きな合唱となった。正人も、涙に閊えながら声の限りに歌った。老若男女入り交じった歌声は、鉛色の雪空にしみるように広がっていく。


 佳音が、瑠璃の肩に額を付けて体を震わせる。瑠璃がその肩を抱き寄せた。

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