節子ばあちゃんとソーラン節

看板を仕舞ったら

看板を仕舞ったら-1

 一枚板の看板を、体育館の壁から表玄関の内側に仕舞う。


 「手作り家具工房 樹々」

 その文字の下に、四つ葉のクローバーを捧げ持つ小人がいる。


 思えば、この屋号を考えたのが美葉との最初の仕事だった。アルバニア語で「小人」を意味するジュジュという言葉に、樹という漢字を当てた。


 屋号の下に小人の絵を描いたのは単なる思い付きだった。


 「小人」という単語を聞いて、正人は幼いころは母に読んでもらった「小人の靴屋」という絵本を思い出していた。貧しい靴屋にある日小人が現れて夜な夜な靴を仕立ててくれるようになった。その靴のおかげで靴屋は繁盛し、靴屋夫婦は幸せに暮らした、という話だ。


 「人を幸せにする家具を作る」という命題をかなえるために工房を構えた。その決意は、祖父との約束を果たすためという極薄っぺらいものだった。今思えば、よくそんな浅はかな決意で工房を構えようとしたなと思う。


 この小人を掘りながら、「人を幸せにする家具」の意味を考えていた。


 幸せという、目に見えないものを叶える家具を作る。それは果てしなく遠い道のりであることをひしひしと感じた。同時に、それが唯一自分が誰かの役に立つ術だと思った。


 何もできない未熟な自分が誰かと関わり相手を幸せにすることなど、ありえないだろう。しかし、偶然出会った家具職人という仕事には、どうやら自分は人よりも少しだけ良い資質を持っているようだ。これが「特技」というものらしい。その特技を使ってならば、誰かを幸せにすることができるかもしれない。


 小人が完成した時、心に誓った。


 「人を幸せにする家具を作る」


その、自分に出来るかもしれない唯一の事を一途に頑張っていこうと。


 それから八年、様々な人と関わり、家具を作ってきた。その中で気付いたことがある。


 家具は人を幸せにはしない。自分が作った家具によって魔法のように人が幸せになる事はない。


 しかし、求める幸福に向かって進むための力を与えることはできる。自分が作った家具が、幸せを求める営みの活力になり、家族とともに成長していく。


 顧客たちが笑顔で生きている事。それが、正人の唯一の誉れであった。


 しかし、その最後の仕事が、終わってしまった。


 正人はため息をついた。


 しかも、それは実は保志からもたらされた仕事で、美葉とともに作り上げた家具であった。


 メールを見た時、美葉の会社に近い場所だと思ったら自然と体が動いていた。気が付いたら飛行機に乗り、京都の病院の一室にいた。


 半身不随になったと人生を諦めてしまった老女にもう一度茶道を楽しむ気持ちを取り戻してもらいたい。その一心だった。茶室の建て替えも絡むことになり、設計士のこまやかな心遣いと大胆な発想に感心していた。それが美葉だったとは。


 美葉は、スペースデザイナーとして立派に仕事をしていた。その上、美しくなって目の前に現れた。着物を着て歩く涼真と美葉を見て、自分のみじめさを思い知った。


 気が付いたら、逃げだしていた。


 情けない。


 もう一度ため息をつく。


 その時、後頭部に何か固いものが当たった。

 「痛っ!」

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