のえるの交渉技術
のえるの交渉技術-1
ku-onの担当者は篠田という三十代半ばの男性に決まった。これまで何人かメジャーデビューさせ、それなりに名を世に知られる存在に育てた経験を持つ、やり手だ。
元々は自分もバンド活動をやっていたが、アーティストとしての才能はないことに気づき、育てる側に回ったらしい。背が高くてさわやかなアイドル顔が少し気に入らないと陽汰は思っていた。
今日は、札幌市内のカフェで初めての顔合わせをしている。
篠田は営業用の笑顔を崩さないまま、いきなり辛辣なことを言ってきた。
「君たちは、見せ方が難しいよね。まずビジュアル。のえるはモデルでも通用するくらいスタイルがよくてきれいだし、カリスマ性もある。でも、陽汰君がね。背は今更伸ばすことはできないにしても、髪型何とかならないの?」
いきなりのダメ出しに陽汰はむっとしたが、のえるの隣でうつむいていた。のえるはあからさまに不快な表情を浮かべる。
「陽汰の髪型は陽汰がポリシーもってやってるんで。」
「半分顔、隠れてるけど?」
「何か問題でも?」
けんか腰ののえるにハラハラする。
篠田はため息をつきながら首を横に振った。
「まあいいさ、ビジュアルのことは後からどうとでもなる。問題は、活動の仕方なんだよ。このまま動画配信一本でいくんじゃ広がりがないよね。やっぱステージに立ってお客さんに実際の姿見てもらわないとさ。そこらへん、どう考えてるの?」
のえるは足を組んで、首を傾けながら答える。
「ライブは、してもいいですよ。でも、陽汰と私の二人でできるなら。」
篠田は顔をしかめて陽汰を見た。
「……陽汰君ができる楽器はドラムでしょ?ドラムとボーカルのユニットって、どうなの。ドラム以外の音は打ち込み?それじゃカラオケでしょ。」
のえるは黙って篠田を見つめている。……睨むように。
「ビジュアル的にもさ、ステージにドラムとボーカルだけがいる絵面は厳しいかな。サポートでギターとベースを入れるのはダメなの?」
のえるはちらりと陽汰のほうを見た。陽汰は存在感を消し、石のように固まっている。のえるはふぅっと息をついた。
「さっき言いましたよね。陽汰と私の二人だけでできるならライブやってもいいですって。」
のえるの言葉がどんどんきつくなる。空気もどんどん険悪になっていく。
のえるは、交渉事は苦手なのだろう。人と折り合うということが苦手なのかもしれない。
『普通の人生は送れないから』。以前ぽつりとつぶやいた言葉の意味が分かった気がする。
篠田は自分を落ち着かせようとするように息を吐いた。
「……じゃあ、これはどう?陽汰君はプロデュースメンバーで、表に出て歌うのはのえる。ユニットだけどボーカルだけが前面に出ているアーティストもいるじゃん。」
「だからさ。」
篠田が言い終わる前にのえるが言葉を被せた。
「ku-onは私と陽汰のユニット。二人で活動しているの。私だけ前面に出すなら、契約しないよ。」
陽汰は、うつむきながら心の中で頭を抱えた。
のえるは、交渉には向かない。
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