二人の夢

二人の夢-1

 錬が自分の店を持つために、二人で貯金をしている。だから、たまの贅沢は行きつけの定食屋さん。


 錬と佳音は、向かい合ってラミネート加工されたメニューを見ていた。

 「錬は、ザンギ定食でしょ?」

 いつも同じものを頼む癖に、メニューをじっくり眺める姿が可笑しい。錬はやけにすました顔で言う。


 「俺、今日は油淋鶏定食。」

 身体を屈めて顔を覗き込む。ニヤニヤ嬉しそうに笑っている。

 「佳音はどうせオムライスだろ。」

 図星だった。悔しくてムッと口をへの字に曲げる。慌てて違うメニューを探した。錬は笑いながら店主に向かって手を挙げた。


 「ザンギ定食とオムライスだね!」

 注文する前に軽快な口調で言われ、錬は一瞬口の中で「あ」と言ったものの頷いた。


 顔を見合わせて笑う。


 「やっぱ油淋鶏よりザンギだな。」

 錬はひそひそ声で言って笑った。


 「昨日試した酵母はさ、江別のゆめちからって小麦と相性抜群なんだ。カリっと食感は軽いんだけど、もちもちして食べごたえがあるんだ。ハード系のパンを作ったら最高なのさ。」

 錬の話の内容は、パンのことばかりでほとんどよく分からない。申し訳ないけれど聞き流している。けれど、パンについて熱く語る錬を見ているのは好きだ。そのキラキラした眼差しも、大きな身ぶり手振りも愛しくて、自然と綻んでしまう。


 その内に、頼んだ料理が運ばれてきた。


 ここのオムライスは美味しい。

 チキンライスはパラパラで塩味が適度だが、胡椒が少し効いている。薄焼き玉子の内側が半熟で、チキンライスにしっとり絡まる。濃い目の味のケチャップが全体を上手く纏めている。


 突然、錬が笑い声を上げた。何ごとかと顔をあげると、優しい笑顔を向けている。

 「オムライスを食べてる佳音は幸せそうだなぁ。」

 そう言われて、食べることに凄く集中していたことに気づく。かっと頬が熱くなる。


 「だって、美味しいんだもん……。」

 スプーンでチキンライスをつつく。そのおでこを錬の人差し指がつついた。

 「いいんだ、可愛いから。」


 好きだとか、可愛いとか、そういう照れくさいことを平気で口に出来る人だから反応に困る。自分は錬に好きだという言葉はあれ以来言っていない。改めて言うのは恥ずかしいし、錬も言葉を求めない。気持ちは通じているから、それでいいと思っている。


 「あのさぁ。」


 不意に錬がそう言って、そのまま黙り込んだ。声に頼りなさを感じ、顔を上げて錬の小さな目を見つめる。錬はその目を伏せて、箸を置いた。


 そして、意を決したように視線を合わせる。


 「……俺、店を持つなら薪釜にしたいんだ。そうすると、薪を置く場所が必要で、広い土地がいる。札幌では、金がかかりすぎて無理なんだよな。」


 心臓が、大きく跳ねた。


 札幌では無いどこか遠くの町に店を構えたいと言うことなのだろう。錬は、またどこかへ行こうとしているのだろうか。


 ――自分を置いて、消えてしまうことは流石に無いと思う。しかし。


 どこか遠い場所に行き、このままなし崩しに行方不明の状態を続けようとしているのでは無いだろうか。

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