赤い線

赤い線-1

「うそ……でしょう……?」

 佳音は愕然とし、思わず声を出してしまった。


 クリーム色の絨毯に正座をした膝を、グレーのスカートが隠している。その上に白く細長いものがある。15㎝ほどの検査キットの中央に、うっすらと赤い線が二本浮んでいる。


 一本は検査の終了を告げる線。そしてもう一本は。


 妊娠を知らせる線。


 最近、胃のあたりがムカムカして食欲がなかった。時々めまいや立ち眩みがする。そして、すぐに眠たくなって、錬の帰りを待てないことが増えた。

 疲れているのだと思っていた。しかし、恐れもあった。


 生理が、来ない。


 夜勤のある仕事なので、自律神経が乱れやすく生理が遅れることはよくある。だから、違うとわかれば安心できると自分に言い聞かせ、妊娠検査薬を使った。

 心臓の鼓動が早くなる。


 ――どうしよう。


 錬との子供を堕ろすことなんてできない。産むという選択肢以外頭にはない。でも、それならば錬が相手であることを周囲に明かさなければならない。


 錬は、どうするだろう。


 『店を持つ準備が整ったら、両親に会う。』


 この間、錬が言った言葉が頭に浮ぶ。

 『頑張って、金貯めて、佳音を早く「俺の嫁さん」って呼べるようにするから、もう少し、待っててくれな。』


 だから、この生活は「まだもう少し」続くのだと思っていた。まだもう少し、このままでいる。ままごとのような、二人だけの生活。短い二人の時間をつなぎ合わせたパッチワークのような生活。様々な色や形をつなぎ合わせているけれど、そのどれも幸せで心地よいパーツしか無い。この生活を「もう少し続ける」というのは自分の望みそのものだった。自分勝手なこの望みに、理由がついて安心していた。


 でも、「もう少し」はなくなってしまう。


もしも錬がまだ親に会いたくないというのであれば、自分はこっそりとこの子を産んで育てなければならない。


 節子がいて、両親がいて、瑠璃とその子供達、紫苑。みんなで囲む食卓。その時間は、幸せだった。にこにこと笑う節子を見ているだけで、満たされた気持ちになる。


 それらを捨てて、生きることになる。


 「どうしよう……。」


 早鐘のような鼓動に息苦しさを感じる。ほんの数日前、幸せで身体を熱くした鼓動が、今度は頭から足の指先まで体温を奪っていくようだ。


 佳音はあえぐように息を吐き、すがるようにスマートフォンを手に持った。

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