友と語らう
友と語らう-1
家まで送るという波子の申し出を断り、徒歩15分程の道のりを歩いて帰る。
リュックに入れた工具が、いつもよりも重たく感じる。波子の呟きが入り込んでしまったようだ。晩秋の夜に紛れるようにして、歩いて行く。自分はとても惨めでこの姿をできるだけ人目に晒したくないと思う。
人々は自分をどう思うのだろうな。
正人は月の無い空を見上げる。曇天の空には星一つ在りはしない。
ある日突然椅子を抱えてやってきたおかしな男は、面倒を見て貰っていた隣人に見捨てられた途端、落ちぶれて工房を畳んだ。
自分が去った後、皆がひそひそと噂し、一通り噂が回り飽きられたら、忘れ去られる。
自分に愛を注いでくれた人々も自分を忘れていくだろう。自分は名前を無くしたように、旭川で黙々と図面通りに家具を作って生きていく。
自分が去ると聞き、ほっと安堵の表情を浮かべる美葉を思い浮かべて胸が苦しくなる。それは自分が作り上げた虚像なのに、現実のものと認識してしまっている。その顔を、見ないでここを立ち去りたい。出来ることならば。
一度逃げ出してしまうと、「逃げる」という選択肢を容易に選んでしまうな。
自分を嘲笑うように、口角が上がる。
「正人。」
うつむいていた頭に、声が届く。
健太が、樹々から体育館に戻った建物の戸口にもたれて立っていた。ひょいと長身の身体を起こすと、大きな身振りで何かを正人に向かって投げた。正人は慌てて、弧を描いて飛んできたものを受け止める。
缶ビールだ。
「飲もうぜ、久しぶりに。」
正人は受け取った缶ビールを所在なげに持つ。
「吹いちゃうよ。」
はは、と健太は軽い笑い声を上げた。それから、親指を立てて体育館の中を指さす。
「
健太には、叶わない。出来ることなら、一人にしておいて欲しいのだが。
「宿直室で飲もう。」
体育館の中も、工房の中も誰にも見られたくない。荒れ果ててしまって自分でも目を背けたくなる。
体育館の裏にある階段を上がり、六畳一間の宿直室へ誘う。ここもなかなか散々な場所だ。一口コンロと乾ききった小さなシンクのある台所、古い石油ストーブと万年床のせんべい布団、シミだらけの絨毯。「薄汚い」という言葉が似合う物しかない。
「相変わらず生活感ねぇな。」
健太は笑い、せんべい布団の上に胡座をかく。無数の古いシミが浮ぶ絨毯にスルメや柿ピーなどのつまみと六本パックのビールを並べる。健太はその一本をプシュッと音を立てて空けた。正人もつられてビールを空けた。
途端に中身が派手に吹きこぼれる。
「あーあ、さっき吹くって自分で言ってたじゃん。」
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