相談-4
固く目を閉じる。美葉の恐れが、自分が下すかも知れない愚かな選択によってだという事を知る。それでも、小さくうなづいた。
「もしも、錬がそう望むなら……。」
美葉の周りの空気が、大きく動いた。驚く間もなく、美葉の身体がテーブルを回り込んで自分の前に現われる。そして、ぎゅっと力を込めて抱きしめてきた。
もしも、錬が望むのならば、どこまででもついていく。
そう決心していた。しかし、固いはずの決意が美葉の体温に溶かされてグラグラと揺れる。佳音は美葉の背中に腕を回した手に力を込める。
抑えていたものが、身体の奥から流れ出してくる。子供のような泣き声に、我ながら驚いてしまう。
自分は、不安だったのだと知る。本来あるべきでは無い幸せに身を委ねていることも、予期せぬ妊娠も、祝福するべき命を隠して生きるかも知れないことも。
美葉は背中をゆっくりとなでてくれた。子供をあやすように。
涙は、不安を溶かしていく。
ひとしきり涙を流し声がかれかけた頃、美葉は体を離し、両肩に手を置いて顔をのぞき込んできた。
「佳音、帰りの飛行機、もう取ってあるの?」
「えっと……。まだ……。」
意外な問いに、戸惑いながら答える。美葉は素早く体を起こし、スマートフォンを鞄から取り出して画面に触れる。
「明日、新千歳空港に十時に来るように錬に伝えて。」
「……明日?」
「来なきゃ職場に押し掛けるって脅して。」
ドスのきいた声で美葉が言う。美葉の体から、殺気がどろどろとあふれてくるのを感じる。
さらに、スマートフォンを操作してから、美葉は顔を上げた。その顔には柔らかい笑顔が浮かんでいる。歩み寄ってきて、両手を取った。
「幸い、明日は土曜日。八時のジェットスターに乗って帰ろう。そこで、錬と話をしよう。私、午後の便で帰ってくるけど、最悪空港に現れなかったら本当に職場に押し掛ける時間は取れそうよ。」
「……日帰り?」
美葉は頷いて、残念そうな顔をした。
「本当は、一泊したいんだけど。正人さんの様子も気になるしね。でも、社長が大型案件をぶち込んできて帰るに帰れなくしやがったの。ほんっとムカつく!往生際の悪い男!」
また美葉から殺気がこぼれる。
圧倒されて見つめていると、美葉はふうっと息を吐いた。
「佳音、疲れているでしょ?お風呂溜めるから、その間にご飯食べよう。そして、お風呂に入ったらゆっくり寝て。私、明日やる予定の仕事今から徹夜でやっつけるから、気にせず休んでね。」
「徹夜?そんなの、悪いよ。」
美葉は余裕の笑みを浮かべて首を横に振った。
「大丈夫。飛行機の中で寝るから。往復の時間を考えたら、いつもより睡眠時間が長いくらいよ。」
新千歳空港と神戸空港間の飛行時間は片道二時間程度。小間切れに取る四時間の睡眠が、いつもよりも長いとは。美葉が痩せて目の下に隈を作っている理由の一端はここにあるようだ。
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