赤い線-2

 昼休み、サンドイッチを頬張りながらスマートフォンを見ていたら、佳音からメッセージが届いた。


 『急にごめん。相談したいことがあるから会いたい。これから飛行機に乗る。』


 「うそ!」

 思わず立ち上がる。


 「どないしたん。」

 佐緒里の声にはっとする。全員がぽかんと自分を見ていた。てへ、と笑って舌を出す。


 突然の出来事に、鼓動が早くなる。北海道から突然京都を尋ねてくるなんて。佳音に大きな問題が起こった。それも、いいことでは無いはずだ。今すぐ駆けつけたくなる衝動をぐっとこらえる。今駆け出したところで、二人の間にある物理的な距離を飛び越えられるわけでは無いのだ。


 一番最短で、佳音に会う方法を考える。


 「ねぇ、佐緒里さん、うちの会社の定時って五時でしたよね。」

 一応確認する。

 「そうやけど、何をいまさら……。」

 佐緒里があきれた顔をする。


 「定時ってことは、五時に退社してもいいってことですよね。」

 「当たり前やろ。」


 当たり前なんだ、と思って座る。入社してから一度も定時で帰宅したことがないなと思いながら、スマートフォンを手に持った。


 『五時半には家に帰る。待っててね。』


 メッセージを送ってから、顔を上げた。


 「私、今日は定時で退社しますから!何が何でもっ!」


 口を開けてこちらを見つめている片倉に宣言し、残りのサンドイッチを口に放り込んだ。妨害しようものなら、張り倒してやると決意を固める。


***


 北海道に比べたら暖かいけれど、夜の京都は底冷えがする。神戸空港に降りた時、冬のコートを着ているのは自分だけで、恥ずかしいと思ったが、これで良かったと思う。美葉の部屋のドアにもたれてストールを下腹部にあてる。


 「こんな無茶なことして、ごめんね。」

 その上から、そっと撫でた。


 夜勤明けに検査をし、結果を受け止められずその足で新千歳空港に向かってしまった。不安を一人で抱えておくことができなかった。この事を相談出来るのは、美葉しかいない。


 腕時計を見ると、五時二十分を過ぎたところだった。『五時半には帰るから待っててね。』というメッセージを見つめる。今日何度こうしたことか。


 玄関ドアが並ぶ通路の向こうに目をこらす。さっきまで眩しかった夕日はもうすっかり隠れて夕闇が迫っている。十一月末の日の入りは、北海道ならばもう一時間早いはずだった。

 通路に明かりが灯った。その時。


 「佳音!ごめん、待った?」


 通路の向こうから、会社の制服姿の美葉が走ってくる。その姿を見て、体中の力が抜けた。


 「佳音!久しぶりー!」

 美葉は投げ捨てるようにコンビニの袋をどさどさと地面に置いてから、抱き着いてきた。


 美葉の感触。細くて柔らかい。

 「ごめんね、急に押しかけて。」 

 自分も腕を背中に回す。はらりとストールが地面に落ちた。


 「なんもだよ。」

 ぽんぽんと、美葉の手が背中をたたく。もう、このままずっとこうしていてほしい。不安と緊張がほどけていく。

 

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