ゆりかご
ゆりかご-1
ロッキングチェアの座面を少し持ち上げ背もたれの角度を調整してから柔らかいクッションを入れた。ティルトタイプの車いすからヒントを得たのだ。節子の小さな身体はクッションに包まれている。
節子は気に入ったようで、嬉しそうに微笑んでいた。自分で揺らす力はもうなく、波子が小さく椅子をゆすると、いつの間にか眠ってしまった。
「ゆりかごみたいだね、これ。」
すやすやと眠る安らかな寝顔を見ながら、波子が言う。
「そうですね。節子ばあちゃん、安心しきって眠る赤ちゃんみたいだ。」
正人は胡坐をかいて、節子を見つめた。
人は、いつかだんだんと生まれた時に戻っていくのだろうか。
節子を見つめて、ぼんやりとそう思う。
「この椅子は、じいちゃんから送られたものらしいんだ。旦那がお腹にいる時に。お腹が大きくても、この椅子なら楽なんじゃないかって。」
「へぇ、そんなに古いものなんですね。」
つくりも材も、年が立っているとは思っていたが、五十年以上前の椅子だとは思わなかった。
「この椅子に座って、ソーラン節謳いながら編み物をするんだよね、冬になったら。」
懐かしそうに、波子が言う。
「そういえば、節子ばあちゃんはどうしていつもソーラン節を歌うのですか?」
ずっと、疑問に思っていたが、あらためて聞く事はなかった疑問を口にする。波子は、驚いた顔をした。
「正人は、知らなかったんだね。」
節子とソーラン節の関係を、まさか自分以外の人はみんな知っていたとは。今度は正人の方が驚いてしまう。
「遡る事、云十年。ばっちゃんが十六歳で、じっちゃんが十八歳の時の話さ。盆踊りの矢倉の上で、歌の上手い二人が出会い恋に落ちたのさ。矢倉の上で生まれた世紀の大恋愛として、ここらでは有名な話なんだよ。」
「へー!」
正人はぽかんと口を開けたまま、浴衣を着た少女時代の節子と、顔を知らない少年時代の夫の姿を想像した。
「二人はいつでも歌を歌ってたね。じっちゃんは、中でもばっちゃんのソーラン節が好きでね。お酒を飲んだら歌ってくれとよくせがんでたもんだ。ばっちゃんは昔はいろんな歌を歌ってたけど、じっちゃんが死んでからは、ソーラン節しか歌わなくなった。」
波子の手は、節子のロッキングチェアを揺らし続けている。
「夫婦仲がよくて、子煩悩で。私はお嫁に来た時、こんな幸せな家族の仲間に入れてもらえた事が、本当に心から嬉しかったよ。」
口元を綻ばせながら波子はそう言った。表情とは裏腹な切なそうな声に正人はハッとした。
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