相談-3

 「あの、年上の彼氏の子?」

 「まさか。」


 小野寺の顔が浮び、生理的に拒絶反応が働いて即座に否定した。その後で、錬の名前を出すかどうか迷いが生じる。しかし、もうこの不安を自分の心に留めていることは出来なかった。


口が勝手に動く。


 「……錬の。」


 美葉は大きな瞳をさらに大きくして佳音の顔を凝視した。佳音は、その視線を感じながらもうつむく顔を上げることが出来なかった。


 「私、今錬と一緒に住んでるの……。」


 美葉の体が、大きく後方に傾いた。その動きに驚いて顔を上げると、美葉は口を開けたままこちらを見つめていた。いたたまれなくなり、もう一度うつむいた。


 「錬って、あの……錬?」


 うつむいたまま、頷く。

 「職場の近くのパン屋さんでパン職人として働いているの。……偶然、会ったんだ。」

 「やっぱり、手稲区。」

 「……うん。」


 銀行の支店名を使ってメッセージを送るのは錬の発想だった。選んだ支店名を聞いて、これでは手稲区にいるのがバレバレだと思っていた。


 美葉は大きく息を吐いて、体を起こした。冷静になろうとするためだろうか、首を大きく回し、その後肩をぐっと上げてから下ろした。ふっと、息を吐いてから、厳しい顔を向ける。


 「錬には、もう言ったの?」

 その問いかけに、首を横に振る。


 「言えなくて、悩んでたの。」

 「そっか……。」

 そう言って、美葉は一つため息をついた。


 「……産むつもり?」


 美葉の問いかけにこくりと頷いた。それだけは、譲らない。

 「だったら、錬に言わないと。錬だけじゃないよ、皆に言わなくちゃ。錬もいつまでも隠れてちゃだめだよ。……大体、何でいなくなっちゃったの?錬は。」


 もっともな美葉の言葉に心が痛む。

 「パン職人になりたくて。それを誰にも相談できなかったみたい。」


 はぁ、と美葉は大きく息を吐いた。


 「ばっかじゃない?」

 「……ね。」


 頷いた後、少しだけ心が軽くなっていることに気付いた。錬と一緒にいるという大きな秘密を、美葉と分かち合えたことがこれほど自分の心を軽くするとは思っていなかった。一度話し出すと言葉は意外とするすると滑り落ちていく。


 「……錬は、自分の店を出せるようになったらご両親に謝りに行くって決めているの。でも、それはまだ少し先。」

 「でも、そんなこと言ってられないでしょ?」

 美葉の言葉に、頷くしかない。


 美葉は一度口を小さく開いて、暫くしてから何も言わずに閉じ、佳音を凝視した。佳音は美葉の視線を感じながら、テーブルに並ぶ料理に目を移していく。コンビニ弁当は無機質に映り、食欲をみじんにも感じさせない。


 美葉が小さく息を吐いたのが分かった。それは、どこか恐れを抱いている息遣いに感じた。


 「佳音。もしかして……。」

 美葉は一度言葉を飲み込んだ。美葉の視線を額に感じる。


 「もしかして、錬とどこかに行くつもり……?」

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